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脇役の分際 ぷらす。  作者: 猫田 蘭
あんはっぴーはろうぃん!
18/25

あんはっぴーはろうぃん! そのいち (拍手お礼改稿+α)

 ハロウィン。私はこの日が好きだ。

 

 なぜなら世界の境界が曖昧になる日だから。

 普段は掟に縛られ、あまりふらふらと人間の世界に行けない私達も、この日ばかりは自由に遊び歩ける。そして、目ぼしい家を回ってお菓子を集めるのだ!


 うっかり何を間違えたのかバンシーなんぞに生まれてしまった私だが、ハロウィンには大手を振って笑顔で人間の世界を歩けるのだ。やったね!


 と、珍しく浮かれていたら上司から呼び出しが来た。

 一気に気持ちが沈んだ。


 またお仕事だろうか。どっかの知らない家に行って、喉も裂けよとばかりに泣き喚くというこの仕事は、どうも私の性に合わないんだけどなぁ。野良バンシーの辛いところだ。

 これが屋敷憑きのバンシーだったら、家人の不幸以外は知ったこっちゃないし、そもそも身内のような気分なので、もしかしたら仕事も全うできるかもしれないんだけどなぁ。


 なぁんて、暢気な悩みを抱えていた一時間前の私の頭を両手で掴んで振ってやりたい。


「で、クーちゃん、バンシーのお仕事クビになっちゃったんだ?」

 今、私は藁にも縋る思いでアヤメさんのところに相談に来ていた。


 アヤメさんは由緒正しき吸血鬼である。つい先日使い魔のコウモリをパートナーにしたとかで話題になったのが記憶に新しい。

 まぁ、最終的に「でもアヤメさんのすることだしなぁ」で、み~んな納得してしまっていたけど。


「そうなんです。『あなたにはバンシーとしてのパッションがたりないの!』なんて言われちゃって。でもはっきりいって、あのひとのはパッションじゃなくてヒスなんですよ。影では大根役者って言われてるんですよ?」


 そもそも、屋敷憑きになれずに野良の総括なんぞやっている時点で、ベテランを名乗るとは片腹痛いわ! ただの年功序列じゃないか。それさえもコネのくせにぃ!


「今時、真夜中に大声で泣き喚いたらご近所にも迷惑じゃないですか。それよりも戸口のところでかぼそ~く『しくしく、めそめそ』って泣かれた方がぞっとしません?」

「……そんな風に棒読みで『しくしく、めそめそ』なんて一時間もやられたら、なんの嫌がらせかとは思うわね」

 アヤメさんは面倒そうに髪をかきあげた。


「でも、めずらしいわねぇ。クーちゃんがそ~んなにバンシーのお仕事に未練があるなんて知らなかったわぁ」

 ふあぁ、と気だるそうにあくびをしながら、ものすごく痛い所を突かれた。


 いや、まぁ、確かにこんな仕事イヤだなぁ、とか、私にはもっと適した仕事があるんじゃないかなぁ、とか思ってはいたし、そんな不満も漏らしてはいたんだけど。

 密かに転職考えた時期もあったけど、でも、だって!


「だって、このままじゃ今年のハロウィンが台無しです!」

 ハロウィンは人ならざるものが実体をともなって人間界に顕現できる日。

 しかし、野良バンシーでさえなくなった私は、現在、「えーっと……何?」の存在で、つまり実体が無い存在になってしまったのだ。

 実体が無いとおうちを回ってお菓子をねだることができない! なぜなら、お菓子をくれない人にイタズラできないから!


「それで、次の就職先を探してるの? お菓子のために?」

「お願いですからアイデンティティーのため、と言ってください……」


 下っ端でいいからヴァンパイアにしてください、とお願いしたにもかかわらず、アヤメさんは「サトルがヤキモチやいちゃうからぁ」とノロケるだけで相手にしてくれなかった。


 そして私の就職活動の旅が始まったのである。

 がんばれ私、残りあと三日!


          **********


 さて、再就職するにあたって一番気をつけなければいけないのは、やはり適正だろう。私に向いているお仕事……。できればこう、きらく~に、ふらふら~っと、だらだら~っと過ごしたいものなんだけどなぁ。


 ……は。いた。そんな連中がいた!

 森の中でふらふら遊んで、踊って、たまに草原に謎の輪っかをこさえたりしている連中がいた! そうだ、私、ピクシーになろう。


 というわけで、森の奥のおうちにはるばるやってきました。


「どちらさまきゅぴ~?」

 森の中なのにパステルカラーでやたらかわいらしい家の扉をノックすると、なぜかキャベツのお化けが出迎えてくれた。なんだこれ。使い魔?

