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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第一幕 終わる世界
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17 第16章 思わぬ障害



 ケース1 民家の庭 『未利』


 手紙を回収する為に全員がその場を離れるわけにもいかないが、ネコウが持ってこれないというのだから、誰かが行って回収してこなければならないのは事実だ。

 考えた末、未利となあだけでその場所に足を向けてもらう事にした。


「どうしたの未利ちゃま。何だかとってもこそこそしてるように見えるの」

「実際してるんだよ。じゃなくて、あー……アタシは今背景だから極力話しかけないよーに」


 という事で。

 ネコウとヤアンを従えて二人がやって来たその場所は民家の庭だった。


 庭には洗濯物が干してある。

 未利が着てるのと同じような服が干してある。

 非常にまったく同じような服が干してある。


「まさかとは思うけど……、ちょっとなあちゃん、と一人と一匹そこで待ってて……」


 民家の裏手にまわる。


 すると何と言うことでしょう。

 とっても見覚えのある、裏路地の様子と、ごみ箱が目に入ったではありませんか。


「ふぇ? 何だか未利ちゃまがっとっても目を泳がせながら帰って来たの。あと、キョロキョロしてるの」

「返事が無い、ただの屍のようだ」

「ふえぇっ! 未利ちゃま死んじゃったの!? あれ? でも、動いてるの……。 もしかしてゾンビさんになっちゃったの……? なあ知ってるゾンビさんはお日様に当たったら死んじゃうの。ぴゃっ、未利ちゃまお日様に当たっちゃってるの!!」


 戻ってきた未利はそんなわけないない、と手を顔の前で振りながら、決して家の方には近づかないように距離をとっている。


「ゾンビは日のあるうちにこんなところまで動いたりしないし、死んでるのにさらに死ぬってどんな……? はぁ、物の例えだって。何か屍のように動きたくないから、なあちゃん適当に頑張って」

「ぴゃっ。なあ、未利ちゃまに頼りにされてるの?」

「うん、そんな感じそんな感じ」

「なあ、頑張るのっ。えいえいおー、なの!」


 そんな感じの未利に代わって、なあが突撃するのは物干し竿の方だ。

 その物干しに干されているのは洗濯ものと紙切れ。隣同士で何故か手紙が一緒に留めてあるのだ。

 ネコウには洗濯バサミをどう使うのか理解できたとしても、前足でそれを開いたら、一緒に洗濯物も落ちてしまうと気づいたのだろう。


「ったく、誰がやったのさ、アレ。まさか家主がやったわけじゃないだろうし……。洗濯したものと、道に落ちてたか何だかしたものを一緒に留めるなんて、常識を疑うね」


 とある民家のごみ箱から、勝手に捨てられた衣服を持ち出した者のセリフとは思えない事を未利は呟いた。





 ケース2 ディテシア聖堂教 窓付近 『姫乃』


 手紙を回収してきた未利となあと入れ替わりに、新たに回収不能の手紙を発見しというネコウとローノの知らせを聞いて、姫乃が出ていく。


 そして非常にデリケートな問題に直面した。

 こんな問題に遭遇したのは人生初だった。


 ……ええと、どうすればいいんだろ、これ。


 場所はディテシア大聖堂。ルミナリアの働き場所だった。

 その祈祝場(きしゅくじょう)で、人々と何やら話をしている男の司教さんがいる。

 その人の服に無数に縫い付けられた手紙たち。

 そう、手紙達。


 何で?


 と、思わざるを得なかった。

 手紙を服に縫い付けてる人など初めて見た。

 どういう意図があってそんな事をしているのだろうか。

 見当がつかない。まったく分からない。さっぱり分からない。


 その司教さんが、これまた無表情で仮面のような……それでいてちょっと強面顔をしてるものだから、さらに何を考えてるのか分からない怖さがある。

 人に向かって怖いなんて思うのは、失礼なのだけれど……。それも、聖堂の司教さんに。

 とにかくそんなこんなで、どう声をかけていいのか分らないでいた。


「ねえ、ラジエータさん。さっきから気になってたんですけど……その個性的な服、一体どうしたんですか? 昨日の果物服(くだものふく)もですけど、今日のもなかなか飛びぬけてますよね」


