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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
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15-7


☆☆☆


 自己嫌悪に苛まれながら屋敷に戻ったアントニウスを待っていたのは、ゆったりとリラックスできるアロマ・バスでも、執事のミケーレが気を利かせて用意した軽食とシェリーでもなく、したり顔の母だった。

「母上、もうお帰りだったのですか?」

 思わず開口一番にそう言ったアントニウスに、マリー・ルイーズは『当然でしょう!』という表情を浮かべた。

「息子が愛しの姫君と王宮を去ったのですから、後を追って戻ってくるのは当然でしょう!」

 マリー・ルイーズの怒りは当然で、本当の意味で夜会を堪能していたら、まだまだ王宮にいる時間だったが、昼間の謁見から疲れているであろうアレクサンドラを想い、早めにアントニウスが引き上げただけで、いつもならアントニウスも帰宅しているような時間ではなかった。

「失礼致しました母上。それにしても、ずいぶん早いお帰りですね」

 アントニウスが言い直すと、マリー・ルイーズはにっこりと笑って向かいのソファーを指さした。


 アントニウスは従順な息子というほどではないが、さすがにアレクサンドラに求婚するのに爵位が無くては格好がつかないだろうと、渋っていただろう父からファーレンハイト伯爵という爵位をもぎ取ってきてくれた母には頭が上がらなかった。なにしろ、生を開けると同時に自動的に叙爵されるエイゼンシュタインとは違い、父から立派な大人であることを認められて初めて叙爵されるイルデランザ公国において、特に爵位が上がれば上がるほど良い年をして尚無爵の男子は多い。そのような場合でも、代わりになるのが軍での階級だが、国外では軍での階級など紙くず同然。しかも、社交界では何の肩書にもなりはしない。


「そう、で、どんな具合なの?」

 アントニウスが座るのも待てないようで、マリー・ルイーズはすぐに問いかけてきた。

「どうって、特に、どうも・・・・・・」

 何もないのだから、何も話しようがないのだが、マリー・ルイーズは違う意味に取ったようだった。

「良いこと。今更、あなたのレディとのお付き合いの方法に口を出すつもりはなくてよ。でも、お従兄様もこのお話には賛成だとわかったのだから、母としてある程度の事は知っておく必要があるのです」

 『あれだけ盛大に浮名を流しておいて、いまさらお子様ぶるな』と言わんばかりの母の言葉に、アントニウスは再び頭を抱えたくなった。

「お従兄様ではなく、国王陛下でしょう? 母上は他国に嫁いだ身なのですから」

 話題をすり替えようと、つまらない言い回しをつついてみたものの、そんなことに引っ掛かる母ではなかった。

「お従兄様も、次期国王の妃の妹が、次期大公補佐の妻になるのは両国の関係を考えると望ましいとおっしゃっていらしたわ」

 ウキウキと話す母に、国王陛下がもし同じような話をアーチボルト伯爵にしたとしたら、きっと伯爵は国王陛下からの話だと、アレクサンドラに不要なプレッシャーを与え、自分に嫁ぐべきだというような事を指示するかもしれないとアントニウスは考えた。

