盛沢 久実に関する考察
盛沢 久実に関する考察
根岸 きらら
1. はじめに
3年L組。このクラスで、私は大変興味深い人間模様を観察する機会に恵まれた。その
中心と見なされる「盛沢 久実」という人物は、交友関係の狭い私にとって数少ない友人の一人である。
私のもとへ彼女の人となりを問い合わせに来る人々のために、彼女を分析した結果を以下に記す。
2. 盛沢 久実から受ける印象
盛沢 久実という人物は非常に複雑である。彼女は数多くの矛盾を内包しており、それらを全て、半ば諦めるかのように自分の中で共存させているからである。これは彼女の優柔不断で八方美人な性格故にやむなく生じた特性であり、また、この先も葛藤し続ける要因となるであろう。
彼女は、傍目から見ればかなり恵まれた条件をいくつも持っている。容姿、頭脳、生家の経済力などである。残念な事に運動神経には恵まれなかったようではあるが、ある意味その点さえも一部の男子にとっては「萌える」ポイントとされているため、完全なマイナス要因とは言えまい。
けれども彼女は必要以上に自分を卑下している傾向がある。もちろん、前述の利点はきちんと自覚しているにも関わらず、だ。それはなぜか。この謎を追求するにあたり、彼女にある種のトラウマを植えつけた過去の存在を疑わずにはいられない。
3. 過去の盛沢 久実について
私が彼女と知り合ったのは高校の文芸部に所属してからであるが、聞こえてきた噂によると、中学校時代の彼女は少々荒れていたようである。二年生の時に所属していたクラス全体が荒れていた、という情報もあるので一部悪意的にゆがめられている可能性はあるが、所謂不良と呼ばれる人々と交流があったのは間違いがないようだ。
たまにぎょっとするような知識(詳細は省くが、あまり感心できる内容ではない)を持っており、情報の出所を聞くたびに「中学の時、ちょっと……」と遠い目をして誤魔化される。もっとも、「お金をばら撒いて不良を手懐けていた」などという噂は、事実無根の中傷である。彼女はあの八方美人さだけでそのような友人達との距離をうまく調整していたのであろう。
高校に入ってからの彼女の日常も、残念ながら平穏であったとは言えない。聞こえてきた限りにおいても、彼女の所属するクラスでは刃傷沙汰及び警察沙汰がそれぞれ2回、確実におきている。多感な年頃にこのような事が繰り返されると、一種の人間不信に陥るのではないだろうか。
つまり、周りで起こっている出来事から一歩引いて、場合によっては「私が関わって良い事じゃないから」とうつむくあの仕草は、そうすることで最悪の事態から身を守ろうとする自衛手段として身につけたものなのではないだろうか? とすれば、あの一見頼り無さげに眉を寄せる表情こそ、彼女の本能が危険を嗅ぎ取った合図なのだと考える事ができる。
4. 現在の盛沢 久実について
彼女の現状を語る上で光山 海人の存在は欠かせない。むしろ、このようなレポートを書く事になったのも、彼が堂々と盛沢 久実に関わるようになったためなのであるから、少々脱線するが彼についても考察しなくてはならない。
加えて、竜胆 宗太が彼女に好意を抱いていることも、知らぬは本人ばかりで周知の事実だったので、彼についても考察する。
結局人々の興味は、盛沢 久実にこの両名を取られるかどうか、に尽きるからである。
4-1) 光山 海人について
一言で言うならばミスター・パーフェクトである。顔良しスタイル良し、文武両道で家柄も良し、ついでに大人からのうけも良し。彼について文句などつけようもない。
その事は重々承知であるが、一年生、二年生時の盛沢 久実による彼の評価は「完璧すぎて胡散臭い」であったことは特記すべき事項であろう。
盛沢 久実自身はどうやら気が付いていなかったようだが、彼は早いうちから彼女に目をつけていたのではないか、という説がある。(参考資料①及び②を参照)
資料によれば、彼は盛沢 久実が図書カウンターの担当である日に限り、図書室に通っていたそうである。確かに言われてみればそのような気もするのだが、これに関しては噂の域を出ない話なので残念ながらはっきりと断定はしかねる。
少なくとも彼の盛沢 久実に対する態度は何らかの好意の存在(ただし私には、恋愛よりもペットに対するものに思えたが)を感じさせるものであった。事実、あまりにも有名な卒業式後のお別れ会における告白劇(大変遺憾ながら、私はその場面を見逃したのだが、参考資料④で確認した)がそれを裏付けている。
しかし、盛沢 久実本人による彼の評価はさほど変わっていないようなので、今後の展開は彼の一層の努力がなければ期待できない。
