エピローグ
ずっと呼び続けていたタクシーは、6台目でようやく止まってくれた。
「3丁目のFビルまで。」
車が動き出すと、ようやく気持ちが落ち着いてきた。それでもまだ少しドキドキしている。
運転手のおじさんが、私の手に抱えられている花束に気付いて、言った。
「おお、すっごい花束だねぇ。彼氏にでもあげるのかい?」
「・・ちょっと違いますね。」
「おお、そりゃあ意味深だねぇ。」
夢屋が消えてからもう1ヶ月になる。
私なりにいろいろと考えた。どうして夢屋は私を引き合わせたのか。そしてどうして消えたのか。
どんな出来事にも、何かしらの意味があるはずだ。間違いなく夢屋は私を救ってくれた。自分の夢も、過去も。全部リセットしてやり直すことができると教えてくれた。
あれから、私は一つずつの事を大事にこなしていった。出版社をクビになったことも、正直に両親に話した。やはり、最初は驚いていたけど、ちゃんと別の仕事を探すと言うと、それ以上は問い詰められなかった。
小説はこれからも書き続けるつもりだ。プロにはなれなかったとしても、自分が好きなことならそれでいい。これも、夢屋が教えてくれた。
そして一番辛かったけど、亜季ともちゃんと向き合おうと思った。
亜季の本を買い込んで、じっくり読んだ。どの作品も、亜季らしさが表れていて、少し胸が切なくなった。
最新刊のあとがきで、今日Fビルでサイン会が行われると告知されていた。
正直、怖かった。今、亜季と顔を合わせて、私は自分を保てるだろうか。でも、これを逃したら、もうチャンスはないとも思ったのだ。そうして、今、私はこのタクシーに乗っている。
「もう少しで着きますよ。」
おじさんがバックミラーを見て、言った。
花束を握りなおす。
サイン会で亜季に会ったら。今までのことを謝ろう。全部やり直そう。
そうしてもしも亜季が許してくれたら。私はこう言うんだ。
「友達に、なろうよ。」