弟子と師匠10
未知の毒に対処する方法はない。
ならば一刻も早く、病院に運び込まなければならなかった。
だが、セルスティーもビビも、大人を運べるほどの体格ではない。
かといって町の住人を呼んできて、運んでもらうのは時間がかかりすぎた。
「らなー」
「どうすれば、いいの」
不安そうなビビに笑いかける余裕は、微塵も残されていなかった。
自分のせいで、誰かが死ぬ。
それが他でもない師匠。
その事実に、今までにないくらいセルスティーはどうようしてしまっていた。
途方にくれるセルスティーだが、幸いなことに救いの手が差し伸べられた。
気が付くと、その場に一匹の魔獣が現れた。
イヌヌのような見た目だが、それよりも体格がやや大きい。
セルスティーは反射的に警戒するが、魔獣が首を振り、こちらとコミュニケーションをとるかのように、視線で町の方角を示した。
「ひょっとして、助けれくれるつもり……なのかしら」
魔獣は頷く。
「あ、ありがとう。どうしてかは分からないのだけれど」
礼を述べると、気にするなとでもいう風に首を横に振られた。人語を理解しているらしい。
そして、倒れている師匠の体の下に頭を突っ込んで、その体を運ぼうとした。
「乗せてくれるの?」
「ワウッ」
「助かるわ」
セルスティーは師匠の体が落ちてしまわないように、持ち歩いていた紐などを使って固定し、魔獣に背おわせる。
しっかりと固定されたのを確認した魔獣は、町の方へと走り去っていった。
その速度は、子供が走るよりも何倍も速い。
あの分なら、治療が間に合うかもしれない。
「らなー」
「私達もいきましょう」
師匠の無事を祈りながら、セルスティーは少年とビビと共に沙漠を歩いていった。
それからの事は、あまり愉快ではない事が続いた。
あの後セルスティー達は、少年を病院に運び、師匠の容態を聞いた。
だが、看護員からは思わしくないと告げられていた。
そして、そのまま師匠が死亡したと伝えられたセルスティーは、調合士の勉強一筋でやっていく事にしたのだ。
それがきっかけだったのか、分からない。
ビビは、セルスティーの家にあまりこなくなった。
数年後、調合士として有名になり、王宮から新しい家を買えるほどの褒美をもらったセルスティーは、研究所の人間に知識を教え引継ぎを行う。
機術の勉強をするために、調合士の仕事をいったん休もうと思ったからだ。
二つの事を追ってはいけない。
師匠の忠告を忘れなかったセルスティーは、着々と引継ぎの準備を進めていたのだが……。
そんな彼女は知らなかった。
死んだと思っていた師匠が、実はその世界のどこかでまだ生きていたという事を。