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脇役の分際 ぷらす。  作者: 猫田 蘭
大学生編こぼれ話
6/25

ある日のアフタヌーンティー

「あ、そうそう。はい、お土産」

 光山君が当然のように我が家のソファーに座って紅茶を飲んでいる。白い革張りのソファーに、まぁ似合うこと。こうやってヤツが座るためにあつらえた品にしか見えない。なんてことだ! な~んて、侵略の恐怖(被害妄想)に怯えていると、彼が可愛らしくラッピングされた本のようなものを差し出してきた。なんだこれ。

「穂積さんの国で、子供用に推奨されてる本だよ。なかなか興味深かったから」

「推薦図書みたいなもの?」

「まぁ、そんなかんじ」


 綺麗な絵本だなぁ。多分木版印刷? 私があっちに滞在してた時は、確か本は全て手書きの写本だったはずだけど。うむぅ、紙の質も向上している。穂積さん、生活水準上げにかなり力を注いでいると見た。この分だと、文字だけの本なら活版印刷が始まっているに違いない。

 は! そんなことどうでもいいじゃん。内政ゲームやってるのは光山君であって私じゃないんだ。こんなところに着目する思考回路は危険だ。これ以上ウッカリあの国の事情にまきこまれてたまるものか!


 と、警戒したものの、相変わらず有無を言わせぬ笑顔で「まぁ、読んでみて」と言われて、私は逆らえずにその本を読み始めた。最近ますます逆らいにくくなったなぁ。悔しいなぁ。(でも本は好きだからいいや)


*****


   『月の巫女姫』


 かつて、この地はたくさんの国々にわかれ、人々は互いに争い、傷つけあっていました。

 それを空から見ていた月神様は大変心を痛められて、御自分の分身であるふたりの姫君におっしゃいました。

「わたしの姫たちよ、どうか願いをきいておくれ。わたしの代わりに下界におもむき、あの地の人々を正しい方向に導いてやっておくれ」


 一の姫さまは、毎日昇っては夜の安息を与えてくれる、あの一の月のような方です。彼女はにこりと笑って頷きました。

「おまかせください。あの地に降り立ち、戦を起こす者たちをうち倒してみせましょう」

 二の姫さまは、二十日にいっぺんだけ、淡く輝きながら昇る、あの二の月のような方です。彼女もまた微笑んで、頷きました。

「私も喜んでまいりましょう。人々にお話をすれば、きっとわかってくれるはずです」


 月神様は大変嬉しく思い、二人の姫君に何か欲しいものは? とおたずねになりました。

「私は剣が欲しゅうございます」

 一の姫さまがそう答えたので、月神様は一振りの光り輝く剣をお与えになりました。


 二の姫さまは少し困ってしまいました。もともと、下界に行って争う事など考えていらっしゃらなかったからです。争いをやめるようお話をするだけなのに、一体何を望めば良いのでしょう?

