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シスコンを攻略せよ

作者: テント

 俺は真っ暗になった画面に浮かんでいる『お兄ちゃん、さようなら』という白文字を見て、すっかり気持ちが萎んでしまった。

 これで何度目だろう。二日間も徹夜しているせいで意識がふとした拍子に飛んで行きそうだ。


 「クソゲーめ……」


 どうしようもないとわかっていても、画面に向かって吐き捨ててしまう。

 断っておくが、俺のゲームの腕前が下手なわけではない。むしろいいほうだ。友達と格ゲーする時だってハンデありでも負けない。人生ゲームにおいては相手のアイテムやら能力を全て搾り取った上で完全勝利を達成してしまい、友情が壊れてしまったことだってあるくらいだ。



 それでもこのシスター・コンテスト――通称シスコンには流石に参った。



 内容は主人公の義妹である結衣ゆいを一流のアイドルにしていき、最終的に成功を収めた結衣と結ばれるという恋愛シュミレーションゲームなのだが、とにかく攻略の難易度とバグが凄まじいことになっている。



 選択肢を一つ間違えただけでお別れルートへ直行するのは許容範囲内。ストーリーを進めていく上で起こるイベントを全て集めておかないと、三流アイドルのまま引退してゲームオーバーしてしまうのもまあ許そう。イベントがほぼ全てランダム発生であるものの、セーブ&ロードを繰り返せば切り抜けられないこともないからだ。



 最も理不尽かつひどい終わり方は、おそらくクリスマスの駆け落ちエンドに違いない。



 これはアイドルとして活躍し始めた結衣がどういうわけか、ぽっと出のイケメンキャラクターとクリスマスの日に駆け落ちしてしまうという終わり方である。回避方法が不明のイベントで、好感度をMAXにしようが、プレゼントをしまくろうが関係ない。最後にさようならと告げられてゲームが終了してしまうのだ。


 しかもこのエンディングのタチの悪いところは、今までのイベントの一部がなくなるというバグが発生するところだろう。もう一度イベントを回収しなければいけないため、余計に時間がかかってしまうのである。こうなってくると、登場キャラの顔がのっぺらぼうになったり、影分身するバグがとても微笑ましいものに思えてくる。


 「面倒くせえな」


 ベッドの上に寝転がりながら再び直前のデータをロード。物語を進める。

 イベント不足が判明。妹は三流アイドルで引退してしまった。



 「三流でもいいじゃねぇか……」



 そんなに売れっ子になりたいのかよ。どんだけ自己顕示欲が強い女だ。そのくせ設定が《健気で大人しい十四歳》である。

 もう一度ロードすると、幼馴染の杉村綾香すぎむらあやかが俺の部屋に入ってきた。



 「トイレは済んだか」


 「女性にそんなこと聞かないの」綾香が嫌そうな顔を浮かべた。「そんなことよりクリアできそうなの?」


 「無理。どうしても三流アイドルで終わるか、駆け落ちしちまう」



  すると、綾香は俺に向かって手を合わせてきた。

 「なんとしてでもクリアして! もうしょうちゃんだけが頼りなの!」



 「身勝手め」

 俺は非難するような口調で言った。



 当然の権利だろう。なぜなら、このクソゲーをプレイしている原因はこいつにあるのだから。



 綾香は超を付けてもいいくらいのゲーム好きである。ブログでは今までプレイしたゲームの感想や攻略方法をアップしているのだが、ある日《シスコンのハッピーエンドがどうなるのか見てみたい》という書き込みに対して、綾香は《私に任せてください》と返してしまったのだ。

 実際やってみたら、これがとんでもない地雷。何度やってもゲームオーバーを繰り返し、ついに綾香は俺にシスコンを押し付けてしまったのだった。



 「その投稿者にクソゲー過ぎて無理でしたって返しておけよ」


 「私のプライドが許さないわ」


 「人にやらせておいてよくそんなこと言えるな」

 

 「だって……」


 綾香は俯いてしまった。



 気持ちはわからないでもない。

 意外なことに、綾香のブログ情報は信頼性の面で知名度が高い。加えて、要求されたゲームの攻略を忠実にこなしてきたことで多くのファンを作っていた。難しいからクリアを諦めましたでは今後の運営に支障をきたしかねないだろう。



 俺はわざと大きなため息をついた。


 「しょうがねぇな。今日中にハッピーエンドを見せてやる」


 「さすが翔ちゃん!」


 綾香は大きく澄んだ目を輝かせながら、俺に笑顔を向けた。






 作戦変更。


 俺は一度、部屋のパソコンからシスコンを作っている企業のホームページへアクセスした。

 会社の製品はどれも似通っているところがある。ゲームでも同じだ。もしかしたら他のゲームを調べたら、何かヒントが得られるかもしれないというのが俺の考えだった。



 「……しっかしひでぇな」



 俺はパソコンの画面をスクロールさせながら呟いた。

 シスコンに関するバグが全て仕様で片付けられているのだ。ゲームクリアには影響ないと表示されているが、実際は大ありである。



 「なあ、これって本当に攻略法は見つかってないのか?」


 「発売されて五日も経ってからたぶん。それにかなりマイナーだし、真面目にプレイしてるのって私たちくらいだと思う」


 やれやれだ。

 欠伸を噛み殺しながら、その企業が販売しているゲームを徹底的に調べる。どれも見たこともなければ聞いたこともないゲームばかり。ユーザーの評価ではどれもバグのせいで難易度が跳ね上がっているという報告が多数寄せられていた



 「シスコンを未だに大丈夫ですと言い切れるのが不思議なくらいだな」

 

 ……あれ?


