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夢屋  作者: さーふぁー
5/14

5.万華鏡の意味

昼食を終えて、小阪さんと1階のロビーに戻った。やっぱり、人はいなくて静かなままだった。

「いろいろ、ありがとうございました。」

私は改めて小阪さんにお礼を言った。夢屋の案内と、ご飯をおごってもらったことと、そして社長の話ー・・目に見える形ではないけど、いろんなものを教えてもらった。

「いいえー、私なんかで役に立てたんなら嬉しいわー。」

小阪さんは、片手をパタパタさせるジェスチャーを交えながら言った。照れているのか、顔が少し赤くなっていた。こんな風にお礼を言われるのに慣れていないのかな、と思った。

2人並んで、入り口まで歩いた。なんとなく無言だった。あっという間に着いてしまった。

「じゃ、ここで。気をつけて帰ってね。午後も仕事あるから、たいした見送りもできなくてごめんね。」

「いえ、とんでもありません。すごく楽しかったです。本当にありがとうございました。」

軽く頭を下げてから、私は背をむけて歩き出した。自動ドアの前に差し掛かったとき、突然後ろから小阪さんの大きな声がした。

「がんばれよ、桃ちゃん!」

慌てて振り向くと、小阪さんは元気いっぱいの笑顔で私を見つめていた。姿は小さくしか見えなかったけど、なぜか表情は手に取るように分かった。

私は返事のかわりに、右手を選手宣誓のように突き上げながら、自動ドアをくぐった。

(がんばります。)

そんな心の声は小阪さんには絶対に聞こえていないけど、私は自分に言い聞かせるように唱えた。

入り口を完全に出ると、午前中と同じ日差しが、私に眩しく照りつけてきた。


こんな微妙な時間に、電車に乗って帰るのは久しぶりだった。いや、初めてかもしれない。

こんな微妙な時間だからか、お客さんはあまりいなかった。乗っているのはだいたいがお年寄りか、スーパーのビニール袋をさげている主婦とかだった。

いつも乗っている電車なのになんとなく新鮮だった。静か。夢屋にいる時は全く感じなかった疲れが、今になってでてきた。すごく眠い。

しばらく睡魔と格闘した。ちょっと気を抜くと、本当に眠ってしまいそうになる。乗り過ごすわけにはいかない。ただでさえ金欠だ。

90%近く睡魔に支配される状態になった時、駅についた。

電車から降りて外の空気に触れると、ようやく眠気がとれてきた。時計を見ると、2時過ぎだった。

(まだ、帰りたくないな。)

なぜかふとそう思った。時間が中途半端だとか、それだけが理由ではない。なんとなく本能的にそう思った。

駅の長椅子に座りながら、どうしようか考えた。帰りたくないけど、あまり人の多いところにも行きたくない。ワガママ?いや、そんなんじゃない。

人があまりいなくて、ここから近いところー・・ そうだ。


風に吹かれながら歩くと、ふいに草のにおいがした。視界いっぱいに広がる川は、暑い日ざしに照らされて、黄金色に輝いている。

(久しぶりに来たなあ。)

この川原は、私のお気に入りの場所だった。こんな風に、一人になりたくなった時ー・・私はここへよく足を運んだ。もっとも、最近は仕事が忙しくて、来ることもめったになくなっていたけど。

小さく作られた階段の上に、腰を下ろす。ここからの眺めが一番いいことを私は知っている。

一人になりたい時は、いろいろあった。仕事でミスをしたり、友達とケンカしたり、隣の部屋の住人がうるさかったり。だけど、どんな時でも、ここへ来れば全てを忘れることができた。ここもまた、静かだった。

今日の私は静かなところに縁があるな、と思った。しばらく体育座りの姿勢になりながら、静寂を感じていた。

次第に、退屈になってきた。いつもここへ来る時は、本とかウォークマンを持ってくるんだけど、今日は成り行きで来たようなものだから、何も準備していなかった。

何かないかと思って、横に置いたカバンをこじ開けた。ふと、あるものが目にとまった。もう、渡されたことも忘れかけていたー・・万華鏡。

私は改めて万華鏡を手にとって、じっくり眺めてみた。夢グッズ製作部で作られた、この万華鏡。赤い布地に、青や緑の宝石が付けられている。外見は普通の万華鏡だった。

これの、どこに私の夢が入っているというのだろう。

そういえば、まだ中を覗いていなかった。私は万華鏡の筒を片目にくっつけて、くるくる回してみた。


(・・・?)

そこには、光の三原色からなるプリズムー・・そんなものは映っていなかった。

代わりに、なにか映画のような映像が見える。

場所は学校の教室のようだ。座っている生徒達は、小さい。おそらく小学1、2年生くらいだろう。その中、窓際の席に座っている一人の少女に目がとまった。

(・・・ええ・・!?)

