7.回想2〜親友〜
友達になるきっかけなんて、ささいなものだ。
でも、私と亜季の場合はそんな風だったから、ちょっと変わってたのかな、と今では思う。
まあとにかくそんな訳で、私達は晴れて(?)文芸部に入部したのだった。
入部届を出した日、私と亜季は一緒に学校から帰った。歩きながら話す話題は、自然と本の話になった。
私が文芸部に入ろうと思ったのは、本や書くことが好きだからで、亜季もそれは同じだった。共通の話題ができたのが良かったのか、私達はいつの間にか自然に会話するようになっていた。
なんとなく安心して、もう打ち明けてもいいかな、と思った。
「私ね、いつも池田さんのこと見てたんだよ。いつも一人でいるから、気になってた。」
いつも見てた、なんて気持ち悪いかな、なんて心配だったけど、亜季は全然嫌な顔をしなかった。心底驚いてはいたけど。
「全然、知らなかった。」
亜季は大きな目を更に大きくさせて言った。
「でも、嬉しい。」
「ホント?」
「うん、ずっと友達いなかったから。」
亜季の言う「ずっと」とは、中学に入ってからのことだけではなかった。
彼女は話してくれた。小さい頃から、内気な性格で、人と話すのが苦手だったこと。小学校では、その性格ゆえに友達ができないばかりか、いじめられたりもしたこと。
おそらく、そんな体験を誰かに話すのは初めてらしかった。そんな体験を聞く、初めての誰かになれたことが私は嬉しかった。
「でも、不思議だね。田島さんとはなんか普通に話せる。」
話し終わった亜季が、そう呟いた。
帰り道の夕日に照らされてほんのり浮かぶ、彼女の横顔を見ながら、私は言った。
「そんなもんだよ、友達って。」
そんなもんー・・どんなもんかは私にもよく分からなかったけど。
亜季の横顔がこちらの方に傾いて、「そっか。」と言った。
そうして、私と亜季は公認の友達になった。
まさか、あんな事になるなんてその時の私達には、知る由もなかった。
文芸部にはほとんど毎日2人で顔を出した。
さすがに中学のちゃんとした部活だけあって、小学生の頃、気の向くままに詩やお話を書きなぐっていた私には、一種のカルチャーショックだった。
学校にいる時間のほとんどは、亜季といる時間でもあった。
毎日一緒にいる私達は、いつしか親友にまでなっていた。呼び方も、「池田さん」から「亜季」に、「田島さん」から「桃子」に、変わっていった。
亜季に新しい風が吹けばいいな、と思って、小学生の頃の友達を紹介したりもした。
初めは私の影に隠れるようにして怯えていた彼女も、次第に少しずつみんなと打ち溶け合っていった。初めて多くの友達ができた亜季は、幸せそうな笑顔だった。
「池田さんってさー、可愛いよね。」
ある日、いつものグループで昼食をとっていると、友達の1人が唐突に言った。
その時、亜季は何かの用事で、席にはいなかった。何の用事だっただろう?とにかく、ここにはいなかった。
本人のいない時だったから、自然とそんな話になったんだろうか。その1人の発言に、みんなが吸い寄せられていた。
「可愛いっていうかー、美人系?」
「そうそう、マジ綺麗だよねー。なんかしてんのかなー?」
引き金になったように、ポンポンみんなが口にし始める。
亜季=美人。みんなが、前々から思っていたようだった。もちろん、私も。
もともと亜季は美人だった。目はパッチリしていて、まつ毛が長く、髪は綺麗な栗色。身長も160cmと中1にしては高くて、スタイルも良かった。
教室に1人でいる亜季を見ている時から、綺麗な子だと思っていた。でも、私が亜季と友達になりたいと思ったのは、それが原因ではなかったけど。
もともと美人な亜季だったけど、私やグループの皆という友達が出来てからは、表情も明るくなって、どんどん綺麗になっていった。少し早目の、高校デビューとでも言おうか。
更に言うと、そんな彼女のもっと好印象なところは、自分が美人で綺麗だなんて全く思っていないところだった。気付いていないところだった。
誰かに面と向かって、そう言われた事などないのだろうか。でも、亜季のことだから言われたとしても、その言葉を信じることはきっとないだろう。
亜季が戻ってくるまで、そんな話が続いた。
しばらくして、彼女が戻った時には、皆、いつものクラスメイトの顔になっていた。
それでも、何となくいつもと違う空気を感じ取ったのか、亜季が小声で私に尋ねてきた。
「なんの、話してたの?」
私は亜季の顔を見た。相変わらず綺麗で、相変わらずそんなことなど全然気付いていない顔だった。
「別に。なんでもないよ。」
「・・そう?」
亜季は私のそっけない返事を、いつも通りに受け取ったようだった。
慌てて遅れた昼食を食べ始めた彼女を眺めながら、私は体の中に、黒い渦のような感情が湧き上がってくるのを、感じていた。
一人、感じていた。
中学生といっても、もう誰かと付き合ったりするいわゆるカップルは結構普通にいる。
中1のバレンタインに告白して、それから付き合い始めるというパターンが一番多いらしい。
