第4章 海の男 10
その後の色々な処理と、イフィールさんや調査隊の感謝と心配を受け取って、後を任せた後、姫乃達は今度こそ船の中へ入った。
落ち着ける時間になったにもかかわらず、姫乃は部屋を出て、船内を歩き回っていた。
船の壁からは嵐で荒れる水面が見える。
「助けてくれてありがとう。まただね」
廊下に立ってぼんやりとしていたツバキと会話する。
「お前を死なせるわけにはいかない」
「どうして? どうしていつも助けてくれるの?」
「お前と約束したからだ」
「私はそんな事言ってないよ」
「それがこの時代に生まれた俺の役目だからだ」
「役目、生まれた……? どういうことなの?」
どうどうめぐりの会話から何とか答えを見つけだそうと会話するが、
「俺に与えられた」
ちょっとやそっとの努力では、無理そうだった。
話が出来るって事が分かっただけでも進歩だと思う事にしておこう、当分は。
ツバキはそれで、ここでやるべきことは済んだとばかりにどこかへ立ち去る。
またあの石の町の時みたいに、知らない間に船の中からいなくなってそうだ。
そのまま部屋に戻ろうかと思ったのだが。
「そうだ、何かやり残したことがあるような……」
何となくそのまま眠る気にはなれなくて、ふらふらと船の内部を歩き回る。
「なあちゃんは貨物室にいたって言ってたけど、ツバキ君ってひょっとして荷物に紛れて入りこんだのかな……。そんなわけないよね魔法があるし……」
そういえばまだ下の方は見てないところがあったな、と。ちょっと足を向けて覗いてみようと思った。
揺れる船内の中を進み、未捜索エリアへと足を踏み入れた時。通りがかった部屋から声が聞こえた。
「……ちゃん?」
我ながらよく聞き取れたなと思える声量だった。
「その声、啓区? どうしたのこんな所で、あれ? 開かない……」
声が聞こえた部屋のドアを開けようとしたら、鍵でもかかっているらしく動かない。
「ちょっと閉じ込められちゃってねー。何か船揺れだすし焦ったよー」
どうしてこんな簡単な事に気がつかなかったのだろう。
姫乃は少しだけ自分のことが怖くなった。
だってありえない。
あの時だって、もう一人、啓区がいてくれればツバキ君の力だって借りずに済んだかもしれないのに。そんな人がいるだなんてこと、思いもしなかったのだ。
今の今まで。
「ご、ごめん。気が付かなくて。今、人を呼んで……」
「あ、ちょっと待って」
その場を離れようとしたら呼び止められる。
「また何かあったんだよねー。大丈夫だったー? 怪我とかしてないー?」
「うん、大丈夫だよ。皆が助けてくれたから」
「そっかー。良かったねー。じゃあ、救出お願いしまーす、姫乃さまーなんちゃってー」
「ご、ごめんね、ホント」
今度こそ慌てて姫乃は走っていく。
遠ざかっていく足音を聞きながら室内では啓区が小声を漏らしていた。
「ここでこうなったってことはタイミング的にこれが最後なのかなー? でも、そもそも根っこから違ってるし当てにならないかなー、うーん」
人を呼びに走る姫乃は窓の外が不意に明るくなるのを感じた。
視線を向ける。
どこか遠くの場所で何かが起こったのだろうか。
細い光の筋が地面から天へと伸びた。
「あれは………」
光の柱は瞬く間に大きくなる。
嵐の暗闇が晴らわれ、瞬く間に周囲は真昼のような明るさになる。
そうして柄の間、闇を退けた後、唐突に消えてしまう。
「一体、今のは……?」
ひどく胸騒ぎがして、同じものを見た人がいないかと歩く足を速めた。
翌日、イフィールは信じられないことを水鏡伝いに聞いた。相手はクルス町長だった。
ロングミストの町が一夜にして消滅して、世界欠落と化してしまった……と。
幸いなのことは、バールたちはその時には町を出ていて無事だったという事だろう。
次からは第四幕に入ります。
少しだけ時間を空ける予定です。
四幕はこの物語の中盤開始の話でもあり、主人公達のこれからを決めるターニングポイントとなる話でもあります。楽しみにしていてくださると嬉しいです。