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脇役の分際 ぷらす。  作者: 猫田 蘭
大学生編こぼれ話
8/25

電車の風景(拍手お礼+1)

   そのいち。    


 小・中・高と、徒歩で通学をしていた。幼稚園はたしか、バス?

 そんなわけで、私は大学生にしてようやく電車通学デビューを果たしたのである。(別に嬉しいわけじゃないんだからねっ? なんだか大人になった気分、なんて思ってないんだからねっ)


 ラッシュアワーというのは聞きしに勝る恐ろしさだなぁ。私が腕をちょっと動かすだけで、首をぐるっと回して(あの首、頑張れば180度くらい回るんじゃないの?)睨みつけてくる美人さんもいて、怖い。


 ゆ、指一本動かしちゃなんねぇ、と思わせるような殺気だった。う~ん、よほど痴漢被害に遭ってるんだろうなぁ。でなきゃあそこまでの殺気は出るまい。

 でも私、ストレートなので! 綺麗なお姉さんを見るのは目の保養だとは思いますが、それ以上の興味はないので!


 そんな彼女は自分が動く分には問題ないと思っていらっしゃるようで、この恐ろしい混雑の中、お化粧の仕上げをする習慣があるらしい。


 その手際たるや大したもので、そりゃぁもう巧みに、前に立つ人の背中を利用する。例えば鏡を乗せたり、お化粧ポーチを挟んだり。主な被害者はおとなしそうな会社員さん達だ。

 背中の高さと広さが丁度いいんだろうなぁ。「背広」というくらいだし。


 でも流石に抗議していいと思いますよ? 戦闘服ともいえるスーツをそんな風に扱われちゃって、いくらなんでも我慢しすぎだよ、がんばれ! もっとがんばれ! と、ついつい応援したくなっちゃうほど、みなさんおとなしい。なぜだ。


 ちょっと離れた所に立っている私のところにもパウダーやらお化粧品の匂いやらが容赦なく降りかかる。きぃぃ、誰か、誰かこの人にマナーってものを教えてあげて!

 と、憤っていたある日のこと。


 今日もお化粧絶好調ですなぁ、そしてみなさん相変わらず辛抱強いですなぁ、と観察しながらぼーっと立っていた私は、突然の揺れに対応できなかった。

 だって、電車に不慣れなんだもん。大体、電車って揺れるポイントが決まってるもんじゃないの? イレギュラーなところで揺れるからこんなことに!


 勝手な言いわけやら愚痴やらを心の中でこぼしながら、私はよろめいて、前の人の背中にぶつかった。

 ただでさえ大きく揺れて必死で耐えていた所に、私の全力の体当たり(わざとじゃないんです、ごめんなさいごめんなさい!)を喰らったその人もよろめいて、後は車内にその連鎖が広まって行く。あわわわわ、えらいこっちゃ!


 車両の半分くらいの人を巻き込みながら、それは収束した。と同時に、電車も止まる。

 ひぃぃ、早く駅について! 次の駅で降りるから! 元凶が私だってわかっている周りの皆さんの白い目から一刻も早く逃げたいから!


 おそるおそる顔を上げて周りの人々の様子をうかがう。しかし、誰一人としてこちらを睨んだりしていなかった。アレ、だいじょぶかな? こういうのってもしかして日常茶飯事で、いちいち目くじらを立てたりしないものだったりするのかな?


 ほっと息を吐き出して、次は気をつけよう、と手すりにしがみついた私の耳に、「あっ」という小さな声が届いた。

 男の人の声だ。

 なんだろう、とそちらに目をやると、あのお化粧美人さんが左手で鼻をおさえていた。手の隙間から、赤いものが見える。


 やば、今のでぶつけて鼻血でも出しちゃったかな?

 うわー、どうしよう。ティッシュはどこにいれてたかなぁ、と鞄の中身を思い出そうとした私は、もう一つ、彼女の右手に赤いものを見つけた。それは……根元からポッキリ折れた、ルージュ。


 な、なんということ! 彼女のお美しいお鼻には、ルージュがつまっているのか!


