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夢屋  作者: さーふぁー
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1.へんぴな広告

季節が初夏を間近に控えたある日、私は会社をクビになってしまった。

理由は、いわゆる経費削減のためのリストラで、私もその枠の中にしっかり入っていただけの話だ。

別れは、実にあっさりとしていた。

私が勤めていたのはパンフレットとか政府刊行物とかを作る小さな出版会社で、その日もパソコンに向かって作業をしていると部長がやってきて、「田島くん、ちょっと」とだけ言って、会議室に連れて行かれた。

中に入るなり、部長はおそらく最大限の注意をはらって、私にリストラの旨を説明した。できるだけ私を傷つけまい、としているのが声や態度から伝わってきて、それが私には逆に心苦しかった。

部長が全ての話を伝え終えると、私は「今までありがとうございました」の一言を言い、会社を出た。部長の気遣いを無駄にしないようにこらえていた涙が、駅に向かう途中でとめどなく溢れてきた。特別、愛着のある会社というわけではなかったけれど、やっぱりショックだった。

私は泣きながら電車に乗り、泣きながら家に入って、自分の部屋のドアを閉めた。そのままベッドに突っ伏して、気がつくと寝ていた。涙の筋が、頬に残ったままだった。

そんな訳で、私はいとも簡単に会社員からプータローの身に転げ落ちてしまったのだ。


泣いてばかりもいられなかった。第一、泣いたって仕事が舞い込んでくるわけじゃないし、現実的に考えて、問題は山済みだった。

まず困ったのがアパートの家賃。仕事がある時は、まあギリギリだけど収入もあったし、一応の生活はできていたからよかったんだけど、それが完全になくなってしまった今、私の後ろ盾は親の仕送りのみ。それだって、決して多い金額ではない。まさに死活問題だ。

その仕送りをしてくれてる実家の両親にどうやって伝えるかも、悩みの種の一つだった。両親は、どちらかというと過保護だ。と思う。私は一人っ子ということもあって、小さい頃から両親の愛を一身に受けて育った。まあ、親なら誰だって子供に愛情を注ぐのは当然なんだけど、なんせ私の場合は、高校生になるまで親と一緒に寝ていたほどで、かなり度が過ぎていたと言える。

そんな環境のせいかは分からないけど、私はいい意味でも悪い意味でも優しい性格の大人になった。

私が出版社に就職が決まって、上京し、一人暮らしを始めてからも、両親は2日に1度は電話をかけてきた。昨日も電話があった。リストラが決まったのは今日だから、そう遅くないうち、おそらく明日にはまた電話がかかってくるだろう。

その時に全て話すのが一番いいかとも思ったけど、やはりそんな両親に今日の件を告げることができるほど、私は強くなかった。

いろいろ考えた結果、両親に話すのは少し先送りする事にした。心配をかけたくないのが一番だったし、でももしかしたらこの選択は臆病な自分に言い訳しているだけかもしれないけど。

当面、大きな問題はそんなところだった。それらは私の心の中で重い鉛になって、その日、いつまでも私を苦しめ続けた。


次の日から、私は新しい仕事を探し始めた。

両親についた嘘のためにも、生活のためにも、そして何より自分のためにも何とかして仕事を見つけなければならない。

この不景気の世の中、正社員になるのは難しい。とりあえずアルバイトやパートでもいいから、という気持ちだった。

一日中歩き回って、求人雑誌を集めた。街中に貼ってある求人募集の貼り紙で、少しでも自分にできそうなものは、番号や必要事項、すぐにメモ帳にメモした。

そんなこんなで家に帰り着いたのは、夜の20時。両手は、かき集めてきた資料で、いっぱいになっていた。

さすがに疲れたけど、これだけあれば大丈夫だろうという変な安心感があったし、帰ってきて疲れを感じる間もなく目に入った留守電のランプ。やはり両親からだった。

再生してみると、内容はおおかたいつもと同じーつまり食事はちゃんととっているかとか、休みには帰ってきなさいとかそんなことが吹き込まれていた。

両親の声が、なにもかもがいつも通りだったので、私はなんとなく安心した。ー大丈夫、いつも通り。

両親に「特別変わりないよ」という電話をし、お風呂に入り、ココアを入れ、リビングのテーブルの前に腰掛けた。

私は不安なことや嫌なことがあると、こうしてココアを飲むことにしている。今は違うけど、冬は体を温めてもくれるし、コーヒーでもミルクでもない、あの独特な味が私は好きだ。

