そんな彼女達の日常。(拍手お礼加筆+1)
くるみちゃん。
「おっはよー、りょーちゃん、あきちゃん!」
「おー、おはよー」
「おはよう、くるみ」
瀬名さんは、毎朝とても元気だ。まぁ瀬名さんに限らず魔女っ娘組はみんな元気だ。溌溂としている。高校生らしくていいよね。健康的で。
私はといえば、早起きはできるけれど低血圧気味で、朝はどうしてもテンションが低い。毎日「朝なんか来なければいいのに……」なんて思うくらい、弱い。日光にも弱い。溶けそうになる。(ヴァンパイアであるはずの貫井さんが無遅刻無欠席なのはどういう仕組みなんだろう?)
だからあんな風にガラっと勢い良く扉を開けて、大音量でご挨拶できる瀬名さんに感動する。眠気覚ましにもなるし。それに、彼女はなかなか面白い事を大声で言ってくれるものだから、聞いているだけで楽しい。(盗み聞きじゃないよ、教室内で大音量で言うんだもの!)
どうやら昨夜、臨時でお小遣いをもらってかなり浮かれているようだ。うんうん、よかったねぇ。3千円は結構大きいよね。週末にはきっと大好きなパーラーのイチゴパフェに変わるんだろうけど。
……アレ食べると、向こう一ヶ月は苺の顔なんか見たくもない、という気分になるんだけどなぁ、私は。
彼女は「じゃじゃーん!」と言いながらわざわざそのお小遣いを、お財布から取り出して喜んでいる。……ほんと元気だなぁ。そんな瀬名さんを後ろの席からぼーっと観察していると、突然彼女が「あれぇぇ?」と叫んだ。
「ど、どうしよう、りょーちゃん! これ、このお札変だよ!」
「ん、どーしたぁ?」
「千円札! なんか、一枚だけ変なの! どうしよう、ニセモノなのかなぁ?」
瀬名さんは半泣きだ。あのイチゴパフェ、二千五百円もするからなぁ。一枚ニセモノだと食べられないもんね、かわいそうに。いや、でも一目でわかる偽札ってどうなのよ? そもそも、渡された時点で気が付いておこうよ、そこは。
「くるみったら……。それはね、古いお札なのよ」
……あぁ、なるほど。夏目さんが混じってましたか。
だよね! そんな簡単に素人が偽札なんて判別できるものじゃないよね! 最近のはすごく精巧にできてて、見ただけじゃわからないっていうもの。
いやぁ、魔女っ娘にはそんな機能も付いていたのかと考えちゃったよ。
まぁ、お札の人物が代わったのは結構昔の事だから、古いほうを覚えてないのも仕方ない、かなぁ。
や、でもさ、代わったばっかりの時、野口さんの髪型があんまりショッキングだっていうんで、アレを隠すために折り紙するのがはやったよね? ターバンっぽくしたり、色々。テレビでもよく流れてたんだけどなぁ。
「えー、そうなのぉ?」
瀬名さんはきょとん、としてじーっと手元のお札を眺めると、言った。
「パーマかける前の方がかっこいいよね。どうして髪型変えたんだろう? イメチェン?」
ぶはっ、と、教室内にいる数人が堪えきれずにふき出した。私以外にも、けっこう瀬名さん観察マニアがいたんだな。
でも、まだまだだね。あくまでも観察している事を悟られず、密かに楽しんでこそ、だよ、人間観察の醍醐味というものは。(ふふん)
「くるみ、その人は夏目 漱石さんといって……」
氷見さんが遠慮なくお腹を抱えて机をバシバシたたきながら笑っている横で、由良さんが「坊ちゃん」の解説をし始める。
私は一人、震える腹筋と戦いながら、うつむいて本を読むふりをした。今日も楽しい一日の始まりをありがとう、瀬名さん! でも実はちょっとお腹痛い。辛い。おおっぴらにウケている氷見さんが羨ましい。
そんな、日常。
ななえちゃん。
水橋さんは、小動物のような子だ。愛でたい。私より2ミリほど身長が低い所もいい。……いやほら、自分より小さい子のほうがかわいく感じるじゃないか?
