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脇役の分際 ぷらす。  作者: 猫田 蘭
なう ろーでぃんぐ
17/25

なう ろーでぃんぐ4 (拍手お礼修正+α)

 私の名前はクミ・モリサワ。ギルドの受付のおねーさん……の助手が本職だが、最近実家の両親が帰ってきて結婚しろとうるさい。しかも相手がまずい。

 ギルドの伝手を頼って更に逃亡することも考えたがあのカイト様のことだ、どこかから情報を手に入れてしまうだろう。

 なんでそこまでして私と結婚しようとするのかは知らんが。そして私も、なぜこんなに彼から逃げたがっているのかがよく分からない。あれ、なんで?

 まぁいいや。さしあたっての問題は、街中を歩くのに身の危険を感じるような事態になってしまったということだ。うふふ、どうしよう。


 とりあえず珍しく行動の早かったアヤメおねーさんが護衛を手配してくれたそうだが、ケセラン様のところに、というのが若干の不安要素だ。大丈夫かなぁ、誰が来るんだろう。


 終業時間まであと10分、という頃に、ギルドの扉が開いた。反射でそちらに目をやると、そこにはソータ・リンドウの姿。おや珍しいな、いつものパシリはどうしたんだろう、と一瞬思ったけど、違いますね。彼が私の護衛なんだね。


 私は初めてケセラン様の采配に感心した。適材適所じゃん! いつもは、がさつなヒショウ・ナカヤマに芸術品の運搬させたり、愛想を知らないキララ・ネギシを酒場の助っ人にやったり、マダムキラーのイツキ・フクシマをどっかの奥さんの浮気調査に出したり、戦闘力皆無のナナエ・ミズハシに大型動物の捕獲命令したりするのに。

 確かこのソータ・リンドウだって、先週ベビーシッターに行ってたはずだ。いや、彼は良い人だよ? 良い人なんだけど、一見無表情で怖いんだって。無口だし。子供の相手には向かないだろう。


 でも、私の護衛にはうってつけだよ。今までわざと評判を下げるような人材派遣していたケセラン様も、いい加減心を入れ替えたんだろうか。このままだと仕事が本当になくなって傭兵団が自然消滅するって、やっと気が付いたんだろうか。

「護衛の依頼で来た」

「はい、私です」

 彼と口をきくのは引ったくりを捕まえてもらって以来だ。だって、とにかく無口なんだもん。

「お仕事、もうちょっとかかるんです。そちらで待っててください」

 適当な椅子を指差すと、彼はこくり、と頷いた。



「すみません、こんなくだらない事で……」

「いや」

 女の子のアイドルとちょっと婚約してるだけで、ファンの皆さんから恨まれているおそれがあるので護衛してください、とかな。傭兵団に依頼することじゃないよね。あ、でもケセラン様のとこはこんなのばっかりか。

「ついでに買い物にまで付き合っていただいて」

「構わない」

「しかもあの、荷物まで持っていただいて」

「問題ない」

 どうしよう、会話が続かない。単語でしゃべらないで、言葉を惜しまないで! 舌先三寸で生きてきた私に、この沈黙はきついんです。


「えーと、先週のベビーシッターはどうでした?」

「……。最終的には、うまくいったと思う」

 最初の沈黙は、なにかの後悔とか葛藤だろうか。最終的にはって。どゆこと?

「怖がって、泣きつかれて、寝てしまった」

 うわ、ヒドっ。

「それは、傷つきますね」

「慣れている」

 なんだろう、この人がすごく不憫に思えてきた。そっかぁ、誤解されやすいんだろうな。話してみると、物静かで良い人なのに。


 やがて借りている部屋にたどり着くと、ドアの前に人だかりができていた。なにごと!

