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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第四幕 マリオネットの踊る舞台
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131 第29章 シュナイデの休憩寮



 イビルミナイ 羽ツバメの休憩寮きゅういりょう 『イフィール』


 そこはシュナイデに作られた身よりのない子供達を預かり世話をする場所だった。

 建物は一見して大きいとはいえない。

 壁も屋根も窓も、どこもかしこも傷んで古くなっている。

 ところどころ地面から伸びてきた蔦が絡まっているところもある。

 だが建物の内部からは、そんな陰鬱な見た目を吹き飛ばすような元気な声が聞こえてきていた。


 その建物の前で足を止めたイフィールとエアロは、挨拶をしながら建物に入る。


「シュナイデル城 調査隊所属、イフィールだ。入るぞ」

「え、ええと、同じく調査隊所属のエアロです。……お邪魔します」


 まれで上官に自己紹介でもするかのような台詞を述べるイフィール。

 エアロはそれにうっかり合わせてしまって、微妙な表情になっている。壊れそうになっている扉をそっと開けると、声が聞こえてきた。


「あらあら、お久しぶりですね、イフィールさん。エアロさんも」


 出迎えたのはほっそりとした体格の中年の女性だった。

 名前はレフリー・レブルミゼッド。

 城で働くコーヨデル・ミフィル・ザエルの母親だった。


「誰これ」「人来た?」「女の人だ」「女だ、ぐっへっへ」「かっこいいー」


 腰辺りには何人もの子供が貼り付いて訪問者二人に興味深げな視線を送ってる。


「遊ぼうぜ」「馬鹿、偉い人だぞ」「制服脱がせーっ」「お城の人だよー」


 騒ぎ続ける子供たちにレフリーはお願いした。


「あらあら。駄目よ、皆。そんなに騒がしくしたらイフィールさん達が困っちゃうじゃない」

「でも遊びたい」「剣で無礼者ってされるぞ」「堪能したい」「お話したいー」


 しかしなおも騒ぎ続ける子供達にイフィールは困ったような表情のまま声を放った。


「いいから黙れ」

「「「「はい」」」」


 一瞬場の空気の温度がマイナスまで下がったような気がしたイフィール達だった。


「皆、大人しくエアロさんと一緒に遊んでてね」

「「「「はい」」」」


 子供達は良く鍛えられた兵士の様に、言葉を合わせて返事。

 エアロはイフィールに視線を送るが、イフィールは首を振って答えた。


 そのままの流れで、助けてほしそうな目をしたエアロが、子供達に手をつかまれて連行されていく。そんな子供達の様子を見送ったフリーは、出迎えた直後とまったく変わらぬ様子で話し始める。


「あらあら本当に皆良い子ね。これで二人でお話できますわね」

「そ、そうですね」


 あまりの切り替えの良さに、慣れているはずのイフィールですら言葉を詰まらせた。

 だが、いつまでも衝撃を受けているわけにもいかないので頭を切り替える。


「ええと、レフリー。今日は服の仕立てを追加で頼みに来たのだが、良いだろうか」

「ええ、構いませんよ。最近は子供達も随分聞き分けがよくなりましたから」

「そ、そうか……では」


 イフィールは懐から取りだした紙のメモを沸かす。


「これだけ、新しくお願いしたい」

「あらあらまあまあ、これははりきって作らないといけませんね」


 そこに記された文字に目を通したレフリーは嬉しそうな声を上げる。


「正直、不安はあるのだが、彼女の能力を考慮すればそろそろかと……」

「うふふ、これはちょっとコヨミに関してあの子にお話する事ができちゃったかもしれないわねぇ、うふふふふ……」


 何やら意味深な様子で笑いだしたレフリー、見た目は穏やかなのに底知れないオーラを感じる。

 さすが統治領主にもなる娘の母親は違うな、とイフィールは感心した。


 その場で立ち話をしていると、新たな訪問客が後からやって来た。


 穏やかな顔付きをした体格の大きな男性だ。


「ラルドか、今日も休憩寮きゅういりょうの手伝いか?」

「屋根の修理をお願いされてね。女性や子供にさせるのは大変だろう」

「確かにな。ちょうど良かった、少し話したい事があるのだが、今は?」

「構わないよ」


 場所を変えて二人は話をする。

 道具置き場となり使われなくなった部屋の中だ。

 かといって、埃が積もっているようなことはない、ここはよくかくれんぼで子供達が使用するので定期的にレフリーが掃除しているのだ。


 イフィールは感慨深い様子で目の前の男性に向けて口を開く。


「ラルド、お前が現役を退いてから何年経つだろうな」

「まだ、二年しか経っていなんじゃないだろうか」

「そうだったか。この二年は長かったぞ、色々あったからな」


 今はこんなところで面倒見のいい男をしているが、ラルドは二年前まで城の兵士だった人間だ。


 その二年で起きた色々な事柄を思い起こし語りつくせばキリがないので、イフィールはさっそく本題へと入る。


「地下の封印が、おびやかされた」

「ああ、あの封印が。それは大変だ」


 限られた者しか知らない事柄だが、ラルドは城の中でも比較的上の立場にいたので、話しても問題はない内容だ。


「知ってたか。そうだ、紺碧の水晶が無事なのが幸いだが」


 それはこの世界にある四つの秘宝の内の一つで、無限の魔力を内包する魔道具だ。

 水晶狙いの侵入であるとイフィールは考えていた。

 そもそもあれは、その為の封印であるのだし。


「だが、これからも無事であるとは限らない」

「ああ、備えはいくらあっても困らないだろう。お前の所は何か怪しい話は聞いてないか?」

「何も。期待されてるところ悪いけどね。ああ、でもこのあいだ美術館が不審者に主撃されたって話は聞いたかな?」

「何だと」


 それはあからさまに怪しいだろうと、話にイフィールが反応する。


「だが、不審者は子供だったそうだよ。内部の職員やお手伝いさんをボコボコにしたらしいけど、何も取らずに立ち去ったそうだよ」

「……気になるな」


 子供という話だが、それで目を曇らせたりはしない。魔法を使えば弱い者だって敵を倒す事ができるのだから。あの姫乃達の様に。


「こちらでも調べるが、お前のところでも調べてはくれないか」

「やれやれ、兵士の身分を退いても厄介事はあるところにはあるものだね」

「仕方ないだろう、こんな時代なのだから」

「確かに、無い方がおかしかったな」


 本意ではない頼み事をしなければならないイフィールとしても心苦しいところだが猫の手も借りたいのが、今の現状なのだ。


「頼むぞ」


 もう一言念押ししてから、イフィールは倉庫を出てエアロの回収に向かった。




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