あのひとのおはなし。
このお話は以下のようなかた向けです。一つも当てはまらない方にはお勧めできません。
*どんな会長でも許せる
*会長が盛沢さんをどう思っているのか気になって、夜ねむれない、ねむりにくい!
*「怖っ」といいながらニヤニヤできる
彼女を初めて見たとき、「あぁ、にているな」と思った。
オレが彼女を見つけたのは入学式……と言いたいところだけど、残念ながら桜はもう散ってしまったあとだった。全ての出会いがドラマティックというわけには行かないものだ。
初めて目にした彼女は可愛らしかった。
少し癖のある、色素の薄い髪。甘い顔立ち。小さな身体。なのに負けん気が強そうで、へたに手を出せば噛み付いてくるだろうことは容易に想像がついた。
……ゾクゾクした。
高校に入学したての頃のオレは(今思えばこの若さで何を馬鹿な、と恥ずかしくなるが)世の中に飽きていた。
子供のころから何をやっても器用にこなせたし、勉強だってすらすら頭に入ってくる。それでも幼いころは周りからすごいすごいと褒められたし、それを嬉しいと感じていた。けれど大きくなるにつれオレは「できて当然」の人間ということにされていて、どんなに結果を出しても「まぁアイツだからな」とやっかみ半分で言われるだけになってしまった。
一方そんな世間と対照的にうちの両親はわりと放任主義で、「健康で人並みに正しく育ってくれればそれでいい」という人達だったから、ますますオレは、中学生にして既に人生を見失っていた。何も期待されてないのだと感じたから。自分はこのままなんとなく生きて死ねばいいのだと。
八方美人な性格と両親譲りの容姿のおかげか友人は多い方で、女の子にももてた。異性に興味が無いわけではなかったし、なにより断るのも面倒だったので何人かとつきあってみたけれど、そのうちやっぱり飽きてしまった。思ったほど大事にしてくれない、と失望した彼女たちは自分から去っていった。それを繰り返した。
だって、簡単に手に入るものなんて、それはつまり簡単に捨てられるものだ。
大事にする価値なんて無いと思っていた。全てが、何とでもなるものだと。欲する価値さえないと。
ままならないできごとに遭遇したのは入学式の日。桜を散らす突風にさらわれるように、オレは知らない世界へと渡った。オレの事を誰も知らない所に行ってしまいたいと考えた事がないわけではない。けれどもあまりに突然すぎたし、目に飛び込んできた光景はどう見ても荒事の真っ最中だった。
ルビア姫はあの時の事を未だに「カイトが助けてくれた」というけど、あれは、いきなり現れたオレに驚いた連中の隙を付いて蹴り飛ばしただけだ。言葉も何も分からなくても、連中が刃物を持って女の子を取り囲んでいたものだから咄嗟にそういう行動に出てしまった。それだけのこと。
しかしそのお陰で、オレはあの国で保護された。
あの時ルビア姫が「自分が呼んだ」と主張してくれなければオレはどうなっていただろう。不審者として牢にでも入れられたか、それとも処刑か。良くても城の外に放り出されて野垂れ死にか。
だって当時のオレはまだ、一ヶ月前までは中学生だったんだ。多少スレてはいたけれど、やはりオレは甘ったれだった。頼れる身内もいない、身元も保証されない、そんな国でどうやって生きていけと?言葉さえ通じない国で。
魔法という便利な力でやっと意思疎通が可能になったと思ったら今度は「帰し方がわからない」と言われた。どうしても帰りたいとは思わなかったけれど、やはり途方にくれた。
そんなオレを、城の人たちは好意的に受け入れて、あの国で生きる術を教えてくれた。
だから、本当はルビア様こそオレの恩人なんだけど、逆にオレのことを恩人だと信じ込んだ彼女は、まるで物語の英雄に恋するように、オレに恋をした。
「誰か助けて、と強く願ったら、カイトが現れましたの。だからカイトは、わたくしの勇者様ですわ」
と言って。
彼女はオレを盲目的に慕ってくれた。オレの話を興味深く聞いてくれる様子も嬉しかったし、頭の回転も良い人だから打てば響くように言葉が返って来て、会話も弾んだ。きれいな子にそんな風に好かれて、悪い気はしない。男なら誰だってそうだろう?