「母上、余計な事は止めてください」

 アントニウスが真剣な表情で言うと、マリー・ルイーズは突然考え込み始めた。

「ねえ、アントニウス。当然、アレクサンドラさん付きの侍女とは連絡を取っているのでしょう?」

 『当然』と言われても、アーチボルト伯爵家の者はガードが固く、内通者になりそうな使用人がいない事は独身仲間では有名な事だった。

「いいえ」

「まさか、あなたともあろう人が?」

 母の言葉に、アントニウスはいったい母の想像の自分は、どんな男なのだろうかと、ますます頭を抱えたくなった。

「聞いた話では、メイドは一人でジャスティーヌ嬢とアレクサンドラ嬢の世話をしているそうですよ」

 実際、二人娘がいるのに、二人のメイドが姿を見せたことはなかった。

 それに、アレクシスだったころはメイドを連れずにアレクサンドラは外出していた訳だし、家計が火の車のアーチボルト伯爵が余分な人員を雇い入れているはずもない。

「それはよくないわ。ジャスティーヌさんはロベルトのお相手よ。いつまでもアレクサンドラさんの世話と掛け持ちはできなくなるわ」

「ですが、もう一人メイドを雇うという選択がアーチボルト伯爵にあるかどうか・・・・・・」

 アントニウスは真剣な顔をして言った。

「まったく、あなたという人は、もっと賢いかと思っていたのに・・・・・・」

 マリー・ルイーズはいうと、ため息をついた。

「家で雇うのです」

「さすがに、それは・・・・・・」

 母の無茶苦茶な提案に、アントニウスは耳を疑った。

「私がこちらに来た時の為に、メイドを一人増員するために雇うのです」

「はあ・・・・・・」

 まったく要領を得ないアントニウスは、生返事で答えた。

「でも、こちらではしつけができるメイド頭がいないから、アーチボルト伯爵家で修業をさせて戴くのよ。お給金はこちらもち、徹底的にしごいてもらって、ついでにドレスの選び方やアレンジ、そういったこともしっかりと覚えさせてもらうの。そうすれば、ジャスティーヌさんは今のメイドをつれて王宮に行儀見習いに入るでしょうから、必然的に、家が送り込んだメイドがアレクサンドラさん付きになるでしょう」

 マリー・ルイーズは満足げに言った。

「そういうものですか? 家にかかわりがあるとしたら、ジャスティーヌ嬢がそのメイドをつれて王宮に行儀見習いに入るという可能性もあるのではないですか?」

「バカね。連れていかれるメイドは一人。気心が知れて、弱音が吐ける信頼のおけるメイドを連れていくに決まっているでしょう。そうしたら、昨日今日入ったメイドではなく、昔からのメイドを連れていきます」

 男のアントニウスにはまったく理解できない発想だったが、確かに、自分も執事を変えられるのはあまり嬉しくないから、そんなものかと、アントニウスは納得することにした。

「ですが、伯爵の事ですから、公爵家のメイドの教育を預かるのは難しいと、お断りになられるのではないですか?」

 アントニウスは、物静かで控えめな伯爵の事を思い出しながら言った。

「そんなこと、簡単です。お従兄様に一言口添えしていただければ良いだけです」

 昔から母に甘い国王陛下の事だから、間違いなく母の頼みはきくだろうとアントニウスは思った。しかし、アレクサンドラが自分を愛してくれないのなら、無理に自分に嫁がせたくないと思っているアントニウスと、何が何でもアレクサンドラを嫁に貰いたいと思っているマリー・ルイーズの考えには大きな隔たりがあった。

「母上、まさか私が大金を投じたから、何が何でもアレクサンドラ嬢を私の妻にとお考えではありませんよね?」

 自分の浪費が原因でアレクサンドラが好きでもない自分に嫁がされるのだけは避けたいアントニウスだった。

「何を言っているのです。あの程度の出費で怒るのはお父様くらいです。それに、あなたがあちらのご令嬢、こちらのご令嬢と毎夜遊び歩いていた頃の出費と大して変わらないではありませんか」

 母の言葉に、アントニウスは言葉を失って口を閉じた。

「母上、過去の話は結構です」

 アントニウスとしては、一番アレクサンドラに知られたくない事だと考えてのマリー・ルイーズの言葉だったが、本当のところ、アレクシスとして社交界に顔を出していたアレクサンドラは、アントニウスの過去の女性遍歴をある意味知り尽くしているといっても良かった。

「とにかく、あなたが誰か一人に心を定めてくれるというのであれば、あの程度の出費で家が傾く訳でなし、私は咎めるつもりもありません」

 マリー・ルイーズは言うと、ニコリと微笑んで見せた。

「では、何が何でも、侍女をアーチボルト伯爵家にやるおつもりなんですね?」

「はい、明日にでも正式にお話を持って私が直接参ります」

 国王陛下の懐刀とはいえ、陛下の従妹であり、イルデランザ公国大公の相談役の妻であるマリー・ルイーズの頼みを断ることはアーチボルト伯爵には無理だろうと思うと、アントニウスはアーチボルト伯爵家に多大な迷惑をかけているような気がして、申し訳ない思いがしてきた。

「あの、私もご一緒しても?」

「あなたは、アレクサンドラ嬢のハートを射止めることに専念なさい!」

 完全にアレクサンドラを嫁に貰う気でいる母に、アントニウスは手早く辞去の挨拶をすると自分の部屋へと逃げ帰った。



 とりあえず着替えを済ますと机に向かい、アレクサンドラ宛の手紙をしたためた。

 いかにアレクサンドラが可愛らしく、上品であったか、社交界の独身貴族はみな手ぐすねを引いてアレクサンドラを狙っているだろうこと、そして、自分もその一人であること。また、母がアレクサンドラの為にメイドを雇い入れ、見習いと称して送り込む計画であることを記すと、手紙を執事のミケーレに託し、朝一番で香りのよい、ピンク色のバラの花束と共に手紙を届けるようにと指示した。


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