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夢屋  作者: さーふぁー
12/14

12.逆訪問

そろそろとアルバムの表紙を閉じる。長い時間だった。

これらの事は、23になった今、ほとんど忘れていた記憶だった。もちろん、すぐに忘れられた訳じゃない。それこそ、時間が忘れさせてくれたのだ。

しかしそんな過去の光を閉ざした日々の中で、ふいに立ち寄った本屋などで、亜季の本を見かけることがある。彼女は今でも売れっ子で、名前を知らない人の方が少ないくらいだ。

私は私で出版社に就職しようと思ったのは、少しでも本や文字に関わっていたいからだった。それでもいざ就職が決まると、やらさせれる仕事は、限りなくつまらない物だった。

売れっ子作家と平社員。月とスッポンもいいところだ。

しばらく床に座り込んだままボーッとしていたら、急に電話が鳴って我に返った。慌てて普通モードに切り替える。

電話のある場所から離れていたので、10回目のコールでようやく受話器を取った。まだ大丈夫かな?

「はい、田島です。」

相手が出るまで少し空白があった。誰だ?

「もしもし。夢屋です。まだ、お帰りになってないかと思いましたよ。」

老人の声だった。なんでー・・

「あの・・よく家の番号分かりましたね。私、教えましたっけ?」

「ああ、番号表示されるようになってるんですよ。この前、うちにかけていただいた時のが履歴に残ってるんです。」

「あ、そうなんですか。」

なんとなくホッとした。夢屋のことだから、あなたのことは何でも分かるんですよ、とでも言われるのかと思った。

「それで今日、お電話をさしあげたのはですね、ひとつお願いがあるんです。」

「何ですか?」

「ええ、明日は・・夢屋の方には出向かないでほしいんです。」

「え?」

「明日は、逆に私達があなたの家に伺わせていただきたいと思ってるんです。」

「・・どういうことですか?」

「それは、明日お話します。今は、素直に聞いてください。」

老人が急に強気になって、私はそれ以上何も聞くことができなかった。まだ、疑問は残っていたけど。

私はそれから、家の住所や来てもらう時間帯なんかを老人と話し合った。打ち合わせはわりにスムーズに進んだ。

「では、夜分遅くにすみませんでした。明日、伺わせていただきます。」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします。」

「では、おやすみなさい。」

電話は切れた。おやすみなさい?時計を見るとーー23時だった!いつの間にこんな時間になってたんだろう。

まあとりあえず・・

私は部屋をぐるっと見渡した。

「どこから片付けたらいいのかな・・」


片付けは長期戦に及んだ。

なにせこのアパートに住むようになってからは、部屋に人を招くということがめったになくなっていたのだ。

夜中に始まった掃除は、東の空が明るくなり始めたころにやっと終わった。体はくたくたになっていた。

急いで少し遅めの朝食をとって、急いで着替えた。昨日はスーツだったけど、今日はそこまでかしこまった服でなくてもいいだろう。洋服ダンスを引っ掻き回してブルーのワンピースを選び、身を包んだ。

最後の身だしなみとしてブラシで髪をといていると、チャイムが鳴った。だいたい予定の時間通りだ。

ひとつ深呼吸してから、玄関へ行ってドアを開けた。老人は杖をついて立っていた。

「いらっしゃいませ。一人で迷いませんでしたか?」

表情はしっかりしているものの、老人が今にも倒れそうな感じだったので、思わずそう言ってしまった。

「ああ、すぐに分かったよ。それに、一人じゃないからね。」

「え?」

老人が言うと、後ろから誰かが顔を覗かせた。

「小阪さん!」

「こんにちは、桃ちゃん。あ、おはようか。」

私が目を丸くしていると、老人が、

「君、昨日は彼女にいろいろと世話になったそうだね。今日もいてもらった方が、いろいろいいかと思ってね。」

「そういうこと。」

小阪さんが、おどけた表情で言う。昨日の笑顔と同じで、なんとなくホッとした。

「そうですか・・狭い部屋ですけど、ゆっくりしていってください。」


2人をリビングに座らせて、お茶を入れた。昨日とは全く逆の立場だ。人に招かれるのと同じくらい、人を招くのも緊張するものだ。

お茶はいつも飲んでいるプーアール茶にした。これならたぶん、誰の口にも合うだろう。

「どうぞ。」

湯のみを2人の前に置いて、言った。2人とも静かに飲み始めた。なんだかドキドキする。

少しの沈黙の後、

「おいしい!」

「これは、いいお茶だね。」

社長と小阪さんの声が重なったので、私は笑ってしまった。

「あー、何よー桃ちゃん。笑うことないじゃない。」

そう言いながら、小阪さんも笑いそうだ。老人は、黙って微笑んでいた。


「万華鏡は見たかね?」

お茶が完売してから、ようやく本題に入った。

老人が言ったのが唐突だったので、返事をするまで少し間があった。

「昨日・・見ました。」

「じゃあ、分かっただろう。昨日、私が言ったことの意味が。」

「はい。・・夢が見えました。」

私が言うと、老人はひとつ頷いて、

「良かったらでいいんだが」

「・・はい?」

「どんな夢だったのか教えてくれんかね。」

私は少しまごついた。人に教えるほどたいした夢だろうか。

「私も聞きたいな、桃ちゃん。」

横から小阪さんが割って入る。なんとなく話さざるをえない状況になってしまった。

まあ・・いいか・・

それじゃ、

「私・・小説家になりたかったんです。」


私はいろいろなことを話した。小学生の時の物語を作る授業のこと、中学に入って亜季と出会ったこと、ほろ苦い嫉妬の感情のこと、黒木君に嘘をついたこと、そして亜季と絶交したこと・・