 「翔ちゃんどうしたの?」


 綾香の呼びかけに何も答えず、俺は黙ったままパソコンの画面を見つめた。



 もしかしてこれは。



 「……なるほどね。とことんクソゲーってわけか」


 「え、え?」


 「綾香、ゲームを始めようぜ」

 そう言うと、俺はベッドの上に置いてある携帯ゲーム機の電源をオンにした。






 ゲームスタート。

 俺はクリスマスイベントより少し前のデータをロードした。

 幸いイベントは全て回収済み。残された関門はイケメンによる駆け落ちイベントの回避のみだ。


 つまらない会話は全て早送り。ひたすら日付を進めていく。


 

 そして、問題のイベントが発生する日にちとなった。



 「このまま話を進めると」


 「わかってる。駆け落ちエンドだ」

 ここで俺はメニュー画面からプレゼントのアイコンを選択した。贈るのはヒロインが嫌う虫のリアルフィギュアだ。最終確認となる《はい》と《いいえ》の二択が表示される。


 「いいの?」


 「もちろんだ」

 俺は構うことなく、《はい》を選んだ。


 すると、画面の中の主人公が結衣に優しい笑みを浮かべながら『結衣、プレゼントだ!』と言って箱を差し出した。


 結衣がそれを受け取る。期待に胸をふくらませているような表情で中身を開けると、少し遅れてから『きゃあぁぁぁぁ!!』とアニメ声の悲鳴を盛大に上げた。


 好感度ダウン。ちょっと考えられない下がり幅で、好感度MAXがあっという間に四分の一までになってしまった。



 『お兄ちゃんなんて嫌い!』



 結衣がそっぽを向く。それからは何度話しかけても背中を見せたまま無視されてしまう。もっとも、バグによって首は百八十度ねじ曲がっており、主人公に素晴らしい笑顔を見せているが。



 「プレゼントが気に入らないだけでシカトか。……相当ウザイ女だな」


 「ツッコミ入れるとこ違うんじゃない?」


 「もう慣れたよ。前に水族館デートしたときなんか水槽の中を嬉しそうに歩いてたんだぜ。しかもイベントで撮影した義妹の写真はどれも首から上がなくなってたし。いっそジャンルをホラーにした方がよかったかもしれないな」

 文句を垂れながらもゲームを続ける。



 そして、ついに問題となるイベントに突入した。



 「翔ちゃん」


 「大丈夫だ。たぶん」


 ボタンを連打。夜の公園でイケメンが結衣の前に現れ、手を握って駆け落ちを提案してきた。

 今までならここでゲームオーバーだった。



 しかし。



 「あれ!?」

 綾香が目を丸くした。



 それもそのはず。



 義妹はイケメンの手を振り払い、『触らないでよ、気持ち悪い!』と言い放ってきたのだ。



 「やっぱりな」


 「どういうこと?」


 「ある程度好感度を下げておかないと先に進めなかったんだよ」



 これに気づいたのはシスコンのグラフィック紹介だった。偶然にもクリスマスイベントが回避された後、つまり十二月二十六日の画像があったのだ。それをよく見てみると、好感度が最大の半分を切っていたので、もしかしたらと思い実行してみたら予想通りである。


 嫌われなければいけないというギャルゲーの根幹をも否定したクリア条件。シスコンが別の意味で有名になっていないのが疑問だった。



 結衣がイケメンを罵倒しまくっていると、やっと主人公が登場。イケメンを暴力で追い返すと、結衣にクリスマスプレゼントを渡した。



 『お兄ちゃん、大好き!』



 政治家もびっくりの手のひらの返しの台詞と同時にロマンチックな音楽が流れて、ようやく悪夢のクリスマスが終わった。



 「ひゃっほぉ!」



 俺はゲーム画面の十二月二十六日の日付を見て歓喜した。隣の綾香とハイタッチする。


 これで後は元日を迎えるまでに結衣の好感度をMAXにすればハッピーエンドだろう。幸いなことにクリスマスイベントのおかげで好感度はかなり回復している。一日あれば再びMAXにできるはずだ。

 

 「綾香、俺に感謝しろよ!」


 「さすが翔ちゃん。お礼に何でも奢るわ!」


 後でたらふく飯を食えることと、クソゲーをしなくていい開放感。二重の意味で俺は幸せを感じていた。


 嬉々としてイベントを消化していく。好感度は先程プレゼントを上げたためMAXになっている。



 そして元日を迎えた。



 ここで画面が一度ブラックアウト。真っ暗になった画面で『――お兄ちゃん、起きて』というテキストが表示される。おそらく告白イベントだろう。


 俺はラストスパートと言い聞かせながらボタンを連打する。兄妹の不毛な会話などどうでもいい。早くハッピーエンドを見せろ。


 話を進めていると、場面は東の空が白み始めている公園に移り、ムービーが流れ始めた。


 音楽とともに主人公のことをやたら褒め称える結衣。ふと言葉が途切れると、ゆっくり顔を近づけて。



 ――そのまま停止してしまった。



 「翔ちゃん。これって……」


 俺はボタンを押しながら、首を力なく縦に振った。

 「……フリーズだ。投稿者に教えてやれ。ハッピーエンドに限りフリーズします。しかもバグも多いですって」






 クソゲーから解放された翌日。


 シスコンを作っている会社のホームページにアクセスしてみると、『シスコンはハッピーエンドに限りフリーズします。バグも大変多くご迷惑をおかけします』というお詫びの文章が記載されていた。


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