あんはっぴーはろうぃん! そのに (拍手お礼改稿+α)
悪魔の誘惑から逃れようと耳を塞いで、ついでに目も閉じて闇雲に走った私は、迷子になっていた。森の中で馬鹿なことするもんじゃないよね、なんて反省しても後の祭り。
う~ん、ここはどのあたりだろう。
なにか目印になるものはないかなぁ、とキョロキョロしながら歩いていたら、足元の小石に蹴躓いて思い切り転んだ。
「いったたたた……」
弱り目に祟り目と言うか、ほんとに、こう……。運の悪い時って連鎖するものだ。
幸い目撃者はいないみたいだけど、とノロノロと両手をついて顔を上げると、黒い何かと目が合った。
くろくて、おっきくて、まるっぽいおみみがあって、しっぽがながくて…………豹?
「っっっきぃぃゃやあああああああああああああああああああああああああ」
みたか、これぞ元バンシーの実力!
こんな時でなければ「私、やればできる子!」と胸を張りたくなるほどとんでもない悲鳴をあげて、私は飛び起きた。
やばいよやばいよ、ここってばどーぶつの森、もとい、獣人の森だった!
獣人の森については全くいい噂を聞いたことがない。森の外でたまにお茶をする白貂のキララさんや桃色兎のナナエさんに聞こうとしても、二人とも視線を逸らし、口を揃えて言うのだ。「森の中には恐ろしい生き物がいるから、絶対近寄らないほうがいい」って。
ほんとだ、すごくおそろしい!
「ごめんなさいすみません縄張り荒らす気はありませんでしたっ」
一息で謝って、またもやトンズラしようと試みたが、今度は脚がもつれてもう一度こけた。ちくしょー、私が何したってんだ!
ぐず、と泣きそうになりつつ再度立ち上がろうとする私に、手が差し伸べられた。
「……大丈夫か」
思わずその手につかまると、そのままぐいっと引っ張りあげられる。あれ、これってさっきの黒豹さん?
「あ、ありがとうございます……」
人型になった彼は、背の高い無表情な青年だった。彼は無言のまま私の頭をぽふぽふと撫でる。……落ち着かせようという気遣いだろーか。なんだ、けっこういいヒトだった。
「すみません、びっくりして……」
「いや、慣れている」
自分でやらかしておいてなんだけど、慣れちゃってるんだ? 可哀想に。
そっか、キララさんもナナエさんも、小動物だからな。黒豹の彼は無条件に恐ろしいんだね。今度教えてあげよう。案外いいヒトかもよ、って。(断言はできないけど)
迷子なのだと正直に告げると、ソータと名乗る黒豹さんはご親切にも森の出口まで送ると言ってくれたので、私はありがたく彼に案内してもらうことにした。
だって森にはまだまだ怖い生き物がいるはずだ。遠目にしか見たことないけど、たとえば蒼狼のイツキってヒト。
赤い頭巾の女の子を食べた、とか、いや食べようとしたら退治されかけたんだ、とかいう噂を聞いたことがあるもの。
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森の出口に差し掛かる頃、むこうから赤い毛色のわんこが走ってきた。どうやら慌てているようで、「わんわん」と犬の姿のまま何かをしゃべっている。……何言ってんの?
黒豹さん……ソータさんにはわかるのかしら、とそっとうかがってみると、彼は相変わらずの無表情のままだった。うむぅ、こっちもわからん。
でも、豹って猫科だもんね。「にゃーにゃー」だったらともかく、ねぇ。
わんこは一通り吠えたあと、しばらく返事を待つようにお座りしていたが、ソータさんがポツリと「……すまん、わからない」と言ったので、やっと気が付いて人型になった。
もっと早く突っ込んでやれよ! 説明し損じゃないか!
