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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編 調合士の足跡
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弟子と師匠09



 少年の変化を感じ取ったのだろう。

 ビビが息をのんだ。

 世話を焼いた彼女は、大きなショックを受けているのかもしれない。


「何でだよ」


 その瞳には、悔し涙が滲んでいた。

 

「何がかしら」


 セルスティーはあえて、冷静に問いかける。

 彼の心境は少しだけど、分かる。

 しかし、そんな事を行っても少年は喜ばないだろう。

 それどころか、これよりももっと大きな激情に火をつけかねない。


「何で追いかけてきたんだよ。放っておいてくれればよかったのに!」

「そうしていたら、貴方は死んでいたわ」

「知ってるよ! でも、あんた達はあの狭い家につれもどすだろ」

「ええ、そのつもりよ」

「だったら……!」


 セルスティーはそこでビビを視線でしめす。


「貴方が死んだら彼女が悲しむから、私はここにきたの。あの子も、私もこの危険な場所まで」

「……」


 こんな言葉「お前のせいで死ぬ所だった」と言っているようなものだ。


 小さな少年にとっては酷な話だった。

 彼の感情を受け止めてやるのが、立派な人間の役割なのだろう。

 彼はまだ、我が儘を言っても良い年なのだから。


 けれど、ここにいるのは同じく子供であるセルスティー達だけ。

 なら、一番確実な方法をとるしかない。


 少年は心配そうにこちらを見ているビビと、目の前にいるセルスティーを交互に見つめる。


「戻ってくれるわよね」

「……」


 返事はない。

 けれど、頷きはあった。


 なら、早急にこの場を離れる必要がある。


「なら、背中に乗って。貴方を運ぶわ」

「いい」

「毒の影響が残ってるの、無理はさせられない」

「……わかった」


 セルスティーがしゃがめば、大人しく背中に捕まる。

 細くて小さな体だった。

 重みもあまりない。


 そんな体で、満足に運動もしていないだろうに、こんな所まで来たのだ。

 それだけ彼の執念が、願いが強かったのだろう。


 誰かが、治療方法を見つけてくれれば、こんな問題解決きっと解決する。

 でも、それは今の所だれにもできない。

 未熟者であるセルスティーには、もっと可能性がない。


「らなー、えがお、ない。げんき、ある?」

「大丈夫よ、ビビ。心配してくれてありがとう」


 けれど、その時セルスティーは油断していた。

 がけっぷちに立たされて意外な力を発揮するのは、人間だけではなかったのだ。


 もともとお腹が空いていたのか、どうしようもなく苛立っていたのか、別の原因があったのか。

 黄金水によって拘束されていたエルバーンが、それを引きちぎって襲い掛かってきた。


 頭上に、羽ばたきの音がする。

 見上げた時にはすぐ近くまできていた。


「っ!」

「らなー!」


 狙いはこちら。

 セルスティー達だ。


 背中の少年を放って今すぐ逃げれば、セルスティーだけは助かるかもしれない。

 けれど、彼女はそんな事できなかった。


 ビビの頼みを断れなかったように、彼女は甘かったのだ。

 だから、その結果はある意味だとうだったのだろう。


 師匠の注意を聞かなかった罰。


 せまりくるエルバーンの脅威に身を固くする。

 

「世話のやける弟子だ」


 しかし、脅威は襲ってこなかった。

 耳に聞こえるのは、聞きなれた声。


 セルスティーの師匠がそこに立っていた。


 左腕をくちばしの中に埋めた彼は、その中で何らかの調合薬をさく裂させたのだろう。

 人体の一部分を食べようとしていたエルバーンは、内部から爆発。


 頭部が吹っ飛んで、血をまき散らしながら、息絶えた。


 爆散した死体の残骸から左腕を引き抜いた師匠は、こちらを振り返る。


「そこの小娘が研究所に伝言を残していった。たまたま気づいたから、来てやっただけだ」


 そして、聞いてもいないのにそんな台詞を述べて来た。

 小娘、とはビビの事だろう。


「師匠……」


 唐突に表れた助っ人に、どう礼を言えばいいのか迷っていると、その当人が膝をついた。

 顔色がみるみる悪くなっていく。


「くっ」

「師匠!?」

「だから、専念しろと言ったのだ。貴様の調合薬と、エルバーンの血が混ざりあい、人体に有害な猛毒になった。勉強を進めていれば、すぐに気づいて成分を変えられたはずだ」


 見れば、師匠の左腕には噛みつかれた時にできた裂傷があった。

 そこから、件の薬と血が入り込んだのだろう。


「そんな……」


 こちらが絶句する間もない。

 セルスティーの師匠は、そのままそこに倒れてしまった。



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