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夢屋  作者: さーふぁー
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3.顔合わせ

「まずは、今日こちらに来ていただいてありがとうございます。」

「そんな・・こちらこそ。」

「何はともあれ、あなたはこれからうちの大事な社員です。よろしくお願いします。」

「・・よろしくお願いします。」

「少し、待っていただけますか。」

老人はそう言うと、またさっきの小部屋に入って、小さなダンボール箱を持って出てきた。

ソファーに座って、箱を傍らに置くと、老人はこう切り出した。

「夢屋とは、どんな仕事をしているとあなたは思いますか。」

「え・・」

こんな質問をされるとは思わなかった。でも、これって大事な質問のような気がする。夢屋のイメージ・・?夢屋の仕事って・・?

「・・よく・・分からないです。」

正直に答えた。怒られるかと思ったけど、老人は、でしょうね、と言って頷いただけだった。余計な心配だった。

少し間をおいて、老人の瞳が急に力強くなり、そして言った。

「夢屋は、あなたの夢を探すー・・夢を見つけるのがお仕事です。」

(・・・?)

「もっと、分かりやすく言うと。」

(・・・??)

「ここへ来るのは夢を見失った人々です。」

「・・夢・・を?」

「そうです。」

老人は私の質問に簡潔に答えた。すぐには理解できなかった。老人は、そんな私に考える時間を与えるように、またしばらく無言になった。

夢屋ー・・なんだかここは、ただの会社じゃない。普通じゃない。とにかくそれだけは分かる。つまり、私は夢を見失っている、というのだろうか。

頭の中で、聞きたいことがポンポン出てきたけど、その中の一番をとりあえず一つだけ聞いてみた。

「・・それで、私は何をすればいいんですか?」

「聞かれると思いましたよ。」

老人はそう言うと、傍らのダンボール箱をテーブルに置いた。そして一つ笑みを浮かべると、ゆっくりと、蓋を持ち上げてみせた。

このダンボール箱が、私に与えられる仕事と何の関係があるのだろうか。老人の思いもよらない行動に、私は少しまごついた。

「これを、どうぞ。」

(・・・?)

老人は、箱の中から何か細長い筒のようなものを取り出して、私に手渡した。ただの筒じゃない。表面にカラフルな装飾が施されている。これは・・

「万華鏡?」

思わず口に出していた。

「そうです。よくご存知でしたね。」

老人は満足そうな表情で私と万華鏡を交互に見比べながら言った。

万華鏡ぐらい、誰でも知っているだろう、と思ったけど、当然それは口にしないで、黙っていた。

「それは、私からのプレゼントです。」

・・まだ分からない。だから、私がする仕事は?とうとう声に出して聞いた。

「あの、この万華鏡と私の仕事と何の関係があるんですか?意味がわからないんですけど。」

ちょっと言い過ぎたかな、って思った。けど、疑問に思ってることがあやふやなままなのは嫌だ。老人の顔を直視して、答えを待った。

「ただの万華鏡じゃありませんよ。それには、あなたの見失った夢が入っています。」

「え・・?」

「あなただけの万華鏡です。」

それが老人の答えらしかった。

まだ、100%全ては分からなかったけど、なぜかもう何も言えなかった。とりあえず、手に持った万華鏡をじっと見つめてみた。

「今は分からなくても、心配することはありません。そのうち自然といろんなことが分かってきますよ。」

その言葉に、思わず顔を上げると、老人と目が合った。本当ですか、と尋ねるかわりに、深い色の瞳を見つめた。

そうしてこの姿勢での最後の一言はこうだった。昨日の電話と同じように。

「何はともあれ、歓迎いたしますよ。ようこそ、夢屋へ。」


部屋から出ると、急に肩の力が抜けた。

なんとなく腕時計を見ると、まだ9時30分だった。もっと長いこと話してたと思ったから、ちょっとびっくりした。

でも老人はいい人だったし、意味は分からないけど万華鏡ももらえたし、一応は幸先のいいスタートを切ることができた、と思う。

しばらく部屋の入り口のところでボーッと突っ立っていた。なんか現実感がない。そういえば夢屋に入った時からそうだ。なんか空気のなかをただフワフワと漂っている感じ。でも、居心地は悪くない。どうしてだろう。

私がいつまでも突っ立ってるもんだから、それを見かねて部屋から老人が出てきた。

「お疲れですか。」

「・・あ、すみません。そういう訳じゃないんですけど・・」

「無理はしないでください。まあ、今日はまだ初日ですから、一通り見学なさってから帰られたらどうですか。」

「・・あの、この建物すごく広いですよね。びっくりしました。」

私がそう言うと、老人はハハハ、と笑った。声をだして笑うのは初めてだった。

「ここへ来る方、たいていそう言いますよ。」

「・・そうですか。」

だろうな、と思う。でも顔には出さない。私はこうも言った。

「でも、人が誰もいませんね。」

本当にそうだった。夢屋に来てから、私はこの老人の姿しか見ていない。現実感がないのはそのせいだろうか。今も、ロビーには相変わらず誰の姿もなかった。

「おや、それはまだこの階しか見てないからでしょう。上の階にはちゃんとうちの社員もいますよ。」

「!・・本当ですか?」

「嘘はつきませんよ。」

老人はそう言って、また笑った。そうしてさっきの部屋とは逆方向にあるエレベーターを指し示した。

「気になるのでしたら、見ていってください。百聞は一見にしかず、ですよ。」

「・・そうですね。行ってみます。」

他に人がいるー・・不思議な感じがした。まだ姿は見えないけど、他にも私と同じように夢を見失った人がいる。すぐにでも会いたくなった。

私は老人の横をすり抜けてエレベーターへと向かった。老人は、行ってらっしゃい、と言いながら右手をひらひらさせた。

エレベーターに乗り込んで、さっきいた場所に目をやると、もう老人の姿はなくなっていた。


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