そんなわけで彼女を憎からず想った事も確かにあった。けれどやはりオレは、彼女と同じ程の好意を返せるほど夢中にはなれなかった。彼女にも、彼女の姉妹にも。
世間知らずの彼女たちの好意はまっすぐすぎて、ひねくれたオレにはちょっと物足りない。彼女たちはオレを理想の男性像に当て嵌めたがっていて、そういうところも苦痛だった。オレにはもっと、現実を理解できる子の方が合っている。
ふとしたきっかけからフォレンディアの政治に関わるようになると、文化や思想のあまりの違いに驚き、そして唐突に「自分」を意識した。つまり、今のオレを作り上げた両親や、学校、友人関係、彼女という存在。
ようやく今までの自分の愚かさを思い知った。オレはちゃんと期待されて、与えられていたのに、なぜあんなにいじけた考え方をしていたのだろう。帰りたい、とやっと思えた。
あちらの魔道士たちの懸命な努力のお陰でなんとか地球に帰ってきたオレは、別人のように性格が変わっていたというわけではないけれど、(それはそうだ、この歳でそう簡単には変われない)「欲しい」と思えるようにはなっていた。
オレの空虚を埋める誰か。オレを理解してくれる誰か。オレをこの世界に繋ぎ止めてくれる誰か。
けれども、どこにいるんだろう。どんな人を、オレは求めているんだろう?
子供の頃、うちで犬を飼っていた。オレがまだ誰からも期待も失望もされなくて、何も疑問に思わず幸せでいられた頃。
それはキレイな、パピヨンの雌だった。犬の中でもかなり美人(美犬?)だったと思う。年上なせいもあり完全に自分の方が格上だと信じていて、オレに随分張り合ったものだ。プライドが高くて、「お手」というと両手をさっと隠すような犬だった。「お座り」も「伏せ」も、機嫌の良い時と何かをねだる時にしかしなかった。
いつもツンとして、自分の毛並みの手入れに余念が無く、ふさふさした自慢の尻尾をこれ見よがしに振りながら気取って歩いていた。
オレはそれに触りたくていつも追い回したけれど、彼女は嫌がってするりするりとオレの手から逃れた。無理やり捕まえれば噛み付いて、暴れて引っかいて。
けれども本当にオレが落ち込んでいる時は、すごく迷惑そうな顔をしながらもこちらにやってきて、寄り添ってくれた。
彼女が大好きだった。残念ながらオレが小学生の頃、寿命で死んでしまったけれど。
あぁ、そうだ、彼女みたいな人がいい。簡単には堕ちない、けれど捕まえてしまえばオレを見限らないような人。
そうして、「盛沢 久実」という子を見つけた。
彼女はクラス外での交友関係は広くないようだった。いつも他人とは一線を引いて接していて、踏み込もうとする相手を拒絶しているふうにも見えた。
見た目も可愛らしくて成績も常に上位で、なにより、男同士のあまり上品とはいえない話題ではその胸の大きさが注目されていたけれど、あの他者を拒絶する雰囲気のおかげか「高嶺の花」と認識されていて、結局3年になるまで彼女に恋人はできなかった。
3年生になって、せっかく同じクラスになったのだから、と近づこうとしたけれど彼女はなかなかガードが固くて、しかも何故かオレは嫌われているようでどうにもきっかけがつかめない。
オレは、少し強引な手段に出る事にした。
彼女を、巻き込んでしまえ。
三年間図書委員なのは知っていたし(わざわざ彼女が担当する日を選んで本を借りに通ったのだが全く意識もされなかった)資料室に出入りしている事も知っていた。
オレの目に狂いが無ければ、彼女はただの大人しくて可愛らしいだけの子ではない。きっと面白い反応を返してくれる。
ここまでしてやっと彼女に近付いたのだけれど、残念ながらと言おうか期待通りと言おうか、思っていた以上のじゃじゃ馬だった。
女の子に好かれる優しい態度で接しても駄目。強引に恋人ごっこを仕掛けても駄目。噂を利用して捕まえてしまおうとしても、まだ往生際が悪くてなんとか逃げようとする。
だんだん、彼女が足掻く様を見ているのが愉快になってきた。このまま彼女と終わらない鬼ごっこをするのも、きっと楽しいだろう。
だから、オレのものにならなくてもいい。
けれど、オレ以外の誰かのものになるのは、許さないよ?
「…なにか言いました?」
「ううん、なにも?どうかした?」
「いえ、なんか……なんか、寒気がしたもので」
……あぁ。君は、可愛い俺のペット。
ご存知の方も多いと思いますが、ペットには『お気に入り』という意味があります。