むかしむかし~前編~
昔々あるところに、一人のそこそこかわいらしい娘さんがおりました。娘さんの名前は久実といいました。
久実さんは、「立派な人格者だけれどもお母様には何故か逆らえない」お父様と、「優しくてお淑やかだけど好奇心が強くて飽きっぽい」お母様に、大切にかわいがられて育ちました。
久実さんが18になった年、お母様はお友達に誘われて今流行のお寺参りに行き、大きなお土産の包みを持って帰ってきました。そして、久実さんを呼び出してこうおっしゃいました。
「久実ちゃん、あのね。実はお母様、あなたの行く末がとても心配なの。だって親の贔屓目抜きにしてもあなたはかわいらしいのに、未だにお婿さんが見つからないでしょう?」
久実さんは「よけーなお世話です!」と思いましたが、下手に口を挟むとヤブヘビになりかねないので、努めて神妙なお顔でお話の続きを聞いていました。
「だからね、あなたに良縁が見つかりますようにってお祈りして来たの。そうしたら枕元に観音様が現れて『娘の頭に鉢を被せれば結婚相手に恵まれるだろう』っておっしゃたの! まぁ、そのときはさすがにまさかねぇ、と思ったんだけどね? 起きてから、朝市に遊びに行ったら……あぁ、そうそう、そこでおいしいお菓子買ってきたからあとで食べましょうね。あなた、お干菓子は嫌いじゃなかったわね? あのね、何種類か買ってきたのよ。亀さんとかお魚さんとか鳥さんとか……」
お母様のお話の脱線はいつもの事なので、久実さんは適当に相槌を打ちつつお庭を眺めていました。
「…………その犬がまたほんとにお利口さんなの。うちでも飼いたいわね。それでね、その犬がいたお店でたまたまかわいい鉢を見つけたの! もう、これは運命だと思って買ってきちゃった」
お母様のお話がようやく本題に戻ったころには久実さんの足はしびれていて、すっかりそちらに気をとられて油断していました。そこに、いきなり頭の上から何かがズボっと……!
「な、なになに? なにごと?」
「え、やぁねぇ。だからお告げ通りにしてみようと思って。……あら、似合うわね」
「鉢がっ?」
「お花の模様が描いてあって、女の子らしいし」
「お、おとうさまあああああああ!」
娘のただ事ではない悲鳴に駆けつけたお父様は一瞬あっけに取られましたが、お母様から事情を聞くと「……まぁ、そのうち取れるんじゃないか? かわいいかわいい」と大変楽観的な事を言って鉢の上から久実さんを二、三度撫でると、またお仕事に戻っていきました。
お父様は、別に娘を無理に結婚させたいわけではありませんでしたから、このままにすれば余計な男が寄ってこないだろうと考えたのかもしれません。
これはもうだめだ、いよいよ自分で何とかしないといけないと悟った久実さんは、真夜中そっと家を抜け出しました。村の外れに住んでいる物知りなご老人のところに相談に行こうと思ったのです。さすがに日が高いうちは恥ずかしくて出歩けなかったので、暗くなるまで待っていたのでした。
ところが真っ暗な中、不自由な視界で一人歩いたのが祟って、久実さんは川に落ちてしまいました。
あぁ、ばかばか私のばか。いいえ、お父様もお母様もばかっ! と嘆きながら、久実さんはどんぶらこと川下へ向けて流されていきました。
鉢の中に空気がたまっていたので、溺れなかったようです。鉢の重さで沈むだろうとかいう突っ込みはナシの方向で。これはむかしばなしです。
もうどうにでもなりやがれ、というやけっぱちな気持ちで川の流れに身を委ねてぼーっとしていると、いきなり首……というか、鉢を引っ張られました。
そして、そのまま地面に引き上げられたのです。
「わぁ、この鉢身体がついてる~」
声からすると、引き上げたのは若い女の子のようでした。
