108 第6章 煮詰まり時
コヨミ姫のお城のお世話になったその日の夜。
お風呂に入ったり、ご飯を食べたりしてから数日が経った。
姫乃達は城での日々を、魔法の上達などの為に費やしながら、訓練室で過ごしていた。
「そんなんじゃ、いつまで経っても上達しないんじゃないですか?」
「むきーっ、言いたい放題ぶちまけやがってぇ! 見てろぃ」
そのメンバーに加わっているのは、この城の兵士であるエアロだ。
彼女とはたまたま訓練が重なる事が多くかった。
始めは離れた所でこちらの様子を見るだけだったのが、最近は同系統の魔法を使う未利に口出しするようになっていた。
未利は、エアロの言葉に悔しそうにしつつも我慢して弓の訓練をしている。
時折り耐えかねたように、叫び声を上げどこかへと行ってしまう事もあるが、魔法の上達を確認してからはその回数もだんだんと減ってきている。
ちなみに武器は、それぞれに無償で与えられている。
姫乃には杖、未利には弓、啓区には短剣だといった具合に。なあちゃんには、もちろんない。護身用の果物ナイフを持たせようとも思ったけれど、手付きが危なっかしかったのでとりやめたのだ。
エアロは風の魔法が得意だ。
視線の先では彼女が操作した藁人形が何体も浮いていて、未利が必死の形相で風矢をドスドス打ち込んでいた。
二人は同じ系統の魔法の使い手だが、方向性が違うらしい。
風を固定するのが得意な未利と比べて、エアロは物を自在に浮かせることに特化している。(ただし、どれだけ操っても人は浮かせられないようだったが)
その事を疑問に思って聞いてみると、
「人相手だと、途端に魔力操作が難しくなるんですよね。おそらく体内にある魔力と反応してしまうんじゃないでしょうか。詳しい事? そんなの知りません。学者さんにでも聞いてください。どうせ私が説明したとしても理解できるのかどうか怪しいですけど」
それが姫乃が聞いた時の答えだった。
この世界で人が飛ぶのは、まだまだ先になりそうだった。
残念な思いを抱きつつも、姫乃は皆とは離れた場所で自分の練習を再開する。
「……」
姫乃の課題は、炎の魔法威力をコントロールする事だ。
その為にとにかくイメージを落ち着ける必要があった。
火事という出来事から引っ張ってきた鮮烈なイメージを落ち着けて、もっと小さくて穏やかな炎を想像しなければならない。
そういう事で姫乃がやっているのは、ひたすら瞑想だ。
正座をして目の前にあるロウソクにひたすら炎をともすという地味な練習。
「……っ!」
練り上げたイメージを魔力として表そうとする。だが、だがこれがうまく行かない。
ロウソクにつける適正なサイズとは言えない炎が、ボンッと音を立てて出現してしまうのだ。
今回はまだ良い方だ。悪いと時はもっと周囲が火の海みたいになってしまう。
船の時は味方を巻き込まずに済んだけれど、次もそうだとは限らない、万が一でも人を巻き込んでしまわないためにも、姫乃はこうして離れて訓練していたのだ。
「はぁ、全然駄目だな……」
いつもため息ばかりだ。
結果は思ったように進まないでいた。
そこに啓区となあちゃんが近づいてくる。
「無理しない方がいいと思うよー」
「そうも言ってられないよ、炎の魔法が有効な敵だっているしね……」
この間の時の様に。
「煮詰めてるときはリラックスするのがいいって、なあ知ってるの」
「うん、煮詰まってるときだねー。それを言うならー」
美味しそうな感じがするなあちゃんのボケに啓区が突っ込む。
この二人は修業はしてなかった。
一人は進め方が分からないからで、もう一人は単純にやる気がないからだった。
なあちゃんはそもそもどうやって訓練すればいいのか分からない事もあるのだが、啓区は簡単なストレッチとか準備体操とかしてるだけで、後は邪魔にならないところで見学しているだけだった。
それに毎回文句を言うのは未利だ。
「おどれも何かしろ、ウチ等ばっかりに汗掻かせおって」
「あははー、まあ僕の戦力なんてちょっと横にでも置いとけばいいよー」
「ぞんざいすぎる! それ貴重品だから!」
そんな風にやり取りするのが定番だった。
私も啓区のそれは過小評価だと思うんだけどな。
「まあ、横から見てていい気分ではありませんよね。ああいうのって、強者の余裕って奴ですか」
「ったくホント、イラつくったらありゃしない。雑魚は雑魚なりにレベリングするのに苦労してるって言うのに」
意外な所でエアロと未利の意見が重なった。文句を言いたかったのは彼女も同じだったらしい。
未利のその評価も低いと思うんだけど、そんな風に思ってたの?
いつも自身満々そうなのに。
「なあは戦力にならないと思うの! だから違う事で頑張るの!」
なあちゃん、それは胸を張って言う事じゃないよ……。
まあ、なあちゃんはそのままで良いのかもしれない。いや、たぶんそれでいい。支援があれば結構助かるだろうし、下手に前に出てこられると心配になる。
そんなこんなで訓練室で汗を流しているのがこの所の日常だった。