 ルミナリアの声。

 救世主の登場だった。

 ホウキで隅っこを掃いていたはずの彼女が、いつの間にかその司教さんの真後ろに来ていたのだった。


「これ……、紙じゃなくて布ですね。それも結構上質の。手触りがとっても良いですもん」


 その手紙らしき物体をつまんだりなでたりして、手触りを確かめている。

 縫い付けられたたくさんの手紙らしい物たちは、紙の素材じゃないらしい。

 なら、ユミンのじゃないのかな。

 じゃあ、もういいだろうと判断してここを離れるべきなのだろうが……。


 どうしようすごく気になるよ……。


 縫い付けられた、布手紙のさわり心地がよほどいいのか、ルミナは離す気もなくスリスリしている。


「ルミナリア、勝手に人の衣服を触ってはいけません。それとこれは私の意志ではありません。友人がどうしても試着をと言うので、着ているだけで」


 そのラジエータという男の口からは、奇妙な見た目と恐怖さえ感じる見た目に反して、丁寧な口調で繊細な声が飛び出した。


「ああ、大陸の反対側にいるらしいレフリーさんって女性に熱愛してるって噂の……変わった仕立て屋の人ですね。遠距離恋愛って大変みたいですよね。……そういえばこの間、裏のごみ箱で見たことない服を手に入れて、部屋にずぅっと引きこもってるって聞いたんですけど……」


 ルミナリアがラジエータの前に回り込んで、納得という風に頷いた。話題の人とは知り合いらしい。


「そのようです。服を前にして彼は言ってました、まるで別の世界の人間が着る服のように斬新だ、と」


 え? と思う。

 もしかして……。

 でも、あんな服を元にしてこんな服作れるのかな。


「じゃあ、その試作品みたいなものかな?」

「いいえ、これはまた別の原因だとおっしゃってましたが……。なんでも洗濯を取り込もうとしたら天から白い物が降ってきたとか何とか。私としては迷惑な話ですが」


 さっき、未利達が回収してきた手紙の件のことだ。

 こんな所につながってたなんて。


 でもそうすると、服は昨日から干しっぱなし……?

 いくらなんでも今日見て今日服を作れるわけないし。

 手紙を洗濯バサミに留めて、そのまま作業してたって事だよね。

 か、変わってるなぁ……。

 ルミナの周囲って、そういう人多いよね。


「でも、そんな変な服をしぶしぶでも着てあげちゃうラジエータさんも、相当変わってますよね」


 心の内が伝わったわけではないだろうけど、ルミナリアが姫乃の心情にシンクロしてそんな発言。

 まったくそのとおりだと、姫乃は心の内で同意した。






 ケース3 羽ツバメの休憩寮 裏庭 『アル』


 そんなこんなで、手紙ではない手紙モドキ、布手紙の件を報告しに、広場へと姫乃が戻っている頃。

 別の場所で、意図せず手紙と手紙捜索隊(ネコウ)に出会う一人の少年がいた。

 羽ツバメの休憩寮(きゅういりょう)の裏庭で、一人の少年が桜の木に向かって話しかけていた。


「ったく、あいつらワーワーうるせえんだよな、アルアル話しかけて……。お前と代わりたいくらいだよ。ここは静かでいいのになあ」


 疲れた口調で言う少年アルの周囲に人気は無い。

 そのまま、アルは木に背中を向けると汚れることも構わずそこにしゃがみ込んだ。

 離れていても、多少は休憩寮の喧騒が聞こえてくるが、中にいるよりはだいぶマシだった。


 休憩寮の中で自ら望んで孤立しているといっても、周りに人がいれば自然と気になるのは当然で、孤立者なら孤立者にふさわしい人のいない場所でもないものかと探し回って見つけたのがこの場所であろ。