小さいって言ったら桂木さんがダントツなんだけど、彼女とはまぁ、ほら、色々あったしね……。(ふ)
とにかく、水橋さんの、ぽんぽんはねるあのポニーテールがかわいらしい。うさぎさんみたいで。
しかし、こんな隠れ水橋ファンの私にも、どうしても理解しがたいというか許せないというか、そういう一面を、彼女は持っている。
「うわぁ、なにこれ、可愛い!」
現在彼女が手に持ってはしゃいでいるのは、ゾンビをモチーフにしたぬいぐるみである。目が片方バネで飛び出す仕組みになっていて、お腹の中も入れ替えて遊べるようになっている、らしい。
はっきり言おう、グロい!
はしゃぐ彼女のバッグや携帯には、ガイコツのほうがまだマシだ、と言いたくなるような謎の人形がたくさんぶら下がっている。なにあれ、ブードゥかなんか?
あのさぁ、その不気味グッズの収集癖、なんとかならんかなぁ! だから男の子が引いちゃうんだよ? 「水橋さんは、可愛いんだけど……」の「けど」の部分に引っかかってるのがそこなんだよ?
彼女にかかれば、生物室の人体模型君でさえかわいい事になってしまう。「いくらなんでもリアルに作りすぎではないか?」「きもちわるい」「夢に出てうなされた」「夜、トイレに行けなくなった」という苦情が絶えない、あの不気味な「いくおくん(通称)」が!
私でさえ、一度夢でいくおくんに追っかけられて以来(多分ゲームの影響)、彼とは目を合わせられないってのに。
根岸さんの話によると、水橋さんの自宅のお部屋は大変なホラールームと化しているらしい。蝋人形館もかくやというほどの不気味さで、流石の根岸さんも早々に退出したそうだ。
「古い探偵モノの密室殺人事件の現場になりそうだった」って。
……み、見てみたい! ような気もする。(でもこわい)
まぁ、そんな彼女にだってアプローチするつわものはちゃんといるわけで。だってかわいいもんね。趣味がちょっと怖いだけで。
「良かった! これなら気に入ってくれると思ってたんだ!」
確かあれは三つ向こうのクラスのテニス部員だな。わざわざ教室まで来てプレゼント渡さなくても、放課後でいいじゃん? ……会いに来る口実なのかな。健気だなぁ。(けっ)
「この前のはちょっと微妙だったからさ。埋め合わせ」
「えー、そんなぁ。この前のだって結構かわいかったよぅ。首がカクンってなって。中に入ってたキャンディーもおいしかったし」
彼女にあの地獄の使者みたいな犬のキャンディーボックス送った犯人はキサマかぁぁ!
教室入った途端目に入る位置に設置されていて、あやうく私の心臓が口から飛び出すところだったんだぞ!
にっこり笑った彼女から「おひとつどうぞ」とおすそ分けされたキャンディーは、何故か肉のこびりついた骨の形をしていた。ちなみに味は、ミルク。肉の部分は多分ラズベリー。(食べたともさ!)
