なう ろーでぃんぐ2 (拍手お礼修正+1)
先日ダウンロードしたアプリゲームには、もしかしたら夢に作用する魔法か呪いでも掛かっているのかもしれない、と思い始めたが今更やめられないとまらない。
やっと中ボスを倒して現在お話はインターバルというか、ほのぼのパートに突入中だ。ここで街の人達といっぱい交流しとかないとエンディングがやたら味気なくなってしまう仕組みだったはずなのでまめに話しかけて、悩み事を解決して回っている。
本編のせわしなさに比べてほのぼのしすぎてて眠いよぅ……。
なんで世界を救う勇者様がおじいちゃんの入れ歯探しにパンツいっちょで噴水に飛び込まなきゃならんのだ。噴水止めて網ですくえよ……。
ぐぅ。
私の名前はクミ・モリサワ。ギルドの受付のおねーさん……の助手である。
今日の仕事はオフなので、お買い物をしようと思い立った。
お日様の下を歩けるって素敵。だっていつも、一日中あの薄暗くてなんだか汗臭いギルドの中にいるんだもん。まぁ最近、街中歩いてると一部の女の子の視線が怖いけどな! だれかさんのせいで。
うぅ、そういえばあの人また来るんだよなぁ……。
とりあえず雑貨屋さんでお化粧品買って、どこかでお食事して、王立図書館に寄って、適当に食材を買って帰ろう。差し支えなさそうな場所だけ思い浮かべ、私は今日の予定を組み立てた。
まずは雑貨屋さん。
この雑貨屋さんは、町では有名だ。経営している夫婦が。(って、この町こんなんばっかりか)
テツオ・ニトベとその妻ヨーコは、誰がどうみても父娘にしか見えない。あれで二人は同い年だというのだからそれはもう驚きだ。何故か結婚式に招待されて参列した私でさえ、パパのお手伝いを一生懸命している娘にしかみえない。
二人とも自覚しているので、たまにやってくる外のお客にはあえて勘違いさせて、けなげな娘の姿に感動していらないものまで買わされる被害者を量産している。恐ろしい夫婦だ。商魂たくましい。
まぁ、私はだまされないけどねっ!
「あ、ギルドの裏ボスさんだー」
ちりりん、と涼やかな音を立ててドアをあけると、第一声から大変失礼であった。
うん、まぁ、彼女が失礼なのはデフォルトだ。怒っちゃダメ、怒っちゃダメ。(自己暗示)
「……こんにちは。いつもの化粧水欲しいんです。あと、グロスも」
「いつものー? んーと、あったあった。あ! でもたまには違うのどうかなぁ。新作いれたんだよ。てっちゃぁん! てっちゃーん、アレもってきてぇ」
断る間もくれないのもデフォルトだ。落ち着け、クールに行こうぜ、私。
「今日はあまり時間がないし、新作とやらは今度でいいわ」
「えー、そんなこと言わないでよぅ。ちょっと仕入れ伝票間違っちゃって、在庫大変なの~。おねがぁい」
うっ。そんな目で見つめるとは卑怯なっ。
こうして私は、悔しいことにニトベ夫婦の餌食になって、普段使っているものの2倍のお値段の化粧水を買わされたのであった。……お人よしのこの身が憎い!
気を取り直してランチタイムだ。実は目をつけてたお店があるんだよねぇ。オープンテラスになっていて、すっごくお洒落で、お手ごろ価格のお店。
普段は色気のかけらもない職場にいるので、たまにはこういう女の子らしい所に行かないとね!