 そういやどっかの国では「モッタイナイオバケ」なる不思議な妖精がいるって聞いたことがあるけど、そういうモノ?


「えーっと、こんばんは。私、ピクシーの仲間にいれてもらいたくて……」

 もしかするとあの3人は森の中で踊っている時間だろうか。両手をつないで輪になって一晩中くるりくるりと。


 バンシーのお仕事の陰気さに比べてなんと楽しそうな生活だろう。私がんばって踊るよ、体力の続く限りは。(あんまり体力ないけどな)


「あれ、野良バンシーの子だよね? どしたの?」

 ところが私の予想に反して、3人娘は家の中にいた。しかも、それぞれに鞄を持って。おや、どこに行くんだろう?


「お出かけするところだった?」

「うん。でもそんな急いでないから。なになに? ピクシーに転職したいの?」

 リョーコさんは豪快な性格なので(ピクシー自体がそもそも細かい事を気にしない性質なのか?)理由を聞かないでくれるのがありがたい。


「うん、そうなの」

 リョーコさんは、うーん、と首をかしげた。

「ねぇねぇ、靴を作るの得意?」

 横からクルミさんが変なことを聞いてきた。

 靴なんか生まれてこのかた作ったことなんかない。得意も何も、そういや構造さえよくわからない。正直に答えると、矢継ぎ早に質問される。


「じゃぁ、お裁縫は得意? お掃除は?」

 繕い物くらいならできなくはないけれど、一からドレスを縫えと言われたらそれはノーだ。あ、もちろん本を見ながらなら、できるんじゃないかなぁ、とは思うけど。

 お掃除は……それが得意だったらシルキーにでもなってるよ!


 んーと、とりあえず家事ができるかって聞かれてるんだよね? たぶん。

「えっと、お料理なら……」

「お料理は私がするから、いいのよ」

 にこっと笑いながら、けれども有無を言わさぬ迫力でアキコさんが言った。じゃぁどうしろと!


「ピクシーのお仕事はね、全部一晩ですまさなきゃいけないのよ?」

「しかも助けてあげた人間のお礼ときたら、なんとミルク一杯なんだよ~?」

「好きじゃなきゃ続かないお仕事きゅぴ~」

「……ゴメンナサイ」


 かくして、私のピクシー登用試験は不合格に終わった。

 ……歌って踊って旅人迷わせてるだけじゃなかったんだなぁ、あの子達。なんて過酷な重労働してたんだ。ごめん、ごめんよみんな!


 ハロウィンまで、あと二日。


               **********


 とぼとぼ、と歩いていると突然目の前に影が差した。ふっと顔を上げるとそこには……。

「やぁ、いい夜だね」

 悪魔がいた。


 ひいいいぃぃ、わたしこのヒト苦手なんだよぅ。物腰柔らかくて美形なんだけど、怖いんだもん。なるべく関わらないように避けてるつもりなんだけど、なぜかしょっちゅう出くわすんだよね。


 そもそもこっちの世界でも、魔族というのは他と一線を隔した存在だ。在り方が違う。

 本来ならアヤメさんだって、私達妖精族からしたら近寄らないほうがいいはずの存在なんだけど……、彼女はまぁ、変わってるから。


 しかしこのカイトという悪魔は本当に悪魔らしい悪魔なので、怖い。美しい顔と甘い言葉で人間を堕落させるだけでなく、噂によれば妖精族どころか同族まで毒牙に掛けていると聞く。

 実際、自称「カイト様の僕」はかなりの数存在するのだ。


「再就職探してるって聞いたよ? しかも、急ぎで」

 どこから聞いたんだ、なんて愚かなことは聞くまい。どうせあの自称僕たちの情報ネットワークだろうから。

 しかし、たかがバンシー一匹クビになったくらいのネタまでこいつの耳に届くとは、もしかして世界ってすごく平和なんじゃないだろうか。


「ええ、まぁ。存在意義に関わることですから」

「そうだよねぇ、オレ達人ならざる者は、『正体』ってやつがないと落ち着かないものだしね」

 彼は同情したように頷いた。……だまされちゃダメよ、私。悪魔っていうのはこうして心の隙間に入り込むものなんだからね!


「よかったら、いい話があるんだけど」

 ほらきた!

「オレと契約して魔女にならない? 魔女なら、人間界でもメジャーな仮装だし、きっと君ならかわいい魔女になるよ。お菓子もたくさんもらえるよ」


 魔女……?

