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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
15

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15-4


☆☆☆


 王宮の大広間で開催されている大舞踏会には、アレクサンドラの他にも陛下への謁見を済まし、社交界に正式にデビューした令嬢たちが両親と共に出席していた。

 一足早く出発したロベルトとジャスティーヌも王族専用の車つけで馬車を降りたので、アレクサンドラ達の少し前を進んでいた。

「ロベルト王太子殿下並びに、アーチボルト伯爵令嬢、ジャスティーヌ様のお着きでございます」

 入り口でロベルトの到着が告げられると、ダンスを踊っていたカップルもダンスを止めてロベルトとそのパートナーであるジャスティーヌの到着を迎えた。

 にぎやかだった会場が一瞬静まり返り、楽団の演奏する穏やかなワルツのメロディーだけが会場に流れていた。


 以前のような、古いドレスのアレンジや着回しではなく、ロベルトの選んだ最高級のシルクとレースがふんだんに使われていながら、派手派手しくなく、繊細で美しいドレスに身を包んだジャスティーヌの姿は、屋敷を出る前にロベルトが口にした言葉が嘘ではないことを物語っていた。

 もともとジャスティーヌに好意を抱いていた男性だけでなく、大広間の男性陣のハートをすべて射抜いてしまうのではないかというくらい、シャンデリアから降り注ぐまばゆい光の中をロベルトにエスコートされ進むジャスティーヌの姿は、既に王太子妃の気品すら備えているようだった。

 二人が舞踏会の主催者である国王陛下と王妃のもとへ挨拶に向かう姿を見送りながら、アレクサンドラはアントニウスと自分たちの番が来るのを廊下で待った。

 二人が挨拶を終えたところで、再び案内の声がかかった。

「ファーレンハイト伯爵ならびに、アーチボルト伯爵令嬢、アレクサンドラ様のお着きでございます」

 聞きなれない名前にアレクサンドラが戸惑っていると、アントニウスがアレクサンドラをエスコートして会場の扉をくぐった。

 刺さるような、羨望のような、ありとあらゆる眼差しが二人に向けられた。そんなすべての視線を跳ね返すように、アントニウスはアレクサンドラをエスコートし、国王陛下と王妃のところへ挨拶に向かった。



「これはめでたいことだ。あの頭の固いアラミスがファーレンハイト伯爵の爵位をアントニウスに許すとは、これで何の引け目も感じることなく、ルドルフ秘蔵のアレクサンドラ嬢とも交際することが出来よう」

 リカルド三世はご機嫌な様子で言うと、アレクサンドラの方に視線を向けた。

「のう妃、せっかくだから二人が並んでいる姿を見たいと思わぬか?」

「はい、左様でございますね」

 二人の言葉に、傍に控えていた侍従がジャスティーヌたちを呼び戻しに行った。

「アレクサンドラ嬢、謁見の時のドレスも素晴らしかったが、今宵のそなたは、まるで妖精のように可愛らしい。アントニウス、気を付けぬと、会場中の紳士がアレクサンドラ嬢のハートを射止めようと、手ぐすね引いておるぞ」

 ジャスティーヌが呼び戻され、アントニウスが一歩離れると、ジャスティーヌとアレクサンドラの二人が国王陛下夫妻の正面に並んで立った。

「まことにルドルフは果報者だ。これほど美しい令嬢を二人も!」

 リカルド三世が感嘆の声を上げた。

「一人は、いずれ父上の義理の娘となるのですから、羨む必要はありませんよ」

 ロベルトがすかさず言葉をかけた。

「それにしても、本当に、よく似ているものだ!」

 まだまだ話したそうにしているリカルド三世に、侍従が耳元で何かを囁いた。

「これはいかん。廊下が案内待ちで溢れてしまうと、侍従たちが慌てている。二人とも、今宵はゆっくりと楽しんでいくがよい」

 国王陛下の言葉を戴き、二組のカップルは一段高い上座の前を辞した。

「さあジャスティーヌ、ダンスの時間だ!」

 誰も踊っていない広間の真ん中にジャスティーヌの手を引いたロベルトが進んでいくと、それに合わせるように音をひそめていた楽団の奏でるメロディーが再びはっきりと聞こえるようになり、衆人の注目を浴びながら、ロベルトとジャスティーヌは堂々とダンスを踊り始めた。