けれども残念な事に、お年頃の女の子たちの考える事など似たり寄ったりらしくて、お目当てのお店は大混雑中だった。
列に並んだとしても予約のお客さんがまだまだいっぱいで、とてもいつご案内できるか分かりません、と断られてしまった。うぅ、残念。こんな事ならさっきの雑貨屋でのらりくらりと逃げ口上探さずに、とっとと折れていれば良かった。無駄に時間をロスしただけだよ……。
どこか良いとこ無いかなぁ、とふらふら彷徨っていると、聞き覚えのあるお店の看板を見つけた。
『カップ&ハート』ってお店、確か『フェアリー』の子達のお気に入りだったよね? 外見はやたらメルヘンチックで、まるでお菓子の家みたいだ。どうしよう、入ってみようかな。
少なくともこの外見のお店にいつも見ているようなむさい連中はいないだろうと、ある意味安心して入った。確かここは、アップルパイが絶品だとか言ってたよね。メインを軽いお食事にして、デザートにお願いしちゃおう。
「いらっしゃいま、せ……」
わくわくしながら入ったのに、迎えてくれたウェイトレスさん(?)が何故かいきなりお盆を取り落として泣き出してしまった。な、何、一体?
お盆の音に、厨房の方から二人の男性が飛び出してきた。
「何事だ、アキラ」
「どーしたぁ?」
うわ、ちょっと、私知らないよ?こっち睨まないでよっ。
「ち、ちがう、の、やっと、やっとみつけたから、うれしくて……」
女の子がひくひくとしゃくりあげながら私の弁護をして……くれたんだよね? 意味わからんけど。しかし、二人には通じたらしい。安堵のため息をついて、改めてこちらに向き直った。
「……えー、あー。失礼しましたお客様。コイツは、その、ちょっと勘違いして驚いたようです」
「とりあえずお席へどうぞー」
……なんか誤魔化された気がするけど、まぁいいや。うん、誤解があったんだろう、色々。
ギルドでお仕事してるといろんなことに出くわすものだから、スルーは得意ですよ? 都合の悪そうな事には首を突っ込まない。これがこの世界で生きるための鉄則だ。
結局、お昼はクラブハウスサンドと、アップルパイを注文した。アップルパイはお店のサービスにしてくれるそうだ。迷惑料というか。
焼きたてのアップルパイにバニラのアイスが添えてあって、アールグレイの紅茶と一緒にいただくと本当に幸せな気持ちになれる。……隣に座ってうっとりと私を見つめる女の子さえいなければ。
「おいしい? アツシのアップルパイって世界一なのよ」
「……はい、おいしいです」
「紅茶はタカフミが入れたの。アールグレイ、すき?」
「……はい、すきです」
「うふふ……」
だ、だれかやっぱり説明してえええ!
美味しかったけど気疲れのする食事(たしかカイト様と夕食に行ったときもこういう気分だった)をやっと終えて、私はふらふらと図書館へ向かった。
お昼までに大分疲れてしまったので帰ろうかなとも思ったんだけど、なんかスケジュール変更するの癪じゃないか。こうなったら意地でも制覇してやるんだ、と根性でたどりついた。
図書館は素晴らしい。何が素晴らしいって、品揃えは結構いいのに町の人達はあまり使用しないので、知り合いに会いにくいところ。
ここで会うのはキララくらいで、彼女も私と同じく静寂と平穏を好む人(のはずだったのに何で傭兵団に……)だ。ここなら存分に、本を積み上げてゆっくりできる。
そんなこと言うとアヤメさんなんかは「家で読めばいいのにぃ」ともっともなご意見をくれるが、私はここの雰囲気が好きなんだよ。
古いインクの匂い。光を浴びた埃の匂い。右を向いても左を向いても前も後ろも本だらけ。あぁ、私、いつかはこういう書庫を作るんだ……。
と、幸せな将来を描いてふにゃっとしていたら突然館内が騒がしくなった。なんだなんだ?
「見つけたわよぉ、クミ・モリサワ!まさかあなたがこんな町に隠れていようとはね!」
げげげ!