 ふむ、思いのほか悪くない話かもしれない。使い魔になれとか魂よこせとか言われるのかと身構えていた分、提案がまともでちょっと安心した。

 魔女ならけっこう自由行動が許されるし、バンシーの頃より楽しいかもなぁ。人間界との行き来もわりと緩めだし、ふつーに人間に混じって生活することもできるし。……正体バレたら大変だけど。


「それに、イベントが好きなんだったら、ちょうど今夜もオレのパーティーがあるよ? 今から参加しない?」

 はて。何かの記念日だろうか。彼のパーティー。つまり彼のために開かれるパーティー?


 ……ぁ、わかった!

「それ、サバトっていうパーティーじゃありません?」

「うん」

 にこっと笑う悪魔を前に、私は三歩ほど後ずさった。だってサバトって言ったらあれだ。あんまり、こう、教育上よろしくないことをする宴のはずだ。

 仕えている悪魔に対して魔女達がオモテナシする系の。


「いえ、私、健全なイベント専門なので」

 キッパリお断りして逃げようとした私の背後から、とろけるような声がした。


「あらあら、この子がカイトのお気に入りですのね」

「バンシーだとは聞いていたけれど……。あまりバンシーらしくないわね」

「ふぅん。……カイト、この子怖がってるみたい。なんで?」


 気が抜けているところでウッカリ聞いてしまったら、膝をついてしまったかもしれない。

 これは天使の声だ。天使の声は聞くものの気持ちをほぐし、闘争心や敵愾心を奪う。ただでさえ魅了の力の強い悪魔の前でそんな状態になったら、パクリといかれちゃうよ! 耐えろ私!


 幸か不幸か私は元野良バンシー、現在失業中。幸福度はかなり低いからそう簡単には祝福状態にはなれない。(ほろり)


 振り向くと、そこには美しい天使の3姉妹がいた。

 いや、正確に言えば元天使。つまり、堕天使というやつだ。そういやこの前、結構高位の天使を3人、一気に堕天させたって噂が出回ったっけ。


「はじめましてクミさん。わたくし、元力天使のレミエル、今はレミアと名乗っております」

「ルビエル……ルビアよ」

「リリエルっていうの。リリアと呼んでね」


 うわぁ、ほんとに堕天しちゃってるよ。エルの称号捨てちゃってるよ! にこぉっ、と微笑む顔はまだ天使そのものなのに……。あぁ、罪深い悪魔めぇっ!

 しかしさすが堕天使、ルビアさんがとんでもないことを提案した。


「カイト、この子、私達のペットにしてはだめかしら?」

「まぁ、かわいいわねぇ。じゃぁ、黒猫さんね」

「猫! リボンはわたくしに選ばせてね?」

 そしてレミアさん、リリアさんがきゃっきゃとはしゃぐ。前言撤回、すぐに悪魔になれそうだな、この3姉妹!


「わ、私、またたびキライなのでっ!」

 そうして今度こそ、走って逃げた。


「気が変わったらいつでもおいで」

 背後から優しげに誘う悪魔の声に耳を塞いで、私は更に足を速めた。


 ……タイムリミットまで、あと一日。



*妖精さんに関する適当な解説


今回出てくる妖精たちはみんな、キャラクターとお話の都合上、実際の伝説などから若干存在を曲げてあります。

昨今の「なんでも可愛い女の子にしてみようぜ」ブームに乗ってみました。


【バンシー】

女性の姿で、死人が出る予定の家で泣き叫ぶ妖精。


【ピクシー】

小人さん。小人の靴屋など、御伽噺に出てくる類の妖精さん。人間のお手伝いもするけれどいたずらもする。

森の中で踊っていたりして、旅人を引き込んで一晩中迷わせることも。


【シルキー】

たぶん、有名な落ちモノゲームに出てくるキキーモラみたいな妖精。キキーモラはドイツ出身ですが、ハロウィンはケルトのお祭りなので、今回はなるべくイギリス系の妖精に絞るようにしてます。よって、あえてシルキー。


*その他の用語解説

宗教の学問というのは諸説云々ありまして、私が持っている資料は古いものが多いですから、最近ではまた解釈が変わっているようです。

けれども、私は手持ちの本の解釈の方が好きなので、そちらに従います。

お詳しい皆様、正しい説と違う、と思われましてもどうかご寛恕願います。


【力天使】

りきてんし/ヴァーチュース

第5位の天使。天使の階級は上から9つに分かれているらしいので、その真ん中くらい。


【~~エル】

天使の名前は「el」で終わります。意味は「輝けるもの」。

堕天するとその称号が奪われます。

例:ルシフェル→ルシファー


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