「大変だ、ソータ! ジャックが逃げた!」
そしてソータさんの腕を掴んで、今しがた私達が歩いてきた方向へと引っ張った。
「だからケセラン様の運び役、俺達の誰かに代理でやれって! とにかく、今から会議だ!」
「少し待てないか?」
「もうみんな集まってる。ケセラン様、癇癪起こしてるんだよ~。早く行かないと俺、背中を丸焦げにされる……!」
嫌だ~、そんなことになったらもうお婿に行けない~、と嘆くわんこ。耳も寝ちゃってて、なんだかすごく憐れに思えてきた。
まぁ確かに、背中が焦げたわんこなんてけっして見た目がいいとは言えないもんね。モテないね!
そんでもって、よくわからないけど、どーぶつの森を揺るがす一大事なんだね?
「あの、じゃぁ私、あとは一人で……」
一人で帰れます、と言おうとした私を、ソータさんはひょいっと抱き上げた。そしてどこかに向かって走り出した。ひ~、早い、酔う、おろしてー!
「あれ、そういやその子、ダレ?」
並んで走りながら、やっと私の存在に気付いたらしいわんこが言った。このぅ、お前の目は節穴か、だめっこどうぶつめ!
「迷子だそうだ。会議が終わったら送る」
……いやいや、いくらなんでもあそこまで送ってもらえたら、あとは道なりに歩くだけだったと思うんですけどね! 実はあなた、おばかさんですか!
それとも送るように見せかけて、実はやっぱりご飯にしようと思ってましたか? だから持ち帰るんですか?(ぷるぷる)
わんこは特に突っ込むでもなく、「そっかぁ、ほんとソータはいいヤツだよなぁ」なんてニコニコ笑いながら、ヒショウ、と自己紹介をした。ごめん、君のことは私の中で既にわんこで定着してるよ。しかも形容詞は「おばかな」だよ。
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どーぶつの森の会議場は、針葉樹の森の真ん中。月の光が真上に見えた。
本来、こんな場所に動物が集まっていたら、なんだかほんわかした気持ちになるだろうはずが、今はものすごい緊張感を伴なっている。
な、何が始まるんだ、生贄の儀式かっ? もしかして私イケニエ?
ここ3日間の畳み掛けるような不運を思い出し、最悪のパターンを想像していると、知っている声が話しかけてきた。
「あら、クミさんじゃないの」
「ソータくんの知り合いだったの?」
そこにはキララさんとナナエさんの姿。おや、小動物も参加の会議なのか?
「あ、こんばんは!」
あぁ、よかった、二人がいて。心細い時に知り合いに会えると元気になるよね!
「どうしちゃったの、クミさん。よりによってこんな時に」
「近づかないほうがいいって言ったのにぃ……」
キララさんは眉をひそめ、ナナエさんにいたっては半泣きだ。なにこの状況。
「あーぁ、ギセイシャがまた一人、か……」
噂の蒼狼、イツキさんが少し離れた所でぼそっと不吉なことを呟いた。
……これはもしかしなくても、「ケセラン様」とやらこそが「恐ろしい生き物」の正体だったんだろーか?
一体どんな姿をしているんだろう。山のように大きなクマとか? それともライオンとか? なんで私をそんな恐ろしい場所へ連れてきてくれたかなぁ、この黒豹さんは!
きっ、と抗議の視線で振り向くと、彼は斜め下に視線を逸らし、「……すまない」と謝った。あやまってすむ問題なんですかねーっ?
あぁ、もう、就職活動もお菓子もどうでもいいから、ここから逃げ出したい。(ぶつぶつ)
……ウィル・オ・ウィスプの本体は、人間に見える鬼火の部分ではなくて、それを持ち歩いているウィルさんである。
と同様に、同じ系統のジャック・オー・ランタンも、やっぱりランタンではなくてジャック(仮)さんが本体、の、はずだ。
鬼火は鬼火。ただの地獄の炎のひとかけらに過ぎない。そのはずなのだ。
しかし、何故だか知らないがジャックさん(どーぶつの皆さんがこう呼ぶので、私もそれに従うことにする)のランタンにはとんでもなく性悪な意思が宿っていた。
名前をケセラン様という。
ジャックさんは、悪魔をだまくらかした挙句に天国にも地獄にも入れなくなって、仕方なしに地上をさまよい続けることになってしまった悪いヒトなので、ある意味自業自得というか……。
そもそも、自分がだました悪魔からもらった鬼火なんだから、もうちょっと警戒しろよと言いたい。復讐の可能性とか。
で、そのジャックさん、どうしてもケセラン様との軋轢に耐えられなくなると、このどーぶつの森に「捨てランタン」して逃げて行くクセがあるらしい。
それをある日、うっかりおばかなわんこが拾ってしまったことから、ケセラン様は森の住人達を「しもべ」と呼び、我がまま放題するようになったという。……水にでも沈めてやればよくない?
