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白いツバサ  作者: 透坂雨音
幕間
120/516

第1章 啓区とシャーペン




 暗闇の中に一人で佇む青年ガイア・クロムレスは、顔に笑みを刻んでこちらへ語りかけてきた。


 君に一つ話をしてあげようか。

 勇気啓区という存在に、起こった話を。

 他の登場人物達が異世界へ行く前に起こった、なんでもないただの出来事……それでいて起こりえるはずのなかった出来事の話を。





 中央心木学園 四月 パソコン室



 おかしいな。

 どうしてこうなったんだろう。

 勇気啓区は困惑していた。


「ええと、迷惑かな?」

「うーん、迷惑じゃないよー」


 正面にいるクラスメイト、結締姫乃がその手にシャープペンシルを持ちながら、啓区の困惑の気配を感じ取ってこちらに話しかけてくる。

 異常だ。

 いや起きていることは普通なのだが。

 それは異常だった。


 クラスメイトがクラスメイトにシャープペンシルの修理を依頼している。見た目はとっても普通。

 なのに、その話を勇気啓区にするのはとてもおかしかった。ありえないといってもいいくらいに。


「無理なら……しょうがないけど」


 でもそのありえないはずの出来事は現に起きてるわけで、衝撃にフリーズして相手を困らせるわけにもいかない。

 啓区は万年装備の笑顔を微妙に困らせて言った。


「無理では、ないよねー」


 一応、何とかできるよ?

 でも、何でそれを僕に依頼するんだろうね。

 おかしいね。


 僕は物語の登場人物では決してないのに。


 この時間、放課中。

 いつものようにパソコン室に向かっていた啓区を呼び止めたのは、この春に転校してきたばかりの結締姫乃(ゆいしめひめの)というクラスメイトの少女だった。

 彼女が依頼してきたシャープペンシルの修理の為に、パソコン室行きを中断して教室へと戻る。


「何か、用事でもあったかな……?」


 啓区は、すまなさそうな表情をする姫乃に笑いかけた。

 元から笑ってるけどねー。


「何もないよー。暇つぶししに行こうと思ってただけだからー」


 それは本当だ。実際暇つぶしみたいなもので、実のあることはしていない。何か用事があるならそちらを優先すべきだろうと思っているし。

 自分の席へ着き、姫乃から渡されたシャーペンを分解していく。

 ボディは赤い色で、宝石に見立てたプラスチック製のキャップがついている。

 持ち手のところには柔らかな材質が使われていて、指で押すとふにゃっとなってて病みつきになる触り心地だ。

 塗装が剥げているなんてことはなく、傷が付いているといった風でもない。

 それは新品同様のシャーペンだった。

 異常は他の所にある。


「ふむふむなるほどー。芯が詰まってるのが問題なのかなー。掃除してやればすぐに良くなるよー」

「そっか」


 ペン先をはずして、芯を出し入れする穴を覗き込んで話しかければ、ほっとしたような声が返ってくる。

 啓区は筆箱からシャー芯のケースを取りだして、一本芯を取りだす。


「それ、どうするの?」

「こちょこちょするんだよー」


 慎重にシャー芯の詰まっている所を、持っている芯でつつき障害物を取りのぞいていく。


「今まで、こういう時どうしてたのー」

「これ使うの最近なんだ。普段は普通の鉛筆使ってたから」


 疑問に思って問えば、予想した通りの答えだった。


「そーなんだー」

「誕生日にもらったものだったからどうしようかと思ってたんだ。良かった」

「あれ、結締さんて四月が誕生日だっけー?」


 始めの時にした自己紹介では、違う事を言っていたような気がしたけど、と思いだす。


「違うよ。これはその日にもらってずっと閉まってたんだ。大事な物だからうっかり失くしたくなかったし」

「じゃあ、とっといたのを持ってきたんだー」

「うん。元気をもらおうと思って、ここで頑張ろうって……自分を励ます為とかに」

「なるほどー」


 新しい場所で不安だったから、その為に支えになるような物を手元に置いておきたかったのだろう。


「物を大切にしてるんだねー。はい、どうぞー。そんなに深刻な病気じゃなかったよー」

「ありがとう」


 詰まっていた芯を取り除いた後、周囲についた汚れを袖で拭いて返すと姫乃が声をあげた。


「あっ」

「あー、ごめんねーハンカチとかなくてー、別の奴は機械油で汚れてるし」

「そういう事じゃないよ。袖、汚しちゃった……」

「気にしないでいいよー。服なんて汚れたりボロボロになったりする為の物でしょー。あ、何かこの言い方ー、誤解生みそうかもー」

「誤解って?」

「何でないよー」

「……でも、そうやって割り切るのはちょっと寂しいと思う」


 おしゃれしたり着飾ったりする役目もあるわけだし、と姫乃は言いながら受け取ったシャーペンを観察。カチカチと動かして動作確認をする、ちゃんと動くことを確認できたようだ。