 なんて考える間もなく、聞こえてきた声に思わずしゃがみこんだ。


「出てきなさい、クミ・モリサワ! ここに住んでいる事は分かっているのよ!私と勝負しなさい!」

 アンジュだよ……。なにあの芝居がかった声。相変わらず目立つの好きだよねぇ、じゃなくて。

「追い払うか?」

「いえ。逃げます」

 リンドウがどの程度強いのかはよく知らないのだが、きっと剣の腕は立つのだろう。そんな噂を耳にしたことがある。

 しかしアンジュのお付のミドリ・ノジマはかなり体術に長けていたはずだし、そうは見えないがヒカル・ムラヤマは元暗殺者だ。こんなアホどもに付き合って怪我なんかしたらこっちが馬鹿みたいじゃないか。


「とりあえず、キララのところ……は、監視が付いてるかもしれませんね。どこか別な場所に行きます」

「分かった」

 反論しない、無駄口を叩かない、状況を見誤らない。この人、護衛としてすごく理想的だよね。その気があるなら父に口利きして引き抜きたいくらいだよ。


 身を隠すのによさそうな場所の心当たりはありますか? と聞くと、彼は少し考えた後、私をある場所へ連れて行ってくれた。


 そこは、ある種の別世界であった。この街の夜の顔。つまりは色街というか繁華街と言うか。こんな真面目そうなリンドウがここに躊躇いもなく足を踏み入れた事にビックリした。まぁ、うん、お年頃だもんね。なにも言わんよ、聞かんよ。

「……うちの門下生が、この街で用心棒に雇われる事があるんだ」

 あ、私から物分りの良い視線を感じたのか、言い訳してる! 心なしか顔が赤い。何この人、可愛い。

「その縁で、ある闇医者に伝手がある。そこなら、きっと」

 なるほど、いかにも身を隠すのに良さそうな怪しい場所ですなぁ。彼の馴染みの娼館とかじゃなくてちょっと残ね……げふげふ。いえ、ほっとしましたよ。


 艶やかな客引きのおねーさん達の勧誘をかわし、胡乱な飲食店の脇を通り、明らかに放置してはまずそうな連中がたむろする宿の密集する路地をすり抜けて、やっと私たちが辿りついたのはこれまた大変怪しげな建物だった。

 え、ここ? ほんとにここ? なんか本当にヤバそうなんですけど。さっきの宿にいた連中がそそくさと目を逸らして通り過ぎてますけど! ひぃ、よく見たら壁に「タスケテ」とか「ニゲロ」とか書いてあるぅ!


 私がドン引きしているのも構わず、リンドウはすたすたと建物の裏手に回り、知っていないと気がつかなそうな位置にある呼び鈴を鳴らした。すみません、親切に連れてきてくれたご厚意には感謝しますが今すぐ帰りたかったです。

 しかし残念な事に、ドアはすぐ開いてしまった。中から顔を出したのは……。

「あっれぇ、ギルドの裏ボスさん?」

 モモカ・メラという、採取依頼の常連さんだった。


「あぁ、噂聞いてるよー。親が勝手に決めた婚約者はカイト様だった! とかおいしい設定だよねぇ」

 設定ってなんだ。どうもこのメラさんは、噂話を集めたがる傾向がある。こんな怪しい診療所で薬師として働いていたとは知らなかった。てっきり情報屋でもしてるのかと。


「全く、俺は今大事な実験をしてるんだ。そもそもここは避難所ではないというのに」

 闇医者兼、このラボ(と言い張ってるよ、この怪しい建物を)の所長と名乗るリョウ・タキガワ氏がイライラしながらせわしない足取りで、それでも中を案内してくれた。いや、あの、研究内容とかこれっぽっちも興味ないんで。一晩泊めていただけるだけで。

「ともあれ、丁度いいときに来たのだから特別に見せてやろう」


 私達はタキガワ所長に連れられ、えっちらおっちらと階段を上り、建物の最上階までたどり着いた。

 その部屋は真ん中に巨大なフラスコのような水槽が一つあるきりで、いやに殺風景だった。なんだあれ。ちょうどその真上に、大きな天窓が開いていて、月の光が差し込んでいる。そういえば今日は満月だったっけ。あれ、中で何か動いた? 人間みたいな、なにかが。


「紹介しよう、俺の傑作、ホムンクルスっぽい何か。ハヅキだ」

 なんですと! ホムンクルスは法律で製造が禁止されてるはずなのに!