 そよそよと、風が流れ、散りかけの桜の花びらをさらっていく。

 うるさい騒音もちょっかいもない、穏やかな時間にその少年は気を許しリラックスする。

 しかし、そんな理想的な時間は長く続かなかった。


 「にゃっ! にゃあぁー……」


 木の上の方で、バサバサと音がした。

 そして鳴き声も。

 上を見上げてみる。


「なんで、こういう時に限って……」


 羽を怪我したネコウが枝にしがみついていた。

 ネコウは口に何か白いものをくわえているようだ、ここからではどう頑張っても形などの詳細は分からないが。


 はるか上空に視線を向けると、形と色的にカアカアラスが旋回しているのが分かった。あの鳥と喧嘩にでもなったのか。


「にゃにゃにゃ……」


 ネコウは、まいったどうしよう、とでも言っているかのように情けない鳴き声(手紙のせいで少しくぐもってる)を発している。


「まったく、少しぐらい静かな時間をくれたっていいだろ……」


 ため息をつく。

 やっと見つけた安息の場所だというのに。

 まったく、ため息をつくのが習慣的な子供になったらどうしてくれるのか。

 そんな子供は、ものすごく嫌だ。なりたくない。

 だが、だからといって、黙って立ち去るなんてことはしなかった。

 どうしたもんかと考える。


「にゃっ」


 ひらっ、と何かが落ちてくる。

 ここに落ちてくるまで、何でだか知らないがネコウが口にくわえて運んでいたらしい物体。

 白い紙きれだ。

 近づいてくる。あれは、手紙のようだ……。

 枝にしがみつくのに必死で、落としてしまったようだ。

 ネコウがそれに気づき、ピクリと反応する。

 よほど大事なものだったらしい。


「うにゃっ」


 落下してきて、枝に引っ掛かっても離さなかったのだ。大事に決まっている。

 その大事な手紙に向かって、ネコウは飛んだ。

 飛べないから落下してきたのだろうに、

 飛べないくせに、飛ぼうとしたのだ。


「ばっ……」


 結果はもちろん決まってる。

 小さな体が手紙より早く落下してきた。


 感想。

 アルはそいつの事を、本気で馬鹿だと思った。


 まったくせっかくの静かで貴重な時間を……。

 台無しにしやがって、……っ!!






 エルケ 噴水広場 『姫乃』


「ええと、じゅういち……じゅう……に」


 ヤアンとローナ、ネコウ達に大勢の休憩寮(きゅういりょう)の子供達、皆の協力のおかげでかなりの数の手紙が集まった。


 エミュレ配達印の手紙たちを、間違いのないように慎重に数えていく。

 この様子なら、ユミンが失くした分全部集まってるかもしれない。

 そう思ったのだが……、現実はそんなに甘くはなかったようだ。


「じゅう……ろく。はぁ、後二つ足りないみたい」


 落胆混じりにそう言えば、


「いや、よく集まった方でしょ。初日のアレからしてみれば」

「そうなのっ、頑張ったおかげなの。戻ってきたお手紙さんに、見つかって良かったねって言ってあげるのが大事なの」

「そうそう、無い事嘆くよりその方が良いんじゃない? 精神的に」


 二人から、そんな励ましが返って来た。


「そっか、そうだよね」


 この手紙一つ一つに、きっと思いが込められてるんだろうな。


 後の手紙を見つけようとするのは大事だけど、今手元にある手紙の分を見つかって良かったって喜ぶのも大事なはずだ。


 今日はもう時間がないから捜索は終了だ。

 なるべく早く、手紙を渡してあげたいな。

 手伝ってくれた子供達、とネコウ達にお礼を言って解散させる。もちろん町中でも何があるか分からないので、できるだけ寄り道しないようにという事と、できるだけ皆で固まって一緒に帰る事を約束させたが。


「過保護なんじゃないって、言いたくなるけど……、実例があるしね」


 未利は、姫乃に対してそう言った後、なあちゃんに視線を移す。

 うん、そういえば昼間に誘拐されかけてたよね。


「未利ちゃまも姫ちゃまも、どうしたの? なあの顔に何かついてるの?」


 なあちゃんは、そんな視線の意味に気付いてないのか、そんな事があった事を忘れているのか、はたまた誘拐の事実に気づいてすらいなかったのか(これが一番ありそうだ)首を傾げるのみだったが。


「思ったよりずいぶん頑張って探してくださってるんですね。驚きましたよ」


 そこに、男の人の声がかかった。

 この声はカミルさんだ。

 振り返ると予想通りの人物がそこに立っていた。手当てをされたネコウを抱えて。


「あれ、その子は……」


 申し訳ないが、子供達の顔はある程度覚えられてもネコウの顔はさっぱりだ。というか、見分けがつかない。

 手紙捜索に参加したネコウだろうか。

 そう首をひねっていると、カミルが手紙をこちらに見せる。


「とても聡明で心強い協力者たちです。おかげで助かりました」


 ティアラの印が捺してあった。

 つまり、このネコウも捜索の仲間だったらしい。


「怪我をしてるんですか。カミルさんが手当を?」

「いいや、僕じゃなくて休憩寮(きゅういりょう)の子がしてくれたようです。「飛べないくせに木から落ちるな馬鹿、あんたが説教しとけよ」と言われてしまいました」

「木から落ちたんですか、その子!?」


 驚いて聞き返すと、カミルが安心させるように微笑む。


「そしたらきっとこの程度の怪我ではすまないね。その子がちゃんと、受け止めてくれたようで」

「良かった……」


 休憩寮(きゅういりょう)の誰だろう。

 時間からして、ここに集まった子供達ではないだろうし。

 後でお礼を言っておきたいところだ。


「僕のネコウではないけれど、きちんと説教はしておきましたよ。手紙のせいで大怪我したなんて、知ったらうちの姫が悲しむ」


 そういえば、前から疑問に思ってたのだけれど、どうしてカミルさんはユミンちゃんの事を姫って呼ぶのだろう。


 そう聞いたら、歩きながら話すよと提案してくれた。

 こちらの作業がまだ残ってる事を配慮してくれたのだろう。

 カミルさんの方の予定はと聞いたら、もう終わってしまったみたいだし、大丈夫そうだ。



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