116 第14章 嘘つきの人
シュナイデ城 地下牢 『ウーガナ』
檻で隔てられた空間、湿った空気と明かりの少ない薄暗いの空間の中。
それなりに広さのある一つの牢の中に、数人の男たちがまとめて入れられていた。
そんな場所にいるウーガナは、自らの子分達とケンカしている最中だった。
「大人しく殴られやがれ! テメェら、あんときはよくも囮にしやがったな」
「ひぃ、すいませんっすーーっ」
「許してくだせぇ、お頭ぁ!」
檻の中を逃げ回る子分を追いかけ回すウーガナ、周囲では他の子分達が巻き込まれまいと距離をとっている。
非常にむしゃくしゃしていた。ここの所ずっとだ。
ウーガナは思う、それはあんな連中に関わったせいだと。
「前にもそう言って殴ったじゃないっすか」
「腹の虫がおさまんねぇんだよ」
あともう少しで涙目で逃げ回る子分をつかまえられるかと思った時、牢屋の中に女性の声が投げかけられた。
イフィールが食事のトレイを持ってやって来たのだった。
「乱暴だな。上司なら部下は大切にしろ」
「余計なお世話だ、関係ねぇだろ。つーか飯おせぇよ」
「関係ないと言ったばかりに話しかけるのは矛盾してないか? 城の牢に入れられておきながら態度が変わらないとは、ある意味大物かもしれんなお前」
「はっ、俺をそこらの悪党と一緒にするんじゃねぇ」
差し込まれたトレイに子分達が声を上げて近づいていこうとするが、ウーガナがそれらをかき分け真っ先にたどり着く。
イフィールの無言の視線を受けてウーガナは顔をしかめる。
「テメェ、言いたいことがあんならはっきり言いやがれ」
「可哀相な奴だな」
「あんだと!」
「はっきり言えと言ったから述べたというのに」
イフィールは剣を鞘ごと外す。
それで、差し込まれたトレイの食事に伸ばすウーガナの手を叩いた。
「って、何すんだ」
「いつもそんな横暴な態度なのか、お前は」
「だったら何だ。それこそ、テメェには何の関係もない事だろうが」
「ああ、関係ない。だがだからといって、それが口を閉ざす理由にはならないだろう。他人に無関心が過ぎるのは良くないからな」
「おせっかいが過ぎるのも良くねぇだろうが」
イフィールの持論にウーガナが反論すれば、それもそうだなとあっさり鞘を引っ込めた。
「つーか、こんなとこで罪人に飯を運ぶとかよっぽど暇でいやがんだな」
「息抜きをする暇がないほど激務をしはしない。己の体調管理ができていない人間ではない」
「なら笑いもんにしにきたのかよ」
「そうでもない」
イフィールはわずかに視線をあげて天井を見上げた後、ウーガナにとって思いもよらない発言をした。
「ここに来たのは礼を言っておこうと思ってな」
「はぁ!?」
何か別の言葉と聞き間違えたのではないかと一瞬……どころか何秒でも耳を疑った。
「お前のせいで不愉快な思いをしたこともあるが、魔獣の件では世話になったからな。ありがとう、助かった」
まったくの予想外。
ウーガナは、間抜けにも口を開けたまま数秒固まったのち、言葉を絞りだした。
「ば……、馬鹿かテメェ。俺はテメェらを殺そうとしてたんだぞ」
「だから? 例えそうだとしても、お前の力が私達の救いになった事の否定にはならないだろう」
「けっ、頭湧いてんじゃねぇのか」
妙に他人の事に首を突っ込んできたり、部下を人質にとった犯人に言うような言葉じゃない事をいったり、ウーガナにはその女の事がまったく理解できなかった。
「では、用も済んだ事だ。そろそろ行くか」
「待て、テメェ。ホントにそれだけ言いに来たのかよ」
「当たり前だろう。無駄な事をするために時間を空ける趣味はない」
残されたウーガナは、これ以上ないくらいに眉間をしかめて、叩きつけるように言葉を吐きだした。
「おい女。俺は嘘を言う人間が殺してやりてぇくらい嫌いだ。覚えとけ」
すると、イフィールは牢へ振り返って苦笑する。
「何だお前、私が嘘をついたのを根に持ってるのか?」
「はぁ、いつの事言ってんだ。今の事だ」
嘘だったら承知しないという話だったはずなのに、どこに話をもってく気なのか。
「信じるつもりでいたが、お前たち最初から怪しかったぞ」
「だからいつの事だって、おい待てこら」
イフィールは今度こそ、地下から出ていった。