6.回想1〜友達〜
アパートの自分の部屋に帰ると、メイクも落とさないでベッドに横になった。いろいろありすぎて、どう気持ちの整理をつけたらいいか分からなかった。
枕に押し付けていた顔を半回転させて、天井の方を向いた。考え事をするにはこちらの姿勢のほうがいいと思ったのだ。
あの映像・・。カバンから万華鏡を取り出して、覗く。もう何も映らない。一瞬、あれは幻だったんじゃないかと思った。
だって、そんなばかな話があるだろうか。こんななんでもない小さな筒に、小学生の私が映っていたなんて。
でも・・
『それには、あなたの見失った夢が入っています』
老人の言った言葉が頭をよぎった。
私の、夢、はー・・
数分後、私はあるものを探そうと、部屋の小さな押入れを漁っていた。
どこかでもらった石鹸の詰め合わせとか、買ったきりで一度も着ていないワンピースとかどうでもいいものばかり出てくる。
もしかしたら実家に置いてきたままだったかな、と不安になった時、ようやく「それ」を見つけた。
表紙についたホコリをぬぐう。中学のー・・卒業アルバム。
散らかった部屋を片付けることもしないで、私はゆっくりとアルバムのページをめくった。
校長、職員紹介なんかのお決まりのページの後に、クラスごとの写真が載っている。卒業から何年かたって、私は自分がどの組だったかもすぐには思い出せない。
いや、探しているのは私の写真じゃない。この中のどこかにいるー・・
生徒の顔を一人ずつ丹念に見ていく。制服を着ているからか、皆似たようなものだ。それが余計に彼女を探し出すのを困難にさせる。
写真を指でたどる。そうして・・
見つけた。彼女は4組にいた。
顔写真の下には、池田 亜季と書いてある。
亜季とは、中学に入ってから知り合った。
私達は中1でいきなり同じクラスになった。でも、出席番号も離れていて席が近いわけでもなかったし、なにより40数名もいるクラスだから、特に話す機会もなかった。
中学に入ってしばらくは、小学校の時の友達と行動していた。そんなふうにして、クラスには自然にいくつかのグループができていた。それぞれのテリトリー。誰しも、誰かと一緒にいることで、自分を守っているような気がした。
そんな中で、亜季はいつも一人だった。本当に友達がいないのか、あるいは友達を作ろうとしないのかは分からないけど、私はだんだんとそんな彼女が気になるようになってきた。
何か話しかけたかったけど、なかなかその勇気は出なかった。ずっとこんな状態が続くかと思った時、きっかけが訪れた。
中学に入学して1ヶ月、私は文芸部に入ろうと思っていた。できれば、友達と一緒の部が良かったけど、みんなテニス部やら吹奏楽部やらの華やかな部に入ってしまって、私は仕方なく一人で入部届を出しに行った。
校舎3階にある部室。階段を駆け上がって、私はそこの前に誰かがいるのに気付いた。亜季だった。
亜季は扉の前で、何をするでもなくただ静かに立っていた。思わず何分か彼女を見つめていたけど、ずっとそのままだった。
(・・?)
なんとなく、近寄りがたいふいんきだった。でも、とりあえず入部届は出さないといけないし、なんとなくこれはチャンスだと思った。亜季と話したい。もう、ここを逃したらチャンスはないかもしれない。
私はそろそろと亜季に近づいた。そしてできるだけ自然に見えるように、話しかけた。
「池田さん、だよね・・?」
亜季はいきなり声をかけられてびっくりしたのか、ハッとした様子で振り向いた。こんなに近くで彼女を見るのは、初めてだった。
少し、沈黙が流れた。嫌な沈黙。亜季は少し困った表情をした。その表情のまま、亜季は言った。
「すいません、・・誰ですか?」
今度は私がびっくりする番だった。でも、無理もないか。
「田島です。田島桃子。同じクラスの。」
なんとなく、敬語。
亜季は私の言葉を聞いて、ようやく分かったようだった。スッと困惑の表情が消えていった。
「ごめんなさい、私、物覚えが悪くて・・」
「あ、いいの、気にしないで。」
無理もない。
私が一方的に亜季のことを気にしてたんだから。亜季からしたら、私はただのクラスメイトにすぎない。
それがちょっと悲しくもあったけど。
「何してるの?」
私がそう言うと、亜季はまた無言になってしまった。私ではなく、私の足元の床を見て、もじもじ恥ずかしそうにしている。
聞かなければよかったかな、と少し後悔した。聞かれたくないことだったのかな。
ふと、亜季が何か握り締めているのに気付いた。白い紙のようだ。すごく力を入れて握っているのか、しわくちゃになっている。
それでもすぐに分かった。私が今手に持っているのと、同じものだったから。それはつまりー・・
「文芸部に入りたいの?」
先生のような口調になってしまった。亜季が目線を上げて、私を見る。なんで分かったの、とでも言いたげな顔だった。
「それ、入部届だよね?」
亜季の疑問に答えるようにして言った。亜季は少し間をおいてから、小さく頷いた。
「先生に出さないの?」
亜季が喋らないので、一方的に質問するばかりになってしまう。そんな風に思った時、ようやく亜季が口を開いた。
「出したいんだけど・・」
「うん?」
「一人じゃ、怖くて・・」
「え・・」
亜季のその言葉に、私は気がつくと大声で笑ってしまっていた。それこそ、廊下中に響くんじゃないかってくらいに。
「ち、ちょっと田島さん・・」
亜季が慌てて笑い声を止めようとする。亜季に失礼とは分かっていても、私はなかなか笑い終わることができなかった。
少しずつ、少しずつ、笑い声を小さくしていった。ようやく普通の状態に戻る。それを待っていたかのように、亜季が呟いた。
「やっぱり、変だよね。おかしいよね。こんな子供みたいなこと・・」
亜季は泣きそうだった。本当に泣くことはないと分かっていても、私はしまった、と思った。
亜季は真面目なのだ。私にとってはなんでもない一人で入部届を出す、ということが、亜季には大きなハンデなのだ。
それを私は笑ってしまった。亜季の言葉通り、変で、おかしいとでも言うように。
でも、取り消すことはできない。亜季と仲良くなりたい。もう一度、この状況から始めよう、と思った。
「そんなことない!」
「え・・」
「おかしくなんて、ないよ。」
さっきまで笑っていたくせに、あまり説得力はないかもしれないけど、私は力をこめて言った。
「私も、一人なんだ。」
「・・?」
「文芸部、入りたくて。」
そう言って、自分の入部届をヒラヒラさせながら亜季に見せた。分かるかな、私の気持ち。
「よかったら、一緒に入らない?」
亜季は目をぱちくりさせている。えーと、だからつまりそうなんだよ。
「友達に、なろうよ。」
それが始まりだった。