テーブルにマグカップを置く。そこからほんのり立つ湯気をしばらく見つめてから、集めてきた資料を広げた。この中に、私の将来ーとまではいかなくとも、できる仕事はあるだろうか。

広げた資料は、テーブルの表面が見えなくなるくらいのものすごい量だった。できる仕事ー・・きっとあるはずだ。

私はココアを一口飲むと、意を決して丹念に資料をチェックし始めた。部屋の時計はそろそろ21時30分をさそうとしていた。

ーーーーー甘かった。いや、甘いのはココアの味じゃなくて、どうにかなるだろう、と考えていた自分がだ。

求人雑誌はほぼ全滅だった。仕事自体は簡単なものが多かったけど、勤務時間、資格、場所、その他もろもろで、大半の広告が意味のないただの文字列となった。

せっかく書いてきたメモも同様だった。全く見る目がなかったとしか言いようがない。むしゃくしゃしてきて、私はメモ帳ごとゴミ箱に投げ捨てた。本当に甘かった。

昨日あれだけ泣いたのに、悔しさと情けなさでまた涙が出そうになった。一体、私は何をしているんだろう。

しばらくぼーっとしてしまった。もしかしたら・・会社をクビになったのも、仕事が見つからないのも、私なんて誰からも必要とされてないからなんじゃないのか。私って、そんなにダメな人間なんだろうか。

気がつくと、そんな事を考えていた。こんなんじゃ上手くいくものも、上手くいくはずがない。

少し、休もう。私は空になったマグカップにココアのおかわりを入れるため、よろよろと立ち上がった。はずみで、求人雑誌が一冊、床の上に広げ落ちた。今の私には、それさえも勘にさわった。

(ーーーもう、なんなんだよ!)私は求人雑誌を乱暴に拾いあげると、メモ帳と同じようにゴミ箱行きにしてやろうとそれをぐしゃぐしゃに丸めようとした。

ちょうどその時だった。その一風変わった求人広告を、ページの隅に見つけたのは。


【こちらは夢屋です 


 年齢制限なし 特別な資格も必要ありません

 この広告をご覧の方は、どなたでも採用いたします


 ご希望の方は下記まで

 03- 52XX-47XX    】


・・・私、やっぱり疲れてるんだろうか。思わず一度目をこすった。だけど、その文面は何一つとして変わらなかった。

新種の詐欺かとも思ったけど、一応こうして雑誌に載ってるわけだし、どうやらそういうのとも違うらしい。

私は座りなおすと、本格的に広告を読み始めた。

夢屋は、「ゆめや」と読むのだろうか。ゆめやー・・どういうことをする会社なんだろう。でも、ここには書いてない。ちょっとそれが気になった。だけど、それよりもこの広告で一番気になるのが。

「この広告をご覧の方は、どなたでも採用いたします」この部分。

これは一体どういう意味なんだろうか。そりゃ、採用してくれるに越したことはないけど。でも・・そう。話が美味しすぎる。美味しすぎるのだ。

とりあえず明らかなのは、さっきまで見てきた膨大な数の広告と、この「夢屋」は何もかも、根本的なところから違うということだ。

だけど、私は不思議なくらい、このへんぴな広告に魅力を感じた。惹かれていた。そしていつしか、私には夢屋しかないとまで思い始めていた。

部屋の時計はそろそろ23時をさそうとしていた。


電話、どうしようかなあって思った。もう夜も更けていたし、一日遅れて、明日になってからでもいいし。

それでもウズウズしてしまう。この手が、体が、一分一秒でも早く夢屋と繋がりたいと欲している。

言い訳だ、きっと。明日なんて待ってられない。分かってるんだ、きっと。私は今電話する。

その言葉が頭の中で形になってからはあっという間だった。雑誌をしっかり握り締めると、夢屋の広告のところに、赤のサインペンで大きく丸をつけた。これで、よし。

電話機の前に立つ。数時間前は両親に電話するために使ったのが、次は夢屋なんてお天道様もご存知ない。(今は夜だから関係ないか)