2、3日もするとジャックさんも反省して(というか、アイデンティティークライシスに陥って)引取りに来るらしいが……今回は日が悪かった。
「絶対に人間界に行くなう! お前達が連れて行くなう!」
甲高い声がきぃきぃ、とわめく。みんな「お前がやれよ」みたいな空気をかもし出しつつ、視線を逸らして俯いている。うわぁ、こんなギスギスしたどーぶつの森なんてイヤだぁ。
「ん? そういえばオマエは誰なう? 見ない顔なう!」
あ、やば、気付かれたっ!
「いや、あの、私はただの通りすがりで……」
今すぐに立ち去ります、と逃げようとしたのに、キララさんが眼鏡の端を光らせて、言った。
「……そういえばクミさん、バンシーをクビになって、次のお仕事探してるんだったわね?」
ぎくっ。な、なぜそれをっ!
「アンジュがわざわざやってきて言ってたの。『あの子にはタヌキがお似合いよっ! きっとしょぼくれてるだろうし、仲間にしてあげる事ね』って」
あんじゅううううううううううう!
「わぁ、タヌキさん、かわいいよねぇ。しっぽがふっくらしてて」
「……そうだな。あ、愛らしいと、おもう」
「タヌキって犬科だよな! 何でも聞いてくれよ! この森、最近過疎っててさぁ。歓迎するぜ!」
黙れ、お前ら! イツキさんも「ぷっ」とか笑うなっ!
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タヌキとしてどーぶつの森に仲間入りする件についてはなんとか断ったものの、代わりにとんでもない役目を押し付けられてしまった。
「この角を右なう!」
私の頭には今、カボチャがかぶせられている。
断じて、好きでかぶっているのではないので、あくまで受動態ですよ! 「~~させられている」の形ですよ! テストにでるかもよ!
「きいているなう? そこの家でマカロンを絶対に手に入れるなう!」
「ぁ~、はいはい……」
あぁ、視界が悪い。自分の声もくぐもって、なんだかへんなかんじ。
「その次は三つ先の家なう! 急ぐなう!」
「はぁい……」
ジャックさんが逃げだしたくなった気持ちがよくわかる。そして、獣人達が嫌がった気持ちも。だってこの鬼火、意地汚いしうるさいし、ヒト使い荒いんだもん!
ところでさぁ、これは男性のお仕事だよね? だって「ジャック(=男)・オー・ランタン」だよ? なのになんで女の子の私がこんなメにっ!
「ノルマはあと15軒なう! 走れ、なう!」
「無理です」
そうだよ、やっぱりあのわんこあたりが引き受ければよかったんだよ。
「私は元バンシ―ですよ? あんな体力バカどもみたいに走れません。コケます!」
「つかえないなうっ!」
その後私とケセラン様は、ケンカしながらもなんとか全ての「めぼしい家」を巡りきって、山積みになるほどのお菓子を集めた。でも取り分は3:7だった。
もちろん、私が3の方。理不尽!
来年までに、もっとまともなお仕事見つけなきゃなぁ……。
*白貂 冬毛のオコジョのこと
*桃色兎 実在はしないと思われます
*蒼狼 「狼」、というと「蒼き」とつけたくなるのです
*ケルトにこだわるならカボチャではなくカブにすべきだったのでしょうが、カボチャのほうがかわいいので!