4-2) 竜胆 宗太について
こちらは一言では説明し辛い人物である。無口、無表情で何を考えているのか、むしろ何も考えていないのかどうかも判断し難い。光山 海人ほどではないが背が高く、筋肉が付いている。そして無表情なので誤解を受けやすいらしい。たまに不良に難癖をつけられている。一方で、「包容力がありそう」と一部の女生徒に人気が高かったのも面白い点である。
また、意外に小動物に好かれるようで、学校の裏庭で猫にたかられて困っている姿の目撃談などもあがっている。(参考資料③より)彼自身、小動物は好きなのだが腕っ節の強さゆえに力加減が分からず、傷つけてしまわないかと心配して直立不動になるようである。
彼の盛沢 久実に対するぎこちなさは、この辺から来ているのではないかと推察する。
彼にとっては、盛沢 久実が大層か弱いお嬢様に見えるようで、(彼と比較したら大抵の女の子はか弱いだろうと思われるのだが)彼女が少し重い荷物を持っているのを見た途端そわそわし出すので大変分かりやすい。実際の盛沢 久実は、女子の平均よりも高めな握力と、たまに発揮されるとんでもない腕力というか瞬発力を持つのだが……。
聞くところによると彼の盛沢 久実に対する告白は不発に終わったようだが、少なくとも、今まではせいぜい「お気に入りの木」くらいにしか思われていなかったのを、「自分に好意を持つ男子」にまで格上げしたのだから快挙であるとも言えよう。今後の展開に期待している。
4-3) 改めて、現在の状態について
三学年で一気に目立ち始めたように本人は考えているようだが、実のところ盛沢 久実はもともと噂の多い人物であった。ただ、今までは本人の耳には入らないところで情報がやりとりされていたのに、上記二名の男子の好意が表面化したために、本人に対する嫉妬や興味が顕わになっただけのことである。
彼女は、自分を取り巻く状況が変化しつつある事を自覚しながらも、未だ自らが変わることを拒み続けている。言うなれば、ヤドカリが、身体が大きくなったのにまだ古い殻に固執して引越しを渋っている状態である。
いずれその殻が壊れた時、彼女がなにを選択するのかは興味深いところではある。
しかし、彼女を見る限り、まだまだその時は先のことであろう。
5. まとめ
実際知り合ってみれば、盛沢 久実という人物は、気が強く、常に物事を観察し、計算して行動していることが分かる。つまり、彼女は意識的なのか本能によるものなのかは定かではないが、大人しそうな演技で身を守り続けているのである。
結局、盛沢 久実自身が、全てに対して消極的態度を崩さない限り具体的な進展などありえないので、上記男子両名を狙っている人々は過剰に心配しなくても問題ないと言える。今まで通り、それぞれにアプローチを続けるべきである。
或いは、盛沢 久実を参考に、より彼らに好かれる努力をするというのも一案ではあるがあまり勧めない。あくまでも真っ向勝負で行くべきである。
また、彼女に必要以上の嫉妬をしてあまつさえ行動に移すのは賢い選択ではない。何故なら、盛沢 久実はああ見えて復讐はきっちりするタイプであり、結果として悪行が目当ての男子の耳に入るのは必然だからである。こうなっては本末転倒である。
理性ある行動、これこそが、人間にとって必要な指針なのである。
6. 参考資料
①「姫事~ひめごと~」 千ノ宮 桃后 著
②「姫事の秘め事(設定資料集)」 千ノ宮 桃后 著
③「盛沢さんについて」 水橋 奈々枝 著
④「お別れ会 クラス3-L」 3年L組有志による録画
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「根岸さん、これは……?」
「あなたに関するレポートよ。採点して」
「なぜ私が!」
「あら、自分について何を書かれているのか、気にならない?」
「いや、そもそもなんでレポートにされてるかの方が気になるかな……」
「最近、色々聞かれるのよ」
「なにを?」
「あなたと、あとはまぁ、あなたを巡る男子について?」
「めぐってない」
「それで、いちいち答えるのも面倒だし、本人のいないところで話すのもどうかと思ったから。先にあなたに内容を把握しておいてもらって、聞かれたらこれを渡す、という形にしたいの」
「フェアなんだか残酷なんだか!」
「効率的、と言って頂戴」
「うぅ、明日までには読んでおきます……」
「……そういう律儀さが、つけこまれる一因なんでしょうねぇ(ぼそっ)」
*千ノ宮 桃后=米良 桃果さんのペンネーム