ある日、文芸部で作品にとりかかってていると、ふいに先輩が教えてくれた。
文芸部では、こんな風に雑談というかどうでもいい話が出てくることがよくあった。いつもなら軽く聞き流す私だったけど、その日は何かに吸い寄せられるようにして、その話を熱心に聞いていた。
理由はもちろんあった。
その頃、私は片思い中だった。相手は、同じクラスのサッカー部の生徒。ちょうど3階にある、文芸部の部室からサッカー部の活動しているグラウンドが良く見える。
サッカー部はかなり人気があるから、部員もたくさんいるのに、その中でも彼は目立っていた。もちろん見た目もいいし、それだけで人目をひくけど、目立っている一番の理由は、とてもサッカーが上手いことだった。
ちょうどそんな時だったから、先輩が何気なしに始めたその話に、思わずドキッとしてしまった。
女の子達は甘いものや、テレビドラマと同じくらい、いやそれ以上に恋の話題が大好きだ。一人が始めた話だったのに、いつの間にかそれはバーゲンセールのような盛り上がりになっていた。部室の隅の方に、人数の少ない男子部員が怯えるようにして固まっていた。
できることなら、私だって話に加わりたかったけど、もうその頃は誰が誰に向かって喋っているのか分からないくらい、めちゃくちゃな騒ぎになっていたので、ただ遠くからぼんやりとその様子を眺めていた。
ふと、隣で詩を書いている亜季を見ると、彼女は全く向こうの話に興味がないようだった。いつも通り、熱心に詩を書いている。
亜季こそ、こんなに美人だから誰かに告白されて付き合う可能性だって、私なんかより十分にあるだろうに、すっかり作業に没頭していて、人の話す声さえもまるで聞こえていないようだ。
(亜季は、いるのかな、好きな人。)
なんとなく、そんな疑問が頭に浮かんだ。
せっかく集中している亜季を邪魔したくはなかったけど、これだけは聞いてみようと思った。
「亜季」
沈黙。
「亜季」
沈黙。
「亜季!」
「・・え、何?桃子」
3回目の呼びかけで、ようやく亜季は現実に戻ってきた。相当熱中していたようだ。
「詩だったら、もうすぐ完成するよ。あとで見せ合いっこしようね。」
亜季は私の思惑とは、まるでとんちんかんなことを言った。もうそんな言葉を聞いたら、質問の答えだって容易に想像できそうだったけど、私は一応聞いてみた。
「あのさ、亜季。」
「うん?」
「・・好きな人、いる?」
亜季と恋の話をするのなんて初めてだった。私はなんとなく緊張していた。
「いるよ。」
「・・!?ホントに?」
「うん、桃子の事好きだよ。」
ひっくり返りそうになった。
「ちーがーう!」
一体、どこまで鈍感なんだろう、この子は。
「そういう好きじゃなくって、・・好きな男の子いるか、ってこと!」
思わず人差し指で、亜季の方を指し示しながら、私は言った。小学生でも意味の分かるような質問なのに。
少し考える仕草をして、
「それは、いないかなあ。」
と亜季は言った。ボケた老人の独り言のように間の抜けた声だった。
まあ、そうだろうな。
「なんで、そんなこと聞くの?」
「うーうん?ちょっと気になっただけ。」
先輩の話を説明するのは面倒くさかったので、自分で勝手に答えを作って返した。本当に亜季、何も聞いてなかったんだなあ。
「桃子はいるの?好きな男の子。」
唐突に亜季が聞いた。もうこの話題は終わるかと思っていたので、ちょっと頭が混乱した。
「いるんだったら、相談、のるよ?」
満面の笑顔で亜季が言った。いつも通りの私が好きな亜季の笑顔だった。
「・・相談、のってくれる?」
「だから、そう言ってるじゃん。」
じゃあー・・
「私ね、サッカー部のー・・」
「告白、すればいいのに。」
片思いを打ち明けて以来、亜季はよくそう言った。
好きな男の子もいない彼女なのに、私の恋愛に関しては、ことさら積極的だった。
「そんなの・・無理だよ。」
亜季にそう言われるたびに、私はこう返した。いつの間にかこのパターンの会話が定着しつつあった。
彼はかっこよくて、サッカーも上手くて、とても人気がある。告白したって、振られるに決まってる。それが私の持論。
「そんなの、やってみないと分かんないじゃない。」
「やってみなくても・・分かるよ。」
私がネガティブなことを言うたびに、亜季は頬を膨らませて、「もう。」と怒った。そんな亜季の顔もたまらなく可愛いなーと私は呑気なことを考えていた。
そんなこんなで季節はめぐって、いつしか中1の3学期になっていた。
こう書くと、あっという間に3学期になったと思うかもしれないけど、当然その間亜季とはいろいろあった。
文芸部での活動、初めて2人で計画して行った夏休み旅行、2人一緒に迎えた新年の初詣・・
その1つ1つが宝物だった。不思議だけど、小学生の時だって友達はいっぱいいて、いろんな事をしたのに、亜季と過ごした時間はそのどれよりも輝いていた。
本当に楽しかった。本当に幸せだった。
そんな幸せがあっけなく壊れてしまうものだなんて、まだ私は知らなかった。