 窓際に一旦下がったアレクサンドラは、堂々と踊るジャスティーヌを見つめながら、心の底から美しいと感じていた。

 確かに、瓜二つの二人だが、今のジャスティーヌは以前のような内気で、触れたら折れてしまいそうな儚さではなく、王太子の婚約者と呼ばれるにふさわしい気品と貫録を持ち合わせていた。

「確かに、今宵一番美しいのは、ジャスティーヌ嬢ですね」

 アントニウスは納得したように言った。

「さっき、案内でファーレンハイト伯爵と・・・・・・」

 アレクサンドラは疑問を投げかけた。

「イルデランザは、エイゼンシュタインのように、嫡男は父親の持っている二番目の爵位を自動的に受け継ぐわけではなく、成人しても父親が許さない限り、二番目の爵位を受け継ぐことが出来ないのです。つまり、伯爵令嬢と公爵家嫡男では、交際に差しさわりがあると、母が父に話してくれたようで、今宵の舞踏会から、ファーレンハイト伯爵を名乗ることを許されたのです」

 アントニウスの言葉に、アレクサンドラはなるほどと納得した。

 もし、アレクサンドラが娘ではなく、息子でアレクシスであったら、当然、嫡男なのでカンバーランド子爵を名乗っていたはずだが、実際、アーチボルト伯爵家には息子がいないので、父のルドルフがアーチボルト伯爵、カンバーランド子爵、スタットン男爵の三つの爵位を一人で背負っている。

「いま、自分が男だったら、今頃はカンバーランド子爵だったと思っていましたね?」

 鋭いアントニウスの突っ込みに、アレクサンドラはドキリとした。

「先ほど私は、今宵一番美しいのはジャスティーヌ嬢で間違いないと言いましたが、今宵一番可愛らしいのは、アレクサンドラ嬢、あなたに間違いありません」

 まっすぐに見つめて言うアントニウスに、国王夫妻との挨拶で緊張して鼓動を早くしていた心臓が更に鼓動を速め、頬が恥じらいで桜色に染まっていった。

「私たちも踊りましょうか?」

 余りに美しく、華麗に踊るジャスティーヌとロベルトに遠慮して、なかなかダンスフロアーに人が戻らないのを見て、アントニウスは言うと、アレクサンドラの手を引いてフロアーの中央に近い位置でロベルト達の邪魔にならないよう少し距離を開けて踊り始めた。

 上品で美しく豪華なジャスティーヌのドレスとは異なり、アレクサンドラのドレスはターンで広がるとボリュームはでるが、アレクサンドラ自身が開こうとしている蕾をイメージさせるように仕上がっているので、ジャスティーヌの美しさとは異なり、誰の目にも可愛く映った。

 アントニウスにリードされ、可愛く可憐にダンスを踊るアレクサンドラに独身貴族の子弟達の目が釘付けになった。

 結い上げられた髪の飾りと、左右一房ずつ両耳の後ろに下ろしている髪のリボンが大粒のダイヤのイヤリングの光を際立たせていた。


 我こそは次のダンスの相手にと、居並ぶ貴族の子弟達が待ち構えているのを目の端でとらえながら、アントニウスはそっとアレクサンドラの耳元で囁いた。

「約束を覚えていますね? 今宵、あなたは私一人のもの、他の誰とも踊らないと・・・・・・」

「もちろんです。他の殿方とは、踊りたくありません」

 今更ながらだが、自分がアレクシスの時は踊る相手は同姓の女性だったから気にもしていなかったが、この距離に異性に近づかれると思うと、アレクサンドラは恥じらいよりも、言葉では上手く言い表せない、一種の恐怖のようなものを感じた。

「でも、何と言ってお断りしたら?」

「それは、お任せください」

 アントニウスは満足そうに言うと、笑みを浮かべて見せた。


 何曲か続けて踊り、やっと他のカップルがダンスフロアーに戻ってきたのをきっかけに、ジャスティーヌとロベルトがフロアーから離れていった。それに続くようにアレクサンドラとアントニウスもダンスフロアーを離れると、給仕からシャンパンのグラスを受け取り一息ついた。