それは、小学生の私だった。間違いない。小学生の頃、私はクラスで一番背が小さかった。随分、それがコンプレックスだったものだ。今映っている私も、ひときわ周りの生徒達より小さく、目立っていた。

なんだって、こんなものが映っているんだろう。

私は、教室全体を細かく観察してみた。子供の数は、全部で40人くらい。よく見ると、何人か覚えている顔があった。昔のクラスメイト。やっぱりここは、私の小学生時代のようだ。

黒板の前の教壇には、先生がいた。それで分かった。ここは小学2年生の教室だ。今でも先生の名前をフルネームで言える。佐々木みどり、といった。とてもいい先生で、3年生になって担任が変わる時には、悲しくて泣いたほどだ。

懐かしくてしばらく先生を見ていた。さっきまで感じていた疑問も、先生を見ているうちに少しずつ薄らいでいった。私が見ている先生は、生徒達を見ていた。全員をくまなく眺めて、先生が急に喋った。

「みんな、そろそろ出来ましたかー?」

先生が言うと、生徒達は小学生低学年ならではの元気すぎる声で、はーい、と声を張り上げた。

出来る・・?何がだろう。何の授業?

先生の後ろの黒板を見てみた。そこには、チョークの白い字で、「生活科 じぶんだけのおはなし作り」と書いてあった。

これ・・はー・・私の体がドクン、と波打った。


私は小さい頃から、本が好きな子供だった。

昔、まだ幼稚園にも行っていないほど小さかった頃、私は寝る前にいつも母に絵本を読んでもらっていた。

ピーターパンやシンデレラのような定番作をはじめ、アニメや日本昔話など、幅広く読んでもらった。私の傍には、気がつくといつも何らかの本があったように思う。

幼稚園に通い始めると、ノートに詩を書くようになった。詩というよりは、自分がその時思った気持ちなんかをただ書きなぐっただけのものだったけど、私はそれが楽しかった。

同じ組の他の子達は、もっぱら絵ばっかり描いていた。だけど、私は詩だった。自分を表現する一番の方法は、文字だったのだ。

大きくなってから、母によくこの頃のことを聞かされた。あんたは、他の子と違う事ばっかりしていたわ、時々心配になったわ、と。

周りと自分が違うことは、そんなに悪いことなのだろうか。みんなと同じ、みんなに合わせることは、そんなに正しいことなのだろうか。

私はそうは思わない。みんなと違うから、自分にしかないものだからこそ、それはとても大切なものなんじゃないだろうか。もっと分かりやすく言えば、それは個性だ。

それは、どんなに努力しても手に入らない。高価な宝石のようなものだ。

・・ずっと、そんな気持ちを忘れていた気がする。昔はあれだけ強く思った気持ちなのに。私は何か忘れている。何かー・・


先生が一人ずつ指名するたびに、生徒達は一人ずつ自分の作品を発表していった。

「じぶんだけのおはなし作り」は、いわゆる物語を作るものだった。生活科の授業でこんなのがあったことを、私はやっと思い出していた。

いろんな物語があった。それは小学2年生の作る、つたない物語だったけど、一つ一つに不思議な魅力があった。私は久しぶりにワクワクした、充実した気持ちを味わっていた。

廊下側の席の一番前の生徒から始まって、発表はほぼ教室を一周してきた。私の番になった。心臓が一際大きく鳴った。

教室中の視線が私に集まる。小学2年生の私は、ゆっくりと物語を語り始めた。

昔昔、ある森に一匹の熊が住んでいました。熊は食べ物にも寝床にも不自由していなかったけど、友達がいないという悩みがあったのです。

ある日、熊は食べると数時間だけ人間の姿になれるという、木の実のなっている木が森にあることを知りました。熊はその木を見つけ出し、木の実を一口食べると、人間の男の子の姿になりました。

そのまま森の中を歩いていると、散歩に来ていた一人の少年に出会いました。二人は意気投合し、たちまち仲良くなりました。生まれて初めて友達ができた熊は、嬉しくてたまりませんでした。

しかし、幸せは長くは続きませんでした。熊が友達になった少年は、猟師の子供だったのです。数日後、狩に来た少年に熊は撃たれてしまいました。

倒れて血を流しながら、熊はそれでも少年を恨みはしませんでした。ただ、もう一度木の実を食べて、人間の姿になったなら、少年に伝えたい。友達になってくれて、ありがとう、とー・・

そんな物語だった。

しばらく教室は静かだった。あまりにも暗い話だった。他の生徒の時は、発表し終わったらすぐにみんなが拍手をしたのに、それもなかった。

静寂に教室のほとんどが包まれそうになった時、一人の生徒が手をパチパチと叩いた。

「田島さん、すごくおもしろかったよ!」

(え・・?)

その子につられるようにして、一人、また一人、手を叩き始めた。それはやがて、大喝采になって、さっきまでの静寂の変わりに教室中に鳴り響いた。

「田島さん、すごい!」

「ほんとに、おもしろかったよ!」

拍手と一緒に、そんな声があちらこちらから聞こえてきた。どうしたらいいか分からなくてまごついたけど、私は嬉しかった。

小学生の私も、今万華鏡を覗いている私も、心底ホッとしていた。

拍手は長く続いた。ようやく鳴り終わると、先生が笑顔で、「田島さんは、小さな小説家だね。」と言った。

私は溢れんばかりの笑顔になった。そこで万華鏡の映像は途切れた。

真っ暗になって、何も見えなくなり、私はゆっくり万華鏡を顔から離した。しばらくそこから動くことができなかった。 


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