 彼女の周りの人達は、不自然なほどうつむいてひくひく痙攣している。たぶん、さっき声を上げたのはあの中の一人なんだろう。


 視線が集まる中、彼女は左手は顔に当てたまま、右手でポーチからハンカチを引きずり出した。そして、さっとそのハンカチで鼻から下を覆った。そして必死で鼻に詰まってしまったものをかきだす。……うん、なんていうか、ゴメン。


 やがて「安全の確認ができましたので、出発します」みたいなアナウンスが流れて、電車はゆっくり動き出した。

 人々は、不自然にうつむいたまま。


 次の駅に着くと、彼女は周りの人々を突き飛ばすようにして電車から降りた。もう二度と、彼女がこの車両に乗ることはあるまいな、と思いながら私はその背中を見送る。

 ついでに、二度と満員電車で立ったままお化粧なんてしないほうがいいよ。絶対。


「神様って、見てるんですねぇ」

 誰かがポツリと呟いて、車内の人々は頷いた。


 私が電車を降りる際に、周りから小さく拍手が聞こえたのは、あくまでもキノセイ。ということにしておく。


   そのに。


 帰りの電車は、朝ほど混んでいない。だから周りを観察する余裕がいつもよりあるわけで、おかげでいろんな変わった人や物を見た。こんな短期間にな!


 今日はうつろな目で等身大のお人形に何か話しかけている人が隣に座ったりしませんように、イヤホンの意味がないほど音洩れしている音楽に合わせながらエアギターしてる人が目の前に立ったりしませんように、とお祈りしながらそっと乗り込むと、いきなり気になるセリフが耳に飛び込んできた。


「オレさぁ、グ~ペンに似てるじゃん?」


 なんですと?

 似てるじゃん、なんて同意を求められたらそちらを見ないわけにはいかない。グ~ペンと言ったらある意味スターだ。いわゆるユルキャラ。


 なんでもグータラ星からやってきたペンギン、なのだそうだ。のっぺりとした愛嬌のある顔立ちの、ピンク色のペンギンさん。いつも眠そうに、まぶたを半分閉じていて、代わりにタラコのようなくちばしをぱかーっと開いている。


 そーっと、声のほうに身体ごと向ける。なにげな~く、さりげな~く。

 そこには確かに、擬人化されたグ~ペンがいた。お友達に囲まれて。

「このまえさぁ、ユーコちゃんがさぁ……」


 グ~ペンがダイエットしたら、なるほどあんな感じになるかもしれないなぁ。

 愛嬌のあるお顔だと思うよ?

 彼はどうやらユーコちゃんとやらに気があるのだが、その彼女からいきなり「グ~ペン好きでしょ?」としつこく迫られたようだ。


「で、オレは言ったわけ。オレは確かにグ~ペンに似てるかもしんないけど、好きだから似てるわけじゃないんだって。そしたらさぁ……」

 彼はゴソゴソ、とバッグを探ると、中から水色のぬいぐるみを取り出した。

「これくれたんだ……」


 それは、ネムカパという、グ~ペンの相棒のぬいぐるみであった。

 えーっと、つまり水色のカッパだ。「かぱかぱ~」という寝言しか言わない。いつもグ~ペンの頭で寝ているか、でなければ小脇に抱えられている。


「あれだけグ~ペン好きでしょって言って、これはなぁ」

 ……うん。そりゃぁないぜ、ユーコちゃん。なんか足りない、って思ったのかもしれないけどさぁ。


 周りのお友達は必死になって慰めようとしている。いわく、グ~ペンは女子高生にも大人気。グ~ペンは主婦にも人気。グ~ペンのアニバーサリー仕様の人形にはマニアが数十万の値段をつけた、などなど。


 みんな、グ~ペンじゃなくて本人のフォローしてあげなよ。

 私は心の中で突っ込みながら、目的地で電車を降りた。


 ……そうだ、夕食はタラコスパゲッティーにしよう。

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