「よかった。本当にありがとう、えっと…勇気(ゆうき)さん?」

「そーそー、正解ー」

「お礼、必ずするね」

「それこそ気にしなくていいんだけどねー」


 そんな大層な事してないしー。


「そんなわけにはいかないよ。何か考えてくるから」


 そう言って自分の席に戻っていく姫乃の後ろ姿を見ながら、啓区は小さく呟く。


「良い子だよねー。だから、ちょっとこの先訪れるいつかの事が心配になってきたかもー」





 そして翌日のパソコン室での事だ。

 本当に気にしなくて良かったのに、と思う。

 しかし姫乃という少女は大変真面目な人物だったらしい。


「本当は持って来ちゃいけないんだろうけど、はい」

「えっとー、どういたしましてー?」


 渡されたのはクッキーだ、市販品の。

 綺麗に包装されリボンがかけられている。

 中にはデフォルメされた花の形のクッキーが数個。


「あのペンは、私にとっては大事なものだったから」

「そっかー」


 なら大した事はしてない、などとは言えないなと思う。

 啓区は断れずにそれを受け取った。


「この間おいしいお店を見つけたからお礼にいいかなと思って」


 家に持って帰ってから食べてね。と念を押される。

 普段学校で、しかもこの部屋でお菓子食べてますー、なんて言えないねー。


「そういえば聞きたかったんだけどー、一個(いっこ)良いー?」


 前日に聞けなかったことを改めて尋ねる。


「どうして僕に修理を依頼したのー? ほら他の人とかに頼むとかあったでしょー」

「うーんと、覚えてないかもしれないけど、この学校に来て一番初めに話しかけてくれた人に似ていたから、かな?」


 その問いに、姫乃は困った様な顔で言う。


「……へぇー、親切な人がいたんだねー」

「内容自体は当り障りのないものだったと思うよ、よく覚えてないけど。……まあ、獅子上(ししがみ)さんに手先の器用そうな人はいないかなって聞いたら、そういう奴はパソコン室か図工室にいるんじゃないかって言われたのもあるけど」

「間違ってはいないけどー、微妙に親切じゃない答えだねー」


 もうちょと転校生に対して考えてあげてもいいと思う。

 不良の様な見た目になのに面倒見のいいクラスメイトの男性に対してそう思った。

 まあ、彼の事だから困ったらまた言ってくれ、ぐらいは言ったんだろうけど。


「何に困ってるかこっちも言ってなかったし、しょうがないと思うよ」


 そんな調子でとりとめのない話をしていると予鈴がなって、次の授業が迫っていることを知らせる。


「おっとー、そろそろ行かなくちゃねー。姫ちゃんは先に行っててよー、僕は片付けてからいくからー」

「うん。じゃあまた」

「またねー」





 学校の授業を終えた啓区は、通学路を歩き自宅へと帰る。

 チャイムは鳴らさずに鍵を使ってドアを開け、中へ。


「ふぅー、いつ見ても殺風景だよねー」


 そこは、最低限の家具家電はあるものの、余計な物が一切ない部屋だった。

 カバンを置いて、部屋のサイズの割に小さすぎるテーブルに、冷蔵庫から取りだしたお茶をコップに注いで、姫乃からもらったクッキーに手をあわせる。


「いただきまーあむむ」


 言い終らないうちに食べた。


「うん、美味しい。どこのお店か聞いておけばよかったなー」


 数々のお菓子を食してきた啓区の舌はクッキーの美味しさを素直に評価していた。


「また、姫ちゃんと話す機会があればいいんだけどねー」


 そんな機会はもう訪れることはないだろうと思いつつも、つい言葉をこぼしていた。




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