 その動きを目で追っていた男性群がわらわらとアレクサンドラ達の方に移動してくるのが目に入り、ジャスティーヌは目を見張り、ロベルトは苦笑し、アントニウスは不敵な笑みを浮かべた。しかし、肝心のアレクサンドラはアントニウスの陰に隠れようとしたが、広がるドレスのせいで隠れてもどこにいるかは一目瞭然だった。


「御無沙汰しております、殿下」

 聞き覚えのある声に、アレクサンドラはドキリとした。

「フランツ、久しぶりだな。御父上のバルザック侯爵は、お変わりないか?」

「はい。今回の舞踏会は、レディが多いので、妹たちの婿探しには適さないだろうと、次回に備えるのだといって、なかなか重い腰を上げようとしないので、母が退屈しております」

 フランツの言葉にロベルトが苦笑した。

「侯爵は、ダンスがお嫌いだからなぁ・・・・・・」

「それなのに、母はダンス好きですから」

「それでは、夫人がお可哀想だ。今度、私の署名入りの招待状を送るようにしよう。たまには、侯爵のダンスが見てみたいと伝言を添えておこう」

「ありがとうございます、殿下。母がとても喜びます。・・・・・・お久しぶりです、ジャスティーヌ嬢。よろしければ、妹君をご紹介していただけますか?」

 怖いほどの笑顔で頼まれ、ジャスティーヌは仕方なくアントニウスに寄り添うアレクサンドラのもとへとフランツを案内した。

「アレク」

 ジャスティーヌがアレクサンドラを呼ぶと、フランツが怪訝な顔をしてジャスティーヌの事を見つめた。

「失礼。私は妹も、従弟も二人ともアレクと呼んでおりますの・・・・・・」

 ジャスティーヌは笑顔で言うと、更にアレクサンドラに歩み寄った。

「アレク、こちらはバルザック侯爵家のご嫡男で、ローゼンクロイツ伯爵、フランツ様よ」

 アントニウスと腕を組むというよりも、アントニウスの腕にしがみついているようなアレクサンドラにジャスティーヌが言うと、フランツは正式に膝をつき片手を差し出した。

 フランツの手を取りたくないアレクサンドラの腕がぎゅっとアントニウスの腕を掴んだ。

「ローゼンクロイツ伯爵、どうぞお立ち下さい。アレクサンドラ嬢は、ご存知の通り深窓の令嬢。親しみのない男性に触れられることに慣れていないのです」

 アントニウスの言葉に、フランツは不承不承立ち上がった。

「お初におめにかかります、ローゼンクロイツ伯爵、アーチボルト伯爵家のアレクサンドラでございます。以後、お見知りおきを・・・・・・」

 アレクサンドラは震えるような声で言うと、自分の顔をじっと見つめるフランツに自分がアレクシスであることが知られるのではないかと、アントニウスの背に隠れるように身を潜めた。

「お美しい・・・・・・」

 フランツの口から、アレクサンドラが考えていたのとは全く異なる言葉が漏れた。

「アレクサンドラ嬢は、このように人見知りなので、お許し願いたい」

 まるでアレクサンドラが自分のものの様に言うアントニウスに、フランツは不満の表情を浮かべた。

「アレクサンドラ嬢は、今日、正式に社交界にデビューされたはずなのに、貴殿は、どのようにお知り合いになられ、そのように、まるで兄か何かの様に振舞われるのか?」

 フランツの言葉には、先日まで爵位もないのに国王の甥という立場で、人の国の社交界を荒らしていた上に、今度は深窓の姫君ともいうべきアレクサンドラの前で、まるでアレクシスがジャスティーヌの前に立ちはだかって求婚者をあしらっていたように自分をあしらおうとする態度に我慢がならないという響きが籠っていた。

 それは、フランツとアレクシスが決闘に至った時と似たような状況で、ジャスティーヌが慌てて間に入ろうとしたが、スッとロベルトが前に進み出て、フランツとアントニウスの間に入った。

「フランツ、そう怒らないでくれ。君も知っている通り、私とアントニウスは従兄も同じ。私の見合いに付き添い、アレクサンドラ嬢とも親しく過ごし、今日の舞踏会のためにダンスの練習相手も務めたこともある。それに、アーチボルト伯爵夫妻からも、アレクサンドラ嬢がこのような派手やかな場所で臆したり、怯えたりすることのないようにしっかりとエスコートするようにアントニウスは一任されているのだ」