一つ深呼吸をして、広告に書いてあるナンバーをゆっくり正確にプッシュする。こんな数字の列を押すだけで、いろんな人と繋がることができるなんて、ホント電話機を考えた人はすごいなあ、なんて思っているうちにベルが鳴り始めた。

トウルル・・

背中に緊張が走る。そう、私って緊張するとまず背中がキン、とするんだ。その次は・・やっぱり。お腹がキリキリ痛くなってきた。しっかりしろ、私。ただの電話じゃないか。そう自分に言い聞かせることで、私は何とか心の平静を取り戻した。

3回目のコールで相手が出た。短すぎも長すぎもしない適切な長さで、私は少し感心した。

『はい、こちらは夢屋です。』

男の老人の声だった。声を聞いた瞬間、なんとなくアトムに出てくるお茶の水博士の顔が思い浮かんだ。優しい、父親のような、声。だったら、アトムは私だな。

『もしもし?』

受話器の向こうから声が聞こえて、ハッとした。いかん、完全にトリップしてしまっていた。

私は唾を飲み込むと、失礼のないようにゆっくり一言ずつ喋った。

「すみません!・・あの、求人雑誌の広告を見てお電話させていただいたんですけど・・」

急に喋ったせいで、小さい、かすれた声になってしまった。それでも、すぐに返答があった。

『ほう、それはそれは・・ありがとうございます。歓迎いたしますよ。ようこそ、夢屋へ。』

優しい声だった。なにより、歓迎するなんて言われるとは思っていなかったので、なんだかくすぐったい嬉しさに体が包まれた。私もお礼を言わなきゃと思ったら、先に老人が喋った。

『それでは、明日うちの方まで来てもらえますか?あなたの家からはそう遠くないはずですよ。』

はい、と言おうとしていくつか疑問が浮かんだ。さっき広告を見た時に感じた疑問。私は急いでそれらを頭の中で整理すると、一つずつ老人に尋ね始めた。

「あの、その前にいくつか聞きたいことがあるんですけど・・」

『はい、何でしょう?』

「・・あの、広告に書いてある、どなたでも採用するっていうのはどういう意味なんでしょうか?」

一番最初に一番素直に感じた疑問。私はそれから聞いてみた。

『そのままの、意味ですよ。』

「そのまま?」

『難しいことは何もありません。あなたはうちの広告を見つけるべき人間だった。それだけのことです。』

(・・・?)

なんて答えたらいいか分からなかった。分からなくて黙っていたら、私が理解したと老人は思ったらしくて、こう続けた。

『まあ、とりあえず明日うちに来てください。その時の面談で詳しい事はお話します。面談というよりは顔合わせになりますが。』

「あの・・もう一つだけ聞いていいですか?夢屋・・夢屋さんはどういうことをする会社なんでしょうか?」

『それも、明日お話しますよ。そう焦らないでください。』

「・・はい。」

私はそれから、夢屋のある場所と顔合わせの時間なんかを老人から教えてもらった。老人の言ったとおり、夢屋は駅から歩いて5分のところで、私にとって通勤には最適な距離だった。

なんとなく老人のペースで会話は進んだ。全てが分かったような気もするし、分からないような気もする。変な気分だった。

『では、明日。お待ちしていますよ。おやすみなさい。』

最後に老人はこう締めくくった。最後までお茶の水博士の声で、最後まで丁寧だ。

「あ、はい。おやすみなさい・・」

こうして電話は切れた。そういえば、名前、聞かれなかったなあと5分くらい経ってからふと思った。

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