女の子は、久実さんの異様な状態に対して突っ込もうとしませんでした。鉢を被った人間ではなくて、人間の身体がついてる鉢扱いです。これはあんまりです。
「すみません、本体は鉢のほうじゃないんです」
「え~?」
久実さんは恥を偲んで身の上話をしました。少し愚痴が混じってしまったので長くなりましたが、女の子は嫌な顔一つせずに(といっても、鉢のせいで足元しか見えなかったのですが)「うんうん、たいへんだったねぇ」と聞いてくれました。
「まぁ、うちにおいでよ! 仲間がいっぱいいるから寂しくないよ、きっと」
仲間がいっぱいってなぁどういうことだ? と思いましたが、疲れ果てていた久実さんは深く考えるのをやめ、女の子の家についていくことにしました。
女の子の名前は奈々枝ちゃん、といいました。
奈々枝ちゃんのおうちには飛翔君という男の子が一緒に住んでいました。どういう関係なのか詮索するのは失礼だと思ったので、久実さんは気にしないことにしました。
「飛翔く~ん、見て見て~。拾っちゃった」
「え、ナニソレ。また変なもの拾ってきたのか?」
「えへへ~。いいでしょ~」
変なもの扱いもかなり気になったのですが、それよりも気になったのは部屋の壁沿いにずらっと並べてある「何か」でした。鉢を両手で持ち上げて、必死で視界を広げて見てみると、それは左から、「大きな桃」「簀巻きにされたお地蔵様」「玉手箱」「おわん」「竹」「瓜」という具合に並んでいます。
久実さんの視線に気付いたのか、奈々枝ちゃんがちょっと嬉しそうに解説してくれました。
「それねぇ、コレクションなの。おわんから左は私が川から、竹と瓜は飛翔君が山から拾ってきたんだよ~」
「……割ったり開けたりしないんですか?」
コレクション達は、いずれもガタガタゆれたりぴかぴか光ったりして自己主張しています。この状態で放置するなんて、ある意味鬼の所業ではないでしょうか。
「たぶんあれ、『中の人』がいますよ。窒息しちゃいますよ?」
「えー、だいじょぶだよぉ。あの桃なんか、拾ったの5年前だけどまだ動いてるし」
「5年も放置っ? この鬼っ!」
というわけで、久実さんによる「中の人」救出作戦が始まりました。
日本昔話はよくわからない、という方のための予備知識。
【鉢かづき姫】
娘の行く末を心配した病弱なお母様が、観音様のお告げを信じて鉢を被せる。その鉢は、不思議な力で娘さんにひっついてしまい、どうがんばっても取れない。やがてお母様は亡くなり、後妻さんがやってきて「きもちわるい」といじめる。
思いつめた娘さんは川に身投げしますが、鉢の中に空気が入っていたお蔭でたすかります。昔話はふぁんたじーです。深く考えちゃいけません。心で感じましょう。
拾われた先でお屋敷の下働きとして働いていると、その家の息子さん(三男)が彼女の心根の美しさに惹かれて結婚を申し込む。
おうちの皆様は大反対。上の息子さん達のお嫁さんと比較することで、なんとか諦めさせようとする。
すったもんだがありまして、突然(あるいは、その家のお父様がお手打ちになさろうとしたところ)鉢が割れ、中から美しい娘さんのお顔が現れて、改めて検分してみれば教養もあり家柄もよいうことで結婚が許されるのでした。
で、一応ハッピーエンドですが、後日談でねちねちといじめられては跳ね返すというお話があるそうです。
*蛇足
このお話で私が一番面白いと思うのは、大抵のお話ですと「美しい→結婚しよう」となるのに、「見た目はともかく心根に惚れた→結婚しよう」と展開するところです。ちょっと珍しいんじゃないでしょうか。
**蛇足追記
先日いただいた拍手で興味深いご意見があったので、もう一度考えてみました。彼女が求婚されたのは、心根の美しさだけではなく「中にどんな顔があるのか」という想像を楽しむ余地があったから、なのかもしれません。
続きは、現在WEB拍手にて連載中です。