 一の姫さまはそんな二の姫さまを大層心配して、代わりに月神様にお願いしました。

「二の姫には、どうか騎士をお付け下さい。彼女を守り、そして彼女のために戦える騎士を」

 月神様も下界の人々の争いを見ていらしたので、気性の穏やかな二の姫はいかにも頼りなく思われて、一番強い騎士に姫を守るよう命じられました。


 こうして二人の姫さまと一人の騎士は、一番大きな国に降り立ちました。

 一の姫さまは言いました。

「私は旅に出て、人々を導く事にします」

 二の姫さまは言いました。

「私はこの国に残って、人々に争いをやめるようお願いしてみます」

 二人はお互いの無事を祈り、お別れしました。


 旅の空の下、一の姫さまは考えました。

「この地の人々は互いに争ってはいるけれど、心の中では戦に飽きている。さて、どうしたものかしら」

 悩みながら歩いていると、黄色い髪の傭兵がむこうからやってきました。彼は大変苦悩している様子だったので、姫さまは思わず声をかけました。

「あなたは何をそんなに悩んでいるの?」

 傭兵は言いました。

「戦が長引き、民たちは飢えに苦しんでいます。先日とうとう、私の生まれた村もなくなってしまいました。なんとか争いのない世界にならないものかと悩んでおります」

「それならば私についてきなさい。必ずや平和な世をつくってみせましょう」

 傭兵は喜んでお供になりました。


 一の姫さまと傭兵が連れ立って旅をしていると、赤い髪のたくましい男がやってきました。彼はある国の王子で、武者修行の旅で世界を回っている途中でした。

「私はただ強くなることだけを求めて修行をしてまいりました。しかし、ふと気が付いたのです。この力をもっと人々のために役立てるべきではないのかと」

「それならば私についてきなさい。あなたの力を役立ててあげましょう」

 王子は喜んでお供になりました。


 一の姫様と傭兵と王子が連れ立って旅をしていると、青い髪の神官がやってきました。

「私は月神様に仕える神官です。姫さまのお役に立ちたくて馳せ参じました」

「それならば私についてきなさい。月神様の御心にかなう国をつくりましょう」

 こうして一の姫さまは、三人のお供を連れて旅を続けることになりました。


 一方、二の姫さまと月の騎士は、降り立った国の王宮に丁重に迎えられました。この国の人々は月神様への信仰が篤く、自分達の国に月の姫さまがいらした事がうれしくてたまりません。毎日王宮に詰め掛けて、口々に姫さまの清らかな可愛らしさを褒め称えました。


 けれども二の姫さまは、日が経つにつれ沈みがちになっていきました。なぜなら、人々は浮かれるばかりで誰一人姫さまのお話を聞こうとしなかったからです。

「この地が戦で乱れるたびに、月神様も太陽神様も、等しく心を痛めておいでですよ」と、どんなに訴えても、

「なればこそ、一日も早く我らの敵を滅ぼしてしまいましょう」と皆が答えるからです。


 月が昇るたびに悲しそうなお顔で空を見上げる姫さまを、騎士はとても心配していました。少しでも姫さまのお気を晴らそうと、宮中で聞いたおもしろいお話しやら、月神様の世界にはなかった珍しいお花で気を紛らわせてさしあげようとしましたが、姫さまは少し笑って「ありがとう」とおっしゃるだけで、やはり寂しげなため息をつくばかり。

 お城の人々も姫さまの様子を心配して、美しいお着物や豪華な髪飾り、珍しい果物などをこぞって差し出しました。それらに姫さまは微笑んでお礼を言いましたが、やはり気分は沈んだままのようでした。


「私にはこんなに親切にしてくださるのに、どうしておなじ人間同士で傷つけあうのでしょう」

「地上の者達は、自分と違うものを嫌うようです。きっと、全て同じにしなくては気が済まないのでしょう」

 騎士は答えました。彼は、愛しい二の姫さまから笑顔を奪ってしまったこの地上をすっかり嫌いになっていたのです。


 ある日、兵士たちが突然姫さまの部屋にやってきました。率いていたのは、姫さまに何度も結婚を申し込んでいた貴族でした。彼は愛しい姫さまを力づくで手に入れようと、恐ろしい事に反乱を起こし、国ごと乗っ取ろうとしたのです。


「さぁ、姫君。この城の人々の命を助けたければ、私の妻になりなさい」

 けれども、姫さまが震えながら頷くより早く、騎士が姫さまを抱きしめ、言いました。

「姫、これ以上あなたをこの地には置いておけません。二度とこの地のために煩わされる事のない場所にお連れします」

 そうして、部屋の中が真昼の太陽よりも眩しい光に満たされたかと思うと、もう、お二人の姿は消えていました。騎士が二の姫さまを遠くの世界にさらって行ってしまったのです。

 以来、二の姫さまと騎士を見たものはおりません。


 一の姫さまは、二の姫さまと騎士がどこか別の世界へ行ってしまったのを感じ取って嘆かれました。

「あぁ、あの優しい二の姫のやりようではこの地に平和などもたらせないのだわ。私はやはり、剣をもって道を切り開くことにしましょう」


 月神様からいただいた剣はとても不思議な力を秘めていました。決して折れず、どこにあっても持ち主の呼びかけに応え、切れぬものはなく、また、持ち主が切りたくないと望めば相手を傷つけることなく倒してしまうのです。