「問題ない。何故ならホムンクルスではなく、ホムンクルスっぽい何かだからな」

 タキガワ所長は全く悪びれずに、胸を張って答えた。あぁ、知らなければよかった。


 それから彼は、製造過程の違いやら特殊な能力やらを長時間にわたり説明してくれた。どうやらこのハヅキさんは男女どちらにでも変幻自在で、なおかつその時の性別の「同性」を惹きつける力を持っているそうだ。なんでまた同性なんだろうと思わなくもないが、どうでもいい。むしろ何故そんなこと聞かされなければならんのか。

「君は金持ちの娘なんだろう? この研究のスポンサーになってくれるよう、ご両親に頼んでくれ」

 ここで自分の心に正直にキッパリ断っては今夜の宿を失ってしまう(今から移動するなんて無理。疲れた)ので、引きつりながらも「考えておきます」と答えておいた。


 そしてやっとメラさんに案内されて、客室とは言いがたい、むしろ手術室だよね? という部屋にたどり着いた。いきなり押しかけて泊めてもらう身でこんなこと言いたくないけど、朝になったらバラバラにされてそうな気がする。怖い。真っ青な顔でベッド(手術台)を見つめている私に、ここに来てから一言も言葉を発しなかったリンドウが言った。

「俺が部屋の外で見張っている。安心して休め」

 頼もしいんだけど、どう考えても報酬に見合わないよね。流石にそこまでさせるのはちょっと。と遠慮すると、彼は私の頭に手をのせて、頷いた。

「お前の護衛が俺の仕事だ。気にしなくて良い。そもそも、ここに連れてきたのは俺だ」

 その手の暖かさになんだか安心してしまい、私は素直に部屋に入って眠る事にした。

 おやすみなさい。


             ぐぅ。


 朝起きて、部屋の外に出ると何かが転がっていた。何かって言うか、人? いち、にぃ、さん。三人。なんだこれ? ドアの少し横に、リンドウが直立不動で立っていた。ほんとに一晩見張っててくれたんだ……。ていうか、王宮の門番か!


「おはようございます。あの、コレ、なんですか?」

「よく眠れたか?」

「えーと、はい、おかげさまで」

 実際、なんだか意識が堕ちるように眠ってしまったのだ。なにあのベッド、怖い。麻酔掛けられたみたいにブラックアウトしたよ?


「それで、これは?」

 積み重なって倒れている三人を、大回りして避けて部屋を出た。いずれも髪の毛ぼさぼさで、眼鏡かけてて、ズルズルの黒いローブを着ている。何かの新興宗教みたいにそっくりお揃いだ。

「……解剖がどうとか言って入ろうとした」

 ひぃぃぃ! やっぱりそうだったんだ、あのまま一人で寝てたら今頃私バラバラだったんだ! 何て恐ろしい所だ。こんな危険な場所で寝るよりは、アンジュを適当にあしらって追い返して、なんとか自分の部屋で寝るほうがまだマシだ。今日は絶対おうちに帰ろう。


「えっと、この人たち、どうしましょう?」

「そのうち目を覚ます」

 いや、そうだろうけど。こんな危ない連中、野放しにしといていいのかなぁ、とね? 役所に突き出したほうが……って、あぁ、そんなことしたらここの所長もただでは済まないな。本人がなんと言おうが、人造人間の研究なんかしてるんだから。

 手配書にでも乗ってなかったかしら、と三人の顔をもう一度眺めていると、一人が身じろぎをして眼鏡が床に落ちた。


 ん~? おやおやぁ?

「あ! ケンジ・マツザワ!」

「知り合いか?」

「いえ、ただ……数人を相手に結婚詐欺をしたとかで、2年前に国外追放された人です」

 とんでもなく美形なジゴロだったはずだ。目を合わせると腰が砕けるとかなんとか。それがまぁ、なんという姿に……。


 せっかくなので残り二人の眼鏡もリンドウに取ってもらう。

「マサト・ナカガワは貴族の女性に対する暴言の罪で王立研究所から追い出されました。アキラ・キクチはある歌姫に熱狂的な手紙を送り続け、彼女を精神的に追い詰めた罪で歌劇場への出入りを禁じられた人です」


 いずれも、そのままの姿では行動しにくくなって、こんな姿でコソコソ生きてたんだろうなぁ。解剖したがってたのはおそらくナカガワだろう。人体構造学を専攻していたから。

「捕まえた方がいいのか?」

「それには及ばない」

 そーですね、とりあえず捕まえちゃいましょう、と言おうと思ったのだが、タキガワ所長に遮られてしまった。


「そんなでも優秀な助手たちだからな。昨夜は客人の事を伝え忘れたから、勘違いしたんだろう。済まんな」

 ちっとも申し訳なさそうじゃないけど、客人じゃなかったら良いのか、というツッコミを飲み込んで、私は頷いた。そうだよね、後ろ暗い事を担当する人たちも、こういう世界にはきっと必要なんだろうね、あはは。


