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自伝小説 氷点下のアンビエント Part1

作者: だぶのー
掲載日:2026/05/27

一話完結の短編になります。


J少年には悩みがあった。


自分の口が、とてつもなく臭いのではないか――という悩みである。


実際に臭かったのかどうかはわからない。

しかし本人は真剣だった。


友人が鼻をこする。

先生が顔をそむける。

犬が逃げる。


そのたびにJ少年は傷ついた。


そんな彼には、好きな女の子がいた。


同じクラスのKさんである。

浅黒い肌にポニーテール。明るく活発で、まるで太陽電池で動いているような少女だった。


もちろんJ少年は話しかけられない。


近づけば、口臭で嫌われる。

そう信じていたからだ。


ある日の音楽の時間。


クラス全員が音楽室へ向かい、教室は無人になった。


K少年は机を探るふりをして残った。


そしてKさんの席へ向かった。


机の横には、歯ブラシ袋が掛かっていた。


J少年はそれを見つめた。


すると奇妙な考えが浮かんだ。


「この歯ブラシを使えば、Kさんと間接的に一体化できるのではないか」


思春期とは恐ろしい。


彼は歯ブラシを取り出した。


そして――。


数分後。


J少年は我に返った。


ひどい自己嫌悪だった。


「なんということを……」


だが後悔している暇はない。

授業に遅れる。


彼は歯ブラシを袋へ戻し、廊下へ飛び出した。


そして階段で転んだ。


顎にヒビが入った。


数週間、流動食生活である。


さて。


事件はこれで終わらなかった。


翌日、Kさんが突然、教室で叫んだ。


「この歯ブラシ、なんか変!」


クラス中が騒然となる。


教師までやってきた。


J少年は青ざめた。


だが次の瞬間、Kさんはこう言った。


「すごくミントの味が強くなってる!」


実はJ少年、極度の口臭恐怖症のあまり、常に強力ミントタブレットを大量摂取していたのである。


歯ブラシにその成分が移っていたのだ。


「新しい歯磨き粉みたい!」


Kさんは喜び、クラスの女子たちも使いたがった。


数日後。


学校では「Jミント」が大流行した。


そして数か月後、その噂を聞きつけた歯磨き粉メーカーが新商品を発売。


爆発的ヒットとなった。


J少年は後に、その会社へ入社する。


しかし彼は生涯、自分が開発者扱いされるたび、複雑な表情を浮かべるのであった。

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