 この剣の力を借りて、姫さまはあらゆる戦をとめてまわりました。


 あるとき姫さまは太陽の神子様と出くわしました。なんとうれしい事に、太陽神様も地上の人々の争いを憂いて、御自分の神子様に平定をお命じになっていらしたのです。

 姫さまは神子様に言いました。

「太陽神様も月神様も、地上の様子に心を痛めておいでです。私たちが力を合わせて、世界に平和をもたらしましょう」

 神子様は、姫さまのあまりの美しさと気高さにお心をすっかり奪われて、共に平和な国をつくろうと誓いました。


 一番の憂いの元であった、それぞれの信仰ゆえの争いが、この事によって収まりました。そうして、お二人は結婚し、現在の国をつくりました。

 全てを成し遂げたあと、一の姫さまと神子様はこの地に残り、人々を正しく導く事にしました。ですから、私達は安心して太陽と月、二柱の神様の恩恵を受け、幸せに暮らせるようになったのです。

 きっと、これからもずっと……。

*****


 ……びみょーな気分になった。多分一の姫が穂積さんで、二の姫が私で、騎士は光山君なんだろうけど。なんかこう、ええと、痒い? そう、心臓の裏が痒い。久々に。たぶんこれ、部屋に一人きりだったら一通り端から端までゴロゴロしたとおもう。

 さては、この微妙な気恥ずかしさを堪える私を見たくて読ませたんだな? 趣味わるっ!


 天孫降臨に桃太郎、かぐや姫。あとは……なんだろう。作者不明って、どう考えても穂積さんが関わってるよね? こっちの話をうろ覚えで、滅茶苦茶に混ぜて書いたんだよね? って、ゆーか……。

「騎士様、悪役っぽい……」

「うん、ちょっとグレーゾーンだよね。月神様のもとにさえ返さないところが」

 しかも本人満更でもなさそうだし!

 ……この点をこれ以上つつくと、なんだかやぶへびになりそうな気がするので話題を変えよう。うん、そうしよう。


「えーっと、そういえば月って二つもありましたっけ?」

「あったよ。一度だけ昇ったの、覚えてない? せっかくだからお月見でもしようと誘いに行ったんだけど……熟睡してたね」

 わるかったな! だって夜は寝る時間だもの。ほんと、かぐや姫じゃあるまいに、毎晩月を眺めてしくしく泣いていられるか。


「で、結局この本は何が言いたいんでしょうね?」

「穂積さん達がわりと力ずくで帝国作った理由を正当化するのと、あとは信仰の統一が目的じゃないかな?」

 生々しいな! いや、でも歴史ってそんなもんだよね。穂積さんたら、すっかり立派な為政者になったんだなぁ。絵本からしてこうなら、大人向けはもっとすごそうだ。


 あ、そういえば。

「そういえば、二の姫に言い寄った貴族ってユーシウス殿下の事? 王族の身分剥奪されたってことですか?」

「あぁ、彼は確か行方知れずじゃなかったかな」

 衝撃の事実! 私の脇役仲間がそんな不憫な事になっていたなんて、想像も……してた。うすうす、そんなことになってるだろうと思ってた。うん。だよねー、脇役だもんね。使い捨ての。(けっ)


「歴史なんてそんなものだよ。……気になる?」

 そりゃぁ、脇役同盟(仮)を結んだ仲だしね。私、一回仲間と認めた相手には情が深いんですよ。

 しかし、だ。

「二度と彼のために煩わされる事のない場所につれてってあげようか?」

 と、ニヤリと笑って身を乗り出した光山君を目の前にしては、首を横に振るので精一杯。

 やっぱり彼は、わるいまほうつかいだとおもうの。


 ……なんとなく身の危険を感じた、ある日のアフタヌーンティーのできごと。

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