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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第三幕 立ち向かう意思
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96 第20章 諦めるのか!



 クーディランス跡地 『リラック』


 ロングミストの町から西へ行ってしばらくの場所。

 かつてクーディランスという町があったところでは、避難民達の一部が散らばっていた(その町は、前回起きた終止刻(エンドライン)で、壊滅的な被害を受け復興できなかった町だ)。


 その中で、建物の残骸の陰に身を隠し、息をひそめていたリラックは厳しい表情で思う。


 絶対にあれに見つかるわけにはいかない。

 見つかったが最後、あるのは死だけだ。

 ……一体なぜこんな事になってしまったのか。


 ロングミストに滞在していたリラックたち避難民は、バール達が町の中に入ってくるらしいと聞いて、そこから逃げる事にした。

 しかし、もともとの予定を前倒ししてロングミストの町を出たリラック達は、未だにこんな場所で足止めをくらっている。


 早く遠ざかりたいというのなら、列車を使うという手もあったが、あれは一般人が使用できるようなものではないし、仮に無理を言って乗せてもらうとしても そんな事をしたら目立ってしょうがない。仕方なしに徒歩で進むことになったのが、悪夢の始まりだったのかもしれない。


 気が付いたら、あれに追いかけられていてこの跡地を逃げ回るはめになっていた。


 その際に、他の避難民達から向けられた視線は、鮮烈な記憶として脳裏にやきついている。


 みな、リラックをいぶかしみ、あやしんで、そして憎悪していた。


 最終組の避難民達を暗殺するという計画は、町長であるリラックと一部の者達しか知らない。そのため、他の避難民にとっては巻き込まれただけの状況となるのだ。きっと、どれだけ頭を下げても許してはもらえないだろう。


 悔恨の念に捕らわれるリラックの瞳に映るのはさびれた廃墟の数々。

 

 ほとんどが瓦礫の山と化しているものの、以前町だったと分かる程度には建物が残っている。そのせいで、元の景色が想像できるだけに余計にさびれた印象を与えていたりもするのだが……。


 自分達が去った町もいずれはこうなるのだろうか、とリラックは思う。

 ここはまだ良い方なのかもしれない。

 こうして人が時おり通るのだから。

 だが、自分たちの町は島の最も東の果てになる。

 立ち寄る者など誰もいないに違いない。残骸が残れば良い方だろう。終止刻の被害によってはその痕跡すらも残らないかもしれない。


 そんな事を考えていたら。ただでさえ気分が良くないのにさらに沈み込みそうになった。


 リラックは頭を振って、別の事を考えた。


 そもそもの始まり。

 こんな事になってしまったきっかけを……。





 クーディランスの町に足を踏み入れたリラック達の前に、現れたのは一人の女性だった。

 血のような赤いドレスを着て、首元に白い包帯を巻いた、妖艶な雰囲気の女性だった。

 その手には身の丈以上のサイズの大鎌の武器が握られている。

 彼女は自らを、暗殺者と名乗り、自分達を殺すと言った。


「約束が違う!」


 当然リラックは憤りを口に出したのだが、女性は冷笑を浮かべて馬鹿にするような視線を向けて、こちらに言い放った。


「あらぁ、私たち暗殺者なんかとの約束を本気にしてたの。そんなの守るわけないじゃない」


 口に出して非難の言葉を続けつつも、心の底ではこうなるのではないかという予感はわずかにあった。


 そもそもの話だ。依頼する時点でこの女性のことは信用できなかった。

 価値観が違うというか、得体の知れない雰囲気があるというか、ともかく理解できる存在とは思えなかったのだ。


 契約を交わしたあの時の自分は、きっとどうにかしていたに違いない。


 目の前の女性は、口元に弧を描く。


「ということで、組織の名前に傷がつくのは嫌なの。暗殺の依頼をなかった事にしにきたわ」

「口を封じに来たのか!」

「やっと分かったの? そういう事」


 冷笑から一転して、満足気な笑みを浮かべると女性は、赤いドレスの裾をつまんで頭を下げた。

 所作だけ見れば立派ないいところのお嬢様だったが、手に持つ大鎌の刃の輝きがそれらを否定する。


「だから、私を楽しませて死んでね?」


 女性は小首を傾げて、野原を駆け回わる小動物でも見つめるかのように、可愛らしく笑って見せた。

 少女は身の丈以上もある鎌を振り抜いて宣言した。


「大鎌使いのロザリー・コクォートス! あなた達の命、刈り取らせてもらうわ。聞いたからにはしっかり死んでいってね?」


 それは、誰一人生きて返す事を許さない、死の宣告だった。






 そして、リラック達の置かれている状況は現在の通りだ。

 大鎌を振り回しながら遅い来るロザリーから逃げる為に、町の建物を遮蔽物にしながら逃げ続け、息を殺して隠れていた。


「あはは、どこに隠れているのかしらぁ」


 ロザリーが大鎌を振るう度に、辺りに破砕音がする。

 今もどこかに散って隠れている者達は、その音をきくたびに震えあがっているに違いない。

 早くここから離れたい。

 けれど、それは無理だった。

 手っ取り早く距離を取るためにこの町から出ようとしたのだが、結界が張ってあって、外に出る事が出来ないのだ。

 恥も捨てて外聞も考えず、水鏡を使って外部に救助を頼んだが、どうなるか分からない。

 絶望的だった。


「ああ、何でこんな事に……」


 言っても仕方のない事とはいえ、嘆かずにはいられなかった。

 悩みを打ち明けた時に、あの男の話に乗らなければ良かった。

 いくら自分達が助かる為とはいえ、あんな事をしてしまうなんて。


 断続的に響き渡る破砕音に頭を抱える。

 今までに、いったい何人がやられたのだろう。


 最初に何人かやられた。

 その後すぐにバラバラになって逃げたのが功を成したか、少女に即全滅させられるような事はなかったが。それでも少なくない数の人間が逃げることもできず 死んでしまった。


 だが、仮に逃げられたとしてもその先は地獄だ。

 兵士でもない自分達には抗う術などなく、絶望だけが残されていた。

 じりじりと追いつめられていく。その感覚が人の心を蝕んでいく。

 プレッシャーに耐えかねて動いた者がいて、やられていった。

 出る事の叶わない結界の外に行こうとして、隔てる境界の前でやられたものもいる。

 攻めて一矢むくいようとして、飛びだして返り討ちにあった者も。


「どこにいるのかしらぁ」


 この後に及んで言い逃れはしない。

 自分は間違えたのだ。

 そしてそのせいで、大勢の罪のない町人を犠牲にしてしまった。

 それに、自分達だけならともかく、関係のない人達までも巻き込んでしまった。


 きっと天罰が下ったのだ。


「あああ」


 何ということだろうか。

 誰か、助けてくれ。


「私はどうなってもいい、だから町の者だけでもどうかお助け下さい。ディテシア様……」


 追手から隠れている事も忘れて、リラックは祈りを捧げていた。

 そうせずにはいられなかった。

 もう祈る以外、自分にできることなどないのだから。


「みーぃつけた」


 しかし、運命は非情だった。

 静かに祈りを捧げる時間すら用意してはくれなかった。

 血の気の引いた顔を上げると、ロザリーが大鎌を持ってそこに立っていた。


「ひいぃっ!」


 慌てて物陰から飛び出して逃げようとするが、足が言う事を聞かない。

 抗えぬ運命を前に、リラックはただ現実を見つめる事しか出来なかった。





 しかし、


「諦めるのか!」


 声が響いた。




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