「あ、アンジュ・シノザキ! と、お付きの二人?」
「あなたを探すのに随分苦労させられましたよ」
「すみませんすみません、お騒がせしてすみません!」
よりによって厄介なのがきちゃったよー。なんでここがわかったんだ。
「フン、モリサワの屋敷にいた頃もずーっと書斎にこもっていたあなたの事だからと思って、大きな図書館のある町をしらみつぶしに探したのよ!」
探したのはお付きの二人でしょうが。
「……とりあえず、外に出ましょうか」
周りの目のプレッシャーに耐え切れず、私は泣く泣く読書を諦めた。
私の家は下級貴族で、血筋はそれ程でもないのだが代々貿易の商才があった。よって、かなり羽振りがいい。
アンジュの家はその逆。血筋はそこそこ良いが、道楽が過ぎて家計を圧迫し、今では同じくらいの家柄の人々との付き合いを保てないほどになっている。
というわけで我が家とシノザキ家の領地が近かったせいもあり、彼女の父親のたっての希望で、彼女と私は「お友達付き合い」をする羽目になった。
父に融資してもらうための手段の一つなんだろうけど、とにかく苦痛だった。思い出したくない程度には。
やがて気の早い母が私に婚約話を持ってきたので、私はさっさと家から脱走して、現在に至るのだが……。なんで追いかけてきたんだろう。
「勝ち逃げなんて許さないわよ! あのお方との婚約話までいただいておいてそれを蹴って逃げ出すなんて、私に対する挑戦?」
あのお方ってダレ。いやあの、相手が誰なのかも知らずに逃げ出したものでね。
だってさ、きっとロリコンのオジサン貴族の後妻とかにやられちゃうと思ってたから……。アンジュが悔しがるような相手だったのか。
いや、でも聞きたくない。嫌な予感がするもの。絶対、絶対聞きたくなんかないからね!
「国王様の覚えもめでたいカ……」
「キャーーーー!」
飛び起きた。意志の力で飛び起きたよ? 聞いちゃいけない名前は聞かなかったからね! いやぁほんと、このゲームなにかあるんじゃないの?
っていうか私の設定に新しい情報が追加されてたなぁ。我ながら美味しい設定な気がする。(婚約者云々は置いといて)下級貴族の娘が家を飛び出して、ギルドで事務職とはまたまた……。まぁ、夢なんだからそのくらいのご都合主義で良いよね?
あ、そういえば、まだ食材の買出しに行って、ないな……。
ぐぅ。
あれ……? 私、さっきまで何してたっけ。図書館に行って、本を探して……お目当ての本がなくて諦めて出てきたんだっけ。
なにか困った事がおきたような気がしたんだけど、気のせいかな。最近なかなかお休み取れなかったから疲れてるんだよね、私。変な白昼夢でもみたんだろう。
こういう時はやっぱり無駄に外出なんかしないで早く帰って休むべきだよね。さぁ、夕食の買い物してかえろーっと。
贔屓にしているパン屋さんに行くと、店から出てくる人々の顔が一様に微妙なゆがみ方をしていたので、すぐに店番が誰で、さらに誰が来ているのかもわかった。
からら~ん、と、ニトベ夫婦の雑貨屋とはまた違った音をたてるドアを押してしぶしぶ中に入ると、ここの看板娘ケーコ・アオイと肉屋の息子ケイスケ・アカイがいちゃついている真っ最中。
「ケイスケくん、いつも手伝ってくれてありがとう」
「なにいってんだよ、俺、いつも暇だからさぁ」
……肉屋の息子は冒険者になると言って家を飛び出したものの、一向に芽が出ず、採取依頼とスライム退治と荷物運びの助っ人で糊口をしのいでいるはずだ。
暇ってこたぁないだろう。剣の腕磨くとか、依頼の多い採取品をとりだめしとくとか、いっそ実家に帰って家業手伝うとかあるだろう。
はっきり言おう。君がここに毎日何時間も居座ってケーコさんとじれったくいちゃつく姿は、すでに公害だ。来る度に同じやりとりを聞かされるお客の身にもなってくれ!もう3年も経つのに同じ事繰り返しやがって!
「ごめん、そこの……あっ」
「あ、わ、わりぃ」
伸ばした手がちょっと触れ合っただけで一々顔を赤らめて照れるなっ! 見てるほうがこそばゆいわ。
ここのクロワッサンが絶品と言っていいほど美味しくなければ、お店変えるんだけどな。現に、辟易しながらカウンターに列を作っている人々は皆、この時間に焼きあがるクロワッサンがお目当てだ。それ程美味しいのだ。
まぁ、行列が長いのは彼らがいちゃつくのに夢中で仕事が滞ってるせいなんだけどね!
