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白いツバサ  作者: 透坂雨音
短編 調合士の足跡
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弟子と師匠05



 ラナー邸


 帰り道、家に帰るビビと別れて、セルスティーは図書館である本を借り、研究所にも寄った。

 だがあいにくと事情により、研究所での目的は果たせなかった。

 師匠は不在だったようだ。

 出かけている理由は誰にも分からない。

 師匠は、外にでる理由を伝えない人だったから。


 だから仕方なく、そこで働いている研究員に伝言を頼んで、自宅へ帰る。


 単に採取に出かけているだけならばいいが、旅に出ていた場合は数か月は会えない。

 人をあてにして待つより、自分で出来る事を探していた方が良いだろう。


 治療を行うために、やるべきポイントを整理していく。

 セルスティーは私室で、本に目を通しながら。

 数時間かけて図書施設で見つけて資料を(目的の内容は、ほんの数行しかかかれていなかったが)開きながら、頭の中で情報を広げていった。


 ログプレス。

 人体の中にあるとされているプログレスという器官が破損してしまい、記憶保存に障害が生じる。

 発症した人間は、一定期間ごとに記憶が消失する。

 治療方法は不明。

 完治した人間はいない。


 読んで得られた知識はこの程度だった。


「プログレス器官?」


 新たな収穫はなし。

 しかも、聞いた事のない言葉まで出てくる。


 眉間をもんで、ため息を吐く。


 専門的な分野でない方面では、やはりうまくいかない。

 自分が目指している調合士の道が上手く進んでいる、というわけではない。それと比べてもうまくくいかないという事だ。


「分不相応なのかしら。機術関係にも手を出してしまっているし、私の手には余るのかもしれないわね」


 これは、人生十年ばかりしかいきてはいない小娘が分かるような事柄ではないのかもしれない。

 他の、専門的な人に任せるのが道理なのだろう。


 しかし、セルスティーの心情としては、やはり気になる。

 納得できない、いや頭では納得しているが、心が受け入れる事ができないのでいるのだ。


「優柔不断ね。師匠に甘いと言われるわけだわ」


 自分の事を評価する言葉を小さくこぼす。

 ここは自分の家の中の私室で、誰にも聞かれていないはずだった。


 しかし、その言葉に答えが返って来た。


「貴様は、またそんなものに首をつっこんでいるのか」


 振り返ると、数時間前は会えなかった人物がそこに立っていた。


「師匠」


 ヴィンセント・ロメイ・エレメントス。


 セルスティーの師匠だ。


 黒のコートを着た、白髪の男性。

 歳は見た目の通り、高齢。


 調合士の素質があると弟子にしてもらったが、彼の満足するような結果はまだ出せていない。


「自分のやるべき事を見誤るな。一つだけに専念しろ」

「……すいません。ですが」

「友人が何だ。だから貴様は甘いといっているのだ。そんな事で登れるほと、調合士の道は甘くはないぞ」

「はい」


 彼は、(いつも通りだが)不機嫌そうな表情をしながらこちらを嗜めてくる。

 師匠の言っている事は正しい。

 今のセルスティーに、他事を平行して処理する能力は備わっていないだろう。


 だから、セルスティーはただちにやめるべきなのだ。


 しかし、その決断をするのは少し後のセルスティーで、今のセルスティーの答えは違っていた。


「もう少しだけやったら諦めもつくと思います。だから……」

「ふん、好きにしろ」


 師匠は、そのまま部屋を出ていく。

 入る時も出る時も、まったく部屋の主を気にかけない。


 件の病気に関して何も言わないのは、彼でも分からなかったからだろう。

 師匠は、負けず嫌いでプライドの高い所があるので、自分から分からないなど言わないのだ。


 去っていく背中は、もうセルスティーの事など忘れているかのようだった。

 迷いのない足取りで視界から消えていく。


 良く言えば、まっすぐ。

 悪く言えば、他を省みない。


 セルスティーの師匠は、そんな人だった。



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