しかし、そうやって毎度毎度毎度毎度、しっつこいほどに不気味グッズを見つけてきては貢ぐ彼に、はたして春は来るのだろうか? 水橋さんは鈍そうだからなぁ。あんな風に遠まわしにアピールするくらいじゃ、一生気付かないんだろうなぁ。
今のところ、「趣味が合う、いいオトモダチ」としか認識されてないよ、絶対。
とりあえず、これ以上コレクションを増やさぬうちに玉砕なり何なりしてほしい、と思う。
そんな、日常。
りょーこちゃん
氷見さんは、楽天的な子だ。いつ見てもなんだか笑っているし、自称「ヒマワリっぽい」青井さんよりもずぅっとヒマワリらしい子だ。背も高いし。
大抵の事は笑って流してしまえるようで、例えば瀬名さんが二年間もCDを返してくれなかったり、由良さんが無造作に(あの謎の怪力で)振り回した腕が顔に当たったとしても、「あははははぁ。どんまい!」なんて言って許してしまう。
そう、彼女はほぼ一年中、笑顔を絶やさないすごい人なのだ。しょっちゅうつまらんことでわが身の不幸を思い返しては落ち込んでいる私にとって、尊敬に値する対象と言ってもいい。
が、今の彼女はどうだ?
真剣な顔で口をきゅっと引き結び、瞳孔は開き気味。左右の家の塀に交互にはりつきながら、カニ歩きをしている。い、一体何が? 何があるというの?
「盛沢さん、だいじょぶだよ。りょーちゃんは、いつもこうなの」
瀬名さんがにぱーっと笑って私に言った。
珍しく氷見さんのおうちにお邪魔する事になった道すがら、それまで笑顔で軽口を叩き合っていた彼女が唐突に黙り込み、敵地に潜入する兵士のごとき真剣さをかもし出しているのに「いつもこう」とはこれいかに?
「この近くにはね、良子の天敵が潜んでいるのよ……」
由良さんも、ふっと遠くを見るような目で、立ち止まってしまった私の背中をそっと押した。……ナニ、一体。
「きたっ! ヤツだっ!」
氷見さんがぴくりと耳を震わせたかと思うと、一目散に近くの電信柱にしがみついた。
そのまま手馴れた動きでよじ登り、その辺のお宅の塀に乗り移る。忍者かっ! てゆーか完全にキャラが変わってはいませんか?
「なに、なんなの? だれ?」
氷見さんの警戒っぷりに比べ、あとの二人の平和そのものの表情はなんなんだろう。キケンなの? そうでもないの? ってゆーか、私も逃げるべき?
「りょーちゃんには、キケンなの」
「盛沢さんも大丈夫よ、きっと」
やがて四つ角の右の方から、ばふっ、ばふっ、という、大型犬独特の息遣いが聞こえてきた。駆け足でこちらへやってくる気配。じゃらじゃら、という鎖を引きずる音からして、もしかしなくても脱走してきた?
犬は急ブレーキの勢いで角を曲がったかと思うと、更に勢いを増してこちらに走ってくる。ぎゃー、ちょっと怖い! うちのご近所のアンドレとは違う。ええと、ナポリタンマスチフとか、そういうの? こんな犬、この日本でどうやって飼ってるのって大きさだ。
犬は、私や瀬名さん、由良さんには目もくれず、塀の上の氷見さんへ飛び掛った。が、氷見さんにとっては幸いな事に、犬にとっては残念な事に、あと一歩という所で届かない。
それでも彼(?)は果敢にチャレンジを繰り返す。
残像が見えるほど尻尾を振っているという事は、あれは喜んでいるんだろう。敵意ゆえではない。彼女に対する溢れんばかりの好意が見て取れる。
氷見さんは怯えて、更に逃れるべく塀の中の木に登ろうと手を伸ばした。あ、あれ柿の木だ! 折れやすいって噂の柿の木だよ、やめとけって。
結局、騒ぎに気付いたご近所の皆様が駆けつけて犬をなだめ、押さえつけて、氷見さんが救助されるまで30分も掛かった。
にもかかわらず、「今日は早くおわってよかったねぇ」なんていう、見物客の暢気なセリフが聞こえてきた。え、コレ毎回やってんの?
氷見さんは「先に帰ってるからあああぁぁぁぁ」と叫びながら、オリンピックでメダルが取れそうなスピードで走り去る。犬が悲しそうに「わううぅ~」と鳴いた。
一方通行の愛。これもまた、日常のこと。らしい。