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夢屋  作者: さーふぁー
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4.社長老人の過去

「人が誰もいませんね。」

さっきそう言った私はなんだったんだろう。ここ、夢グッズ製作部らしい4階は、電話の鳴り響く音と、多くの社員達でごったがえしていた。

おとといまで私が勤めていた出版社なんかとは、まるで規模が違う。軽くショックを受けた。

ずっと入り口のところに突っ立っているのに、誰も気付かない。みんなすごく忙しそうだ。

とうとう、私は自分の方から社員の一人に声をかけてみた。

「あのー・・今日新しく入った者です。ここ、見学してもいいですか・・?」

緊張しながらも、周りの音にかき消されないように、できるだけ大きな声で言った。どうやら聞こえてくれたようで、声をかけた女の社員は、動きをとめて私の方を向いた。

ちょっとキツそうな感じの人だった。化粧が濃い。違う人にすればよかったかな・・と思ったけど、声は優しかった。

「新人?見学?」

「は、はい。」

「ふーん、ちょっと待ってて。」

女の社員はそう言うと、持っていた紙の束を、近くに居た別の社員に押し付けて、私のところまでやってきた。

「名前は?」

「田島です。田島桃子といいます。」

「他の部署はもう見たの?」

「いえ、まだです。いっぱいあるんで全部はまわれないかと思って・・」

「そうね。一日じゃ無理、って私が保証しておくわ。うちの部の案内しかできないけどそれでもいい?」

「!案内、してくださるんですか?」

「そんな、たいそうなものじゃないけどね。」

「ぜひお願いします!」

「いえ、こちらこそ。私は小阪っていうの。よろしくね。」

じゃ、ついて来て、と小阪さんは私の前に立って歩き出した。私は慌ててその後に続いた。


夢グッズ製作部は、主に3つの課からなっていた。

分け方は簡単にいうと性別。

まず一つ目は男性向けのグッズを作る課。作られているのはほとんどが携帯電話とかの通信機で、画面になんらかの夢が表示される仕組みになっているらしい。

それと対になるようにあるのが、女性向けのグッズを製作している課。こちらは結構バリエーションが広くて、いろんな種類の商品にそれぞれ夢がこめられているらしい。私がもらった万華鏡も、ここで作られたものだった。

そして最後がいわゆるお年より向けの課。小阪さんいわく、意外とこの年代のお客さんが一番多いらしい。若い時持っていた夢を、年をとってから思い出す人は結構多いんだそうだ。

「だいたい、どんな感じか分かったかしら?」

部屋を一周してきて、見学を終えて、小阪さんが言った。

「はい。ありがとうございました。」

私はぺこりと頭を下げた。ものすごく充実した気持ちだった。夢を与えたり、思い出させる商品を作るなんて、すごく素敵な仕事だと思う。素直にいいな、と思った。

下げた頭を戻そうとしたその時。

ググゥ〜・・・


小阪さんに、昼ご飯までご馳走になってしまった。場所は7階の夢屋食堂。ここはごく普通の食堂だった。

「なんか、すみません。何から何まで・・」

割り箸でエビフライをつつきながら私が言った。

「いいのよ。新しいことをした後って、お腹がすくものでしょ。遠慮しないで食べて。」

「・・すみません。」

すみませんじゃなくて、はい、でしょと言って小阪さんは笑った。きっと典型的な姉御タイプなんだろう。こんな先輩がいたらいいな、と思った。

「桃ちゃんは何歳?」

味噌汁のお椀を持ちながら小阪さんが言った。桃ちゃん?

私が困惑している表情をしているのが分かったのか、小阪さんは、「あ、今私がつけたの。変かな?」と慌ててフォローを入れた。私は必死で首を横に振ってから、質問に答えた。

「23です。」

「ひゃー!若いねえ!羨ましいわ〜」

小阪さんは大きく目を見開いて言った。私ももう少し若ければなあ、とつぶやきながらも、とうとう自分の歳は言わなかった。

相手から聞かれてばっかりもあれなので、少したって私の方から質問してみた。

「ここ・・夢屋はあの老人の方が一人で経営してるんですか?」

私がそう言うと、小阪さんの表情が少し神妙になった。

「桃ちゃん、うちの社長に会ったのね?」

社長・・?・・そうか、確かに社長という呼び方があの老人のポジションには一番ぴったりに間違いない。

「会いました。」

「じゃ、右足が悪いのには気付いた?」

「・・はい。」

小阪さんは、少し遠くを見つめてからぽつりぽつりと話し始めた。

「あのね桃ちゃん、社長がなんでこの夢屋をおこしたか分かる?」

「・・いえ。」

「夢屋はね・・社長の夢そのものなの。」


「社長はね、昔水泳の選手だったんですって。かなりスジが良くて、いろんな大会で何回も優勝するほどだったそうよ。」

あの老人が水泳・・なんか想像がつかなかった。

「本当に水泳が好きで好きで、たまらなかったみたい。幸せよね、自分の好きなことに才能があるって。」

私は何かにとりつかれたように黙って話を聞いていた。

「でも・・そんな時、不幸が訪れた。学校から帰る途中、社長はトラックにはねられたの。」

「・・!」

「幸い、命に別状はなかったんだけど、足の靭帯を切って・・二度と泳ぐことのできない体になってしまったの。」

「・・・・・・」

「辛かったでしょうね。そんな形で自分の夢を諦めることになったんだから。しばらくは自殺も考えていたみたい。」

「・・・・・・」

「でも、社長はくじけなかった。確かに自分の夢は終わってしまったけど、世の中には自分の夢に気付くことすら出来てない人もいる。そんな人達に夢を思い出してほしい、そのためには何が出来るかって考えたのね。」

「・・・・・・」

「そして、夢屋が出来上がったの。社長の新しい夢が形になったの。」

だからね、と小阪さんは続けた。

「夢屋を経営してるのは社長一人だけど、そんな社長に救われた人はいっぱいいると思うわ。桃ちゃん、あなたもきっとそうなると思う。」

「・・・」

「だって、夢屋が見えるのはその必然性のある人だけだから。」

小阪さんはそう言ってようやく穏やかな表情に戻った。

社長の夢ー・・

私は老人の笑顔を思い出していた。

初めて会った時、紅茶を飲んだ時、万華鏡を渡された時。

その笑顔の裏に、その笑顔にたどり着くまでにどれほどの苦悩があったのだろう。怖かっただろう、長かっただろう。苦しかっただろう。

私もー・・夢を思い出したい。

私は静かに、心の中でそう口にしていた。


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