11.回想6〜最後の記憶〜
翌日から春休みなのはありがたかった。今は、1人になりたい。信じていた友達を失ってしまった。
毎日だらだらと過ごした。昼も夜も関係ない。食事やトイレとかの他は、ほとんどベッドで毛布に包まっていた。
横になりながら、机の上のフォトスタンドとカレンダーを見る。
フォトスタンドには、幸せそうな私と亜季の写真。カレンダーには、亜季のデビュー作の発売日の日に、印がつけられている。
亜季は、発売日に書店でサイン会をやることになっていた。
「私の前から、消えてよ!!」
あんな出来事があって、亜季は笑顔でサイン会をこなすことができるんだろうか。少し心配だ。
・・心配ーー?いや、もう私は関係ない。もう亜季の友達じゃないんだから。
結局、サイン会には行かなかった。
そんな春休みが終わり、中学2年生。私と亜季は、別々のクラスになった。正直、ホッとした。
過去は捨てよう。新しいクラスで新しい友達を作って、過去は忘れるんだ。
私は必死で、女の子達のご機嫌取りに奮闘した。裏切られるのが一番怖かった。
努力のかいあって、何人かの友達ができた。しかし、それだっていつ壊れてしまうか分からない。毎日笑顔を浮かべながら、私の心はきっと死んでいたと思う。
亜季の姿を見るのは、放課後の文芸部だけになった。すっかり有名になった彼女の周りには、いつも人だかりができていた。私はそれを遠くから見ることしかできなかった。
その唯一の接点だった文芸部にも、間もなく彼女は来なくなった。デビュー作が予想以上にヒットし、新しい作品の執筆に追われて、彼女は学校に来る時間さえなくなったのだ。
亜季のいない毎日。亜季と過ごしていた日々のことは、だんだんと記憶の隅に追いやられていった。
やがて時は流れ、高校受験も終わって卒業を間近に控えた頃、ふいに1日だけ亜季が学校に姿を見せた。
教室を貸しきって、「中学生作家・卒業の今」というコンセプトで、撮影を行う為だった。
その頃、彼女は名実共に売れっ子作家になっていた。撮影の行われた教室には、その様子を一目見ようと、当たり前のように多くの生徒が集まった。行きたくなかったのに、友達に引っ張られるようにして、私もなぜかその中にいた。
撮影は手短に終わった。終了と同時に、取り巻きがドッと押し寄せる。撮影のスタッフが、「どいてどいて!」と言いながら、人の波を散らす。
亜季は、スタッフに囲まれながら、守られるようにして、教室から出ていった。その時、本当にふいにその時だった。
人ごみの中で、偶然に、私と亜季の視線が合った。視線はすぐに絡み合い、亜季の顔にたちまち驚きの表情が浮かび上がった。私の表情は、かろうじて固まったままだった。
「桃子・・」亜季の口がそう動いた。恐怖に体中が包まれる。
気がつくと、そこから駆け出していた。一緒にいた友達が何か呼び止めたけど、無視して走った。
教室から十分離れた安全エリアまで来て、ようやく私は足を止めた。ーーーもう忘れかけていたのに。やっと忘れられそうだったのに。
亜季と絶交した日の記憶が蘇る。頭を振って、消し去ろうとした。
私は、もう一度教室の方角を見てから、とぼとぼと歩いた。
それ以来、亜季とは会っていない。