とてつもなく長い話を、老人と小阪さんは黙ってじっくり聞いてくれた。考えてみたら、これらの体験を誰かに話すのは、初めてのことだった。

最初は淡々と話していた私も、亜季との辛い過去の話までくると、こらえきれずに涙が溢れてきた。泣きながら、涙声で話を終えた。

話が終わっても、しばらく誰も口を開かなかった。小阪さんが、黙ってハンカチを差し出した。私は静かに受け取って、顔に当てた。

人前で泣くことなんて、めったにない。でも今、話すことで、溜まっていた思いが、一気に爆発した。止めることはできなかった。

「よく話してくれたね。」

老人が沈黙を破った。私はハンカチで顔を半分隠したまま、視線を上げた。

「辛かっただろう。よく一人で頑張ってきたね。」

老人の言葉が優し過ぎて、胸にしみて、更に涙が出てくる。言いたいことはあるのに、言葉にならないのがもどかしかった。

ただ、涙が止まらなかった。


どれくらいの時間が経っただろうか?

ずっと泣き続けていた私も、ようやく気持ちが落ち着いてきた。ハンカチは涙でぐっしょりになっていて、私の思いの爆発を表していた。

2、3度鼻をすすってから、しっかり老人と小阪さんに向き合ってー・・小阪さんがいない?

私の困惑した表情に気づいたのか、老人が、

「ああ、小阪君なら今キッチンだ。」

と言った。なんでそんなところに?

「今ね、この家の「気」を調べてもらっているんだ。」

「「気」?」

「そうだ、家というのはね、そこに住んでいる人の気持ちや精神状態やらが自然と現れるものなんだよ。せっかく忘れていた夢を見つけることができても、悪い「気」が漂っていたら、状況は悪くなる一方だろう?」

「じゃ、今日わざわざ家に来たのはー・・」

「ああ、そのためだ。」

そこまで話したとき、小阪さんがキッチンから出てきた。右手に虫眼鏡のようなものを持っている。

「思ったとおり。」

小阪さんが肩をすくめて言った。

「家中、邪気が漂ってる。かなり重症な方だわ。」

家中ー・・もう全部調べたのか。片付けておいてよかった。いや、そんなことより、

「あの・・その「邪気」をなくすことはできるんですか?」

すがるような思いで言った。私としても、そんなところで暮らしていくなんてごめんだ。

「そうね、完全に消すのは無理だけど、程度を軽くするのなら簡単よ。」

「・・どうするんですか?」

「これで、ね。」

小阪さんはそう言って、左手をあげた。手に握られているのは、スプレーだ。

「・・そのスプレーで?」

「そう、見た目は普通だけどね、消臭や防虫用じゃないのよ。」

試してみる?と小阪さんが私にスプレーを手渡した。・・本当にこれで?

半信半疑なまま、キッチンの中でシュッと一吹きしてみた。爽やかな森の香りが広がる。

「良くできてるでしょ?」

小阪さんが満足そうな表情で頷く。もしかしてー・・

「これも、夢グッズ製作部で作られたんですね?」

「ご名答。」

やっぱり、ね。

私はそれから家中全ての部屋を回ってスプレーした。森の香りが家の中のどこまでも広がり、本当に森の中に迷い込んだかのような錯覚に陥った。

しかし居心地は悪くなかった。むしろ何か目が覚めたようなすっきりとした気分だ。

「匂いはそのうち取れるから。」

小阪さんが私の使い終わったスプレーをカバンにしまいながら言った。

「でも、だいぶ邪気も取れてる。もちろん、桃ちゃんの心がけが大事だけど、ね。」

「・・はい。ありがとうございます。」

邪気を取る作業(?)を終えて、私たちは再びリビングのテーブルを囲んだ。きゅうすに入ったプーアール茶は、もうすっかり冷たくなっていた。

しばらく誰も話そうとしなかった。それぞれがそれぞれに何かを考えて、だけどそれを言葉にすることがしばらくできなかった。

やがて一番考え込んでいた老人が、私の方を向いて、重々しく口を開いた。

「小説家になりたい、と言ったね。」

「はい。」

「そのーーー友達のこともあるだろうが、なんで諦めてしまったのかね?」

「・・そんなの・・無理に決まってます。私には文才もないし、世の中には小説家志望の人がいっぱいいるでしょう。現実くらいちゃんと分かってます。」

老人はひとつ息をついた。

「現実ー・・もちろん現実も大事だ。君の言っていることは間違っていない。でも、だからこそ聞くがね、それでは君はその夢に向かって何か一つでも努力したかね?」

「ーーーーーー・・」

「無理だと君は言うがね、私には分かるよ。君はまだ夢を諦めていない。いや、諦めきれていない。ーー分かるよ。」

「・・・・・・」

「だからこそ、君には何もしないうちから逃げないでほしい。自分なりに努力して挑戦してーー・・」

老人はゆっくりと微笑を浮かべた。

「諦めるのはそれからでも遅くはないんじゃないかね?」

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