やっとパンを買って外に出た頃には、大分暗くなっていた。あぁ、疲れた。せっかく焼きたてのパンを買ったのに、もうこのまま眠ってしまいたいほど疲れた。
よろよろと歩いていると後ろから声をかけられた。
「あ、クミさん、ちょうど良かったわ」
キララ・ネギシだ。そういえば今日は図書館では会わなかった、よね? どうも図書館の記憶が曖昧だな。なんだろう。
「キララ、こんばんは」
キララは、私が小さい頃に屋敷に滞在していらした学者さんの娘で、幼馴染である。家を飛び出したときもコッソリ協力してもらった。
なかなかの魔法の使い手で、将来有望だったのに、なぜかケセラン様の傭兵団なんかに入っちゃって……。なんとか抜けさせる事はできないものかなぁ。
「奥様からクミさん宛のお手紙がきてるの」
なんですと!
「え、え、お母様、私がここにいるってご存知なの?」
「……ごめんなさい、クミさんがうちに逃げてきた日のうちに、父が連絡してしまったみたいなの。もちろん、しばらく本人の好きにさせてあげて欲しいっていうお願いの形で」
あー、うん、ネギシ先生は真面目で律儀な方だから、パトロンだったお父様に義理立てなさったんだろうなぁ。
「旦那様も奥様も、ご承知なのよ。自分でお金を手に入れるというのがどういうことなのかを知る、良い機会だろうって」
「そっか……。先生には本当にご苦労をお掛けして、悪い事しちゃった」
両親の掌の上で泳がされていた事実はショックだが、まぁそうだよねぇ。流石に世間が分かってきた今では、納得の事実だ。
私は手紙を受け取って家に戻った。
クミさんへ
お元気ですか? ネギシ先生からあなたの様子はうかがっています。大変立派にやっているそうで、わたくしも鼻が高いです。貴女は昔から、優しくて、可愛くて、お行儀が良くて、賢くて、わたくしの自慢の娘でしたもの。
貴女が家を飛び出してしまったとき、わたくしがどんなに心配したか、想像もつかないでしょうね。ネギシ先生から連絡をいただいて、やっとお水が喉を通るようになったほどなのですよ? ともあれ、過ぎた事を今更言ってもしかたありませんね。
あれから3年も経つのですね。もう貴女も18になります。できればそろそろ家に帰ってきてはもらえませんか? 貴女の婚約のお話はまだ有効です。
コーヤマ家の皆様はとても理解のある方達で、貴女が社会勉強に出たと申し上げたら大変感心してくださいました。貴女のお相手のカイト様も、陛下のお役目ついでに何度も会いに行ってくださっているのでしょう? 先日は一緒にお食事に行ったのですって? そんなに親密になったのなら、そろそろ結婚しても良い頃ではないのかしら。
せめて一度、こちらに顔を見せにきてはもらえませんか?きちんと話し合って、これからの事を考えましょう。
遠き地にて 母より
……遠き地って、同じ国内だしそんなに領地から離れてないんだけどなぁ。
いや、ええと、婚約者ってカイト様だったんだ? (あれ、でもこれは知ってたような気がする。おかしいな)
お食事するほど親密になったって、そいつぁ誤解だ。
相変わらず娘に夢みてんなぁ。
などと、散文的な感想が出てくる。思考が麻痺しているとも言う。えーっと、えーっと、とりあえずアレだ。
寝よう。
ぐぅ。
朝。
いったいどちらが夢なのか分からなくなってきた。こちらの私って、あちらの私が現実逃避に見ている夢なのだろうか。胡蝶の夢状態だ。
でもなぁ、どうせ夢で現実逃避するなら、もうちょっと平凡な人生選ぶべきだと思うんだ。だからこっちの私が本物ということでいいよね。
……そろそろあのゲーム、クリアを諦めるべきなのだろうか。
to be continued?