第3章 未利とトランク 03
ボディーガードらしき大男達を後ろに置いて三座は理由を話した。
「私、こういう身分ですもの。命が狙われてることなんて日常茶飯事ですの」
「日本は平和の国じゃなかったワケ……」
どうなってる安全の国。
「ですからわざと警報を切っておびき寄せたんですの」
「とても普通の子供とは思えない動きして撃退してたのは、どういうアレなワケ」
「淑女の嗜み、護身術ですわ」
未利は思う。
淑女は暗殺者に向かって真っ向から向かっていったりはしない。
それにこの少女の技量はそういうレベルじゃなかったような気がしたのだ。
異世界ファンタジーに出てくる魔物でも想定しているかのような冗談みたいな動きだった。
「まぬけな方達で少し物足りないぐらいでしたわね、今回は。わざと失敗しようとしてたようにしか思えませんわ」
今回は、と言う。そおそらく前回も前々回もあったり、次回もあるのだろう。
「あなた方も中々の判断でしたわね。最寄りの警察に駆けこまなくて助かりしましたわ。無駄に取り調べに応じるのは疲れますもの」
「二人とも、何かお巡りさんに恨みでもあるの?」
鈴音の軽い疑問は受け流し、話しは今後のことに移っていく。
「犯人はこちらで拷問するなりなんなりして処置しますけれど、見ていくつもりですの?」
「まさか、帰らせてもらうに決まってんじゃん。アンタ等に任せとけば後日お礼参りされる事もなさそうだし」
「ええ、責任を持って今回の事件は闇に葬っておきますわ」
「何だろう、凄い怖い話してる気がするんだけど。気のせいだよね」
笑顔で想像外の事を立て続けに言われた鈴音は顔を青ざめている。
「何言ってんの、気がするんじゃなくてそうじゃん。ふぁ、眠……。さっさと帰るよ」
「あら、お帰りですのね。念の為に迎えの車を出しますわ」
「ありがたくもらっとく」
「お、お邪魔しました」
車の中で思う。
お偉いさんの娘だからどんな高飛車かと思ったら、割と普通だった。
それが未利の感想だ。
助けて後悔するような人間じゃなくてよかったと思う。
命が狙われてる側が善人とは限らないわけだし。
まあ、助けなんて必要としてなかったけど。
そうと分かってたら傍観してたのに。
窓から見えていたのが別のボディーガードなり少女の父なり母なりだったら、実際そうしていただろう。
でもそうじゃないから飛びだしてしまった。
鈴音の安全を考えるだけなら、終わった後出てけばいいだけだったのだから。
その鈴音の事だって、ワケなんてきかずに放っておけばこんな面倒な事をせずにすんだのに。
「すやすや」
その鈴音という名前の少女は、安らかに眠りこけている。
ムカついたので軽く耳を引っ張っておいた。
「方城さん、家につきましたよ」
「もう着いた? 助かった」
言葉少なに礼を言って、車から降りる。
「そいつちゃんと送ってって」
そして少し考えた後そう付け足した。
「承知しております」
車が走りさった後、未利は呟く。
「承知って……、やっぱ住む世界違うわ」
抜け出した家の中へこっそり戻る。
二階の自室の窓から入って、足音を殺して玄関に靴を置きに行くと、住人の声が聞こえた。
起こしてしまったようだ。
「織香、こんな時間に何をしているの?」
「何でもない」
夜の薄暗闇の中、気配が近づいてくるのを感じて、未利は自室へと駆けこむ。
今の外出着姿をあの過保護な人物達に見られたら少々面倒なことになる。
部屋の扉の前までやってきたその人に、適当な事を言って遠ざけた後、未利はため息をついた。
「放っておけたら、こんな面倒な事にはなってない、か……」
そんな事件も無事に終わってまた変わり映えのない毎日がやってくるかと思っていたのだが、案外そうでもない事にすぐ気付いた。
鈴音とは、同じ学校に通ってるだけあってそれなりに顔を合わせるのだ。
見知らぬ他人だった時でも気付かないうちに何回かエンカウントしてるのだろうが。
他人だったその頃に戻りたいと、この頃思う。
「あ、未利さん。……うひゃい。何で頭を小突くんですかぁ」
「ムカついたから」
「えぇえぇえっ」
涙目になって上目遣いにもじもじする鈴音。
「あの、ありがとうございました」
「うわ、変態?」
「ち、違うよぉっ!? 違いますっ!」
お仕置きに対してのお礼ではなかったらしい。
「この前の事、ちゃんとお礼を言ってなかったからですよ」
「今更……、この話題出すのに何回顔を合わせたと思ってるワケ」
「あうぅぅ」
「そもそも全ての始まりにして厄災の元となったあの指輪、なんであんなもん学校にもってきたワケ」
アレさえなければ、今も自分は目の前のトラブル少女と関わることなく過ごせていたというのに。
「ええっとお。お母さんの持ってる綺麗な指輪を自慢したくて」
「助け舟とか出す余地が全然ない自業自得じゃん」
「あうっ……」
泣いたり怒ったり、羞恥に悶えたり衝撃を受けたりと忙しい奴だ。
「未利さんの口は……、どうしてこうイジワルばっかり言うんですか、そんなんじゃ友達できないですよ」
「必要ないし。アンタこそ、その自覚なしに周囲を巻き込むトラブル体質なんとかしたら」
「余計なお世話ですぅっ!」
「こっちこそ!」
ケンカになってお互い別れるが、たぶん次会ったら忘れて話しかけてくるのだろう。鈴音という少女はそういう人間だ。
不機嫌そうなオーラを垂れ流して未利が教室に戻り席に座ると、クラスメイトに驚かれた。
「方城……なんか、今日いつもと違くないか?」
「……誰?」
「いや、俺だよ。これクラスメイトの顔だろ」
冗談だ。
本当に忘れるほどこの頭は馬鹿じゃない。
確か獅子上選といったか、不良の様な見た目の癖に面倒見の良い男だ。
「違うって何がさ」
「その人を呪い殺せそうな声とか顔つきとか、いつもと違うっていうか」
どうやら客観的に丸分かりになるくらいの不機嫌をこの表情は垂れ流していたらしい。
「……」
「正直こっちの方が会話つながるし、とっつきやすくていいと思うぞ」
「何、上から目線で偉そうにアドバイス?」
「そうそう、そうやって怒ってた方がいいって」
「鈴音といい、こいつらは……」
そんなにもアタシを怒らせたいんか。
「たまには他のやつとも話したりしろよな」
選は勝手なことを勝手なだけ言って、その場を去っていく。
「そんなの、できるワケないじゃんか」
あの事件以降に起きたわずかな変化の中でも未利はそう結論付けた。
未利はクラスメイトの背中に複雑そうに言葉を返す。