 というわけで、私とリンドウはなんとか無事に恐怖の屋敷から脱出したのである。やれやれ。


 気力を振り絞って出勤すると、そこは何故か4人の男女による愛憎劇場と化していた。あくびをかみ殺しながらどこかの民芸品みたいに首をこくこく振っていたアヤメおねーさんに状況を聞くと、どうやらうちで販売した目薬に混入した惚れ薬が起こした悲劇というか喜劇らしい、ということが判明した。……何故混入したんだ?


 とりあえず見たところ、シズカ・ナツメをヒサシ・スズキとアキヒロ・ホウジョウが取り合っていて、フミカ・タツミが怒り狂っているらしいことが分かった。……この4人はたしか、仲良しだとばかり思っていたんだけどなぁ。タツミとホウジョウがもうすぐ結婚する予定で、ナツメとスズキはそれぞれの付き添い人をするはずじゃなかったか? 何をどうしたらこんな事になるのだろう。


 とりあえずタツミは今すぐ二人に解毒薬を飲ませろと言うし、ナツメはホウジョウにだけは解毒薬を使うなと言うし。……あれ、じゃぁスズキにはとりあえず解毒薬を出していいのかな? ロジックパズルだとそういうことになるよね。


 私の護衛が終わって帰ろうとしていたリンドウを呼び止めスズキをおさえつけてもらい、ナツメに恋心を語り続けるその口の中に解毒薬を流し込んだ。は、お代の交渉するの忘れてた。だってタツミのヒステリーがひどくて、早くお引取りいただきたくなったので、つい。


 まぁとりあえずスズキが正気に戻ればもうちょっと事情が見えてくるだろう、多分。流し込んだ解毒薬が気管に入ったのか、ものすごく苦しそうにむせているスズキを、リンドウがなおも抑えている。いやいや、もう良いから。楽な姿勢とらせてあげて! 案外融通きかんな。


「ゲフっ、ごほ、ごほっ! お、俺は一体、何を……!」

 効果覿面だなぁ。こんなに即効性の高い薬って、実はキケンなんじゃないかなぁ。私が飲むわけじゃないから良いけど。とりあえずホウジョウにも投与してこの騒ぎを収めたいんだけど、どうですかね?

「だめよ、だめ! アキヒロはやっと私のものになったのよ! 誰にも渡さないわ」

「アキヒロは私と結婚するの! なによ、友達面して、ずっと狙っていたのね! この卑怯者!」

 しゅ、修羅場だ……。てゆーか、取り合うほどいい男かぁ? コレ。(失礼)


「フミカ! そんな男の事はもう忘れるんだ。俺が……俺がいるから! 俺のほうが、君をあいしてるんだ!」

「本当?」

 ……なんだこれ。なにこのぐだぐだ。おかしいなぁ、なんでこんな、安直、な……。


「アレ?」

 顔の上に何か乗っている。なんだっけ? あー、えっと、そうだ、本だ。『夏の夜の夢』だ。なるほど、最後のシーンはこれの影響かぁ。え、じゃぁ私の役割ってパック? オベロンさま? えー。

 そういえば眠りに落ちる寸前、あの4人の関係と似てるようなそうでもないような、とりあえず薬の力でうまくペアになりましたってそいつぁハッピーエンドとは言ってはいけないような、とか、考えてた気がする。


 しかしまぁ、目が覚めてよかった。手術室で寝たあと、そのまま起きなかったから今度こそ夢と現実で反転しちゃう所だったのかもしれない。いやぁ危ない危ない。っていうか、起きてるんだよね? こっちが現実なんだよね?

 なんだかなぁ、と思いながら、本を閉じてアプリを立ち上げる。……今夜中にクリアして、とりあえずこの夢を封印だ!


 小さな画面の中で、ドット絵の勇者様が「まかせとけ!」と拳を振り上げた。

がんばるのよ。私は小さな声で応援して、『魔王の間』へと彼らを送り込んだのであった。



                         The End…?


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