霧の旅人の話
『ミスト』
今からおよそ千年前。
俺の生まれ育った町は忽然と姿を消した。
俺はその日以来、町に足を踏み入れた事はないし、町の住人と顔を合わせた事がない。
家族の母さんに父さん、年の離れた弟。近所のハーティア兄さんや、よく親切にしてくれるお惣菜売りのマシェリーおばさん。
みんなと会えなくなったのだ。
それどころか町がどこにあったのか、思い出せなくなってしまった。
大まかな場所は分かるのに、細かい生き方や土地の様子が分からない。
俺の他にも似たような状態になった人がいた。
俺は彼等と協力して町を探したけれどけれど、どれだけがんばっても見つける事ができなかった。
それから長い年月が過ぎて、町を探し当てることなく、俺の周りの人達は死んでいく。
同じ故郷の住人も、町を探すのに協力してくれた人達も。
俺は不老不死となっていたから何年でも探せるけれど、終わりの見えない行動が嫌になった事は数えきれない。
だから、クーディランスの町に居ついて名前を変え、ひっそりと生きながらえて5百年も経つ頃には、ほとんど諦めてしまっていた。
だが、憑魔に町が襲われ、滅亡の間際になった時俺は悟ったのだ。
やはり、もう一度この目で見たいと。
その思いが奇跡を起こしたのか知らないが、死んだあとも俺は町を探し続ける事になった。
生前の要なはっきりとした意識ではないけれど、町を探す事だけはなぜかしっかりと記憶に刻まれていたからだ。
ただ一度、もう一度だけ故郷の土を踏みしめたい。
懐かしいあの土地に、辿り着きたい。
そして、始まりの時からどれくらい時がったったのか分からない。
奇跡は起きた。
懐かしい生まれ故郷は随分と変わり果ててしまったが、胸の内を郷愁が満たした。
見慣れた建物に、見慣れた風景。
そこは紛れもない場所、俺が生まれ育った故郷。
俺はやっと故郷に帰る事ができたのだ。