 ロベルトの言葉に、フランツはしぶしぶ納得すると『では、今後ともお見知りおきください』と言い残して去っていった。

 フランツの後、次から次へとアレクサンドラに自分を売り込もうという一団が押し寄せてきたが、中にはアレクシスの友人だったピエートルも含まれていた。しかし、アレクサンドラは挨拶をするだけで、皆一様にアントニウスに阻まれ、個人的な会話を交わすことはできなかった。

「そろそろ、もう少しダンスをしますか?」

 じっとしていると、隙を狙って話をしようと様子を窺っている独身男性陣があちこちから熱い視線を送ってくるので、戸惑うアレクサンドラにアントニウスが言った。

「はい」

 アレクサンドラが返事をすると、アントニウスは再びアレクサンドラとダンスフロアーへと戻った。

 ふわりと膨らみ揺れるドレスとリボンにレース。

 どう考えても、上品で凛々しいジャスティーヌと同い年には見えない可愛らしさなのに、誰もその事は気にならないようで、なんとかアレクサンドラの気を引こうと、あちこちから求愛の熱い視線が目にも見えるようにあからさまに送られていた。



「アントニウスはライバルだらけで大変だな・・・・・・」

 二人の様子を見ながらロベルトが呟いた。

「でも、アレクったら、あんなにしっかりとアントニウス様にしがみついて・・・・・・」

 ジャスティーヌの言葉に、ロベルトが寂しげな笑みを浮かべた。

「君がアレクというと、あの生意気なアレクシスがいるように感じるよ。彼は田舎に帰って元気なのかい?」

 まったく予想していなかった問いに、ジャスティーヌは俯くと、少し首を傾げた。

「それが、まったく便りがないのです」

「そうか。だが、御父上が御病気で家督を継ぐと言う話だったから、きっと忙しいのだろう」

 親しみを込めて言うロベルトに、ジャスティーヌはアレクサンドラが言うほど、ロベルトはアレクシスの事を嫌っていたわけではないのだと知った。

「彼がいる時には、君を盗られるのではないかとハラハラしたが、アレクサンドラ嬢も無事に社交界デビューを果たしたことだし、あのバカげた見合いを早々に終わらせ、正式にジャスティーヌ、君を私の婚約者として、皆に知らしめたい」

 隣に立つジャスティーヌを情熱的な瞳で見つめながらロベルトは言った。


 広間の中央では、華麗に踊るアレクサンドラとアントニウスの為に場所が開けられ、独身男性陣の熱いまなざしの中、アントニウスは満足げにアレクサンドラをリードしていた。

「あの二人に広間の中央を独占させたままにするのは悔しいな。ジャスティーヌ、君の素晴らしい踊りを皆に見せつけてやろうじゃないか」

 ロベルトは言うと、ジャスティーヌの手を引き広間の中央に進み出ると、流れるように音楽に乗ってダンスを始めた。

 アレクサンドラとアントニウスのペアだけでもため息が出るほどに美しい組み合わせだというのに、そこにジャスティーヌとロベルトが加わると、周りで踊っていた人々は波に飲まれるように、その華麗さと美しさに目を奪われ、踊るのも忘れて寄り添いながら二組のダンスを見つめ続けた。



 夜が更けるまで踊っては休憩を取り、そしてまた踊るを続けた二組だったが、休憩をとるたびに『次は自分と・・・・・・』と、ひっきりなしにアレクサンドラをダンスに誘おうとする独身勢から逃げるのにも疲れ、まだまだ盛り上がり続ける舞踏会の途中で、国王夫妻に辞去の挨拶をし、四人は大広間を抜け出した。



「アントニウス、私はジャスティーヌと庭を散歩するつもりだが、どうする?」

 ロベルトに問われ、アレクサンドラの様子を確認したアントニウスは、疲労の色が見えるアレクサンドラを早く家に送り届けたいと思った。

「私は、アレクサンドラ嬢をお屋敷までお送りすることにするよ」

 アントニウスの答えに、ロベルトは頷くと、アレクサンドラの手を取り、別れの挨拶をした。

 同じように、アントニウスもジャスティーヌの手を取りお別れの挨拶をし、庭へと向かう二人を見送ってから、アントニウスとアレクサンドラはクッションの良くきいたザッカローネ公爵家の馬車で王宮を後にした。


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