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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
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15-3


☆☆☆


 王家主催の大舞踏会の支度は、昼間の陛下への謁見の準備は何だったのだろうかというくらい、更に豪華に念入りなものだった。

 ロベルト王太子が髪飾りから靴まですべてジャスティーヌの為に用意させたというジャスティーヌと、これまた同じくアントニウスがすべてを新調させたというアレクサンドラの美しさの競い合いのようでもあった。

 さすがに、湯水のごとくお金を使ったとはいえ、さすがに一国の王子には叶わない事はアントニウスも認めざるを得ず、夜会で一番華やかで豪華なのはジャスティーヌ、そして、その次を行くのがアレクサンドラというのは、見るまでもなく明らかな程の力の入れようだった。



「参りますよ」

 ライラの掛け声に合わせ、ジャスティーヌは大きく息を吸うと、ベッドの天蓋を支える支柱にしがみつき、ライラがコルセットの紐を締めるタイミングに合わせて息を吐いて行った。

 肋骨が軋むような感覚を覚えながらも、全て息を吐きだし終わるまで、ライラが渾身の力を入れて紐を閉めていく。

 目が回りそうな締め付けが終わると、今度はパニエがウェストに回され、これもひもで絞められる。そして、最後に、ドレスという流れになるのだが、パニエを巻いたところでジャスティーヌはいったん休憩に入り、次はアレクサンドラの番だ。

「参りますよ」

 同じ掛け声に従い、ジャスティーヌと同じようにアレクサンドラも吸った空気を吐きながら、ライラが締め上げるコルセットに必死に耐えた。

 肋骨が軋み、内臓が飛び出してきそうなところでやっと締め付けられるのが終わり、息も絶え絶えのアレクサンドラの腰にパニエが紐で止められた。

「ジャスティーヌお嬢様、いかがでらっしゃいますか?」

 ライラはコルセットの締め具合を確認しながら、ジャスティーヌから問題ないという言葉を聞くと、用意してあった金糸銀糸の縁取りに本物の花のようにリアルな宝石に刺繍と絹のレースがふんだんに使われたドレスを着せていった。

 髪の毛のセットは終わっており、メイクも口紅を残すだけの状態なので、ドレスを着終われば、紅を差し、結い上げてある髪に飾りを刺していき、首にはネックレース、耳にはイヤリング、そして、肘上までのシルクの手袋と手首にブレスレットを付ければ、ジャスティーヌの支度は万全だ。

 ジャスティーヌの支度が進んでいくのを見ながら、アレクサンドラはまだ伸びきっていない髪の毛が人目に着かないように、ライラが工夫してアップにしてくれた髪形を乱さないように、できるだけ静かに呼吸をした。

 まるで魔法のように、あっという間にジャスティーヌの支度が終わり、ライラは念を押すようにアレクサンドラの方を見て問いかけてきた。

 正直、あと少しでいいから、コルセットの紐を緩めてほしいアレクサンドラだったが、このサイズまで絞る計画で仕立てたドレスに収まるためには、コルセットを緩めるわけにはいかない。

「ここまで来たら、女は度胸よ!」

 自分で言いながら、支離滅裂かもと思いながら、用意されたドレスに袖を通す。

 今咲き誇る花をモチーフにしているジャスティーヌのドレスに対して、ある意味少し地味ともいえる、開きかけたつぼみというモチーフのアレクサンドラのドレスは、実際には花の刺繍はなく、薄い桃色の薄絹を何枚も重ねて、幾重にも重なる花弁が開こうとしている雰囲気を出している。

 だから、髪飾りは花のつぼみと葉をモチーフにしたもの、ネックレースは葉の部分にエメラルドを埋め込んだ月桂樹の冠をデフォルメしたネックレース。イヤリングは大きく膨らんだつぼみの芍薬のようで、ブレスレットは敢えてしないことにした。


 大人っぽく、咲きほこる花のような濃いめの赤に近い紅を入れたジャスティーヌと、ピンクの艶のある紅を入れたアレクサンドラは、互いに相手を見ながら、イメージが逆ではないかと顔を見合わせた。

「なんか、ジャスティーヌのドレス、すごい華やかで、性格がはっきりしていますって感じがするわね」

「そう言うアレクのドレスは、ふんわりして、大人しくて穏やかな感じがするわ」

「ジャスティーヌが赤い紅を入れるなんて、初めてじゃない?」

「アレクのピンクの紅は、すごくかわいい感じがするわ」

 互いに相手を評しながら、それぞれの相手が自分に対して思っているイメージ、もしくは、求めている姿がこれなのかもしれないと、改めて思わせられた瞬間だった。

「やっぱり、王太子妃になるには、それくらいの強さが必要なんだよね、きっと・・・・・・」

「草なのかしら? だとしたら、私なんかに務まるのかしら・・・・・・」

 ジャスティーヌが気弱なセリフを口にする。

「それを言ったら、私の方が、こんな可愛くて、ふんわりした可愛いレディなんて、らしくなさすぎて、こんな可愛らしいレディをアントニウス様が私に求めているなんて信じられないわ・・・・・・」

 困惑したアレクサンドラの胸は不安でいっぱいになった。

「お嬢様方、無駄口を叩いているような、そんな余裕はございませんよ。お急ぎになられないと、お迎えが参りますよ!」

 ライラの言葉に背中を押され、二人は靴を履くと部屋を後にした。



 二人が中央階段を下りているところに玄関の扉が開き、ロベルトとアントニウスが姿を現した。

「ロベルト殿下並びに、アントニウス殿がお迎えに見えられました」

 家令の言葉に、ジャスティーヌは歩く花の如く、優雅に階段を降り、一階の大理石を引き詰められた玄関前のスペースへと降り立った。

「ああ、ジャスティーヌ。私の見立てが間違っていなくてよかった。約束しよう。今宵の舞踏会で、一番美しいレディはジャスティーヌ、あなただ・・・・・・」

 ロベルトは言うと、ジャスティーヌの手を取った。

「殿下、わざわざのお迎え、身に余る光栄でございます」

「では、参ろうか」

「はい」

 甘く見つめ合う、相思相愛の二人を見送りながら、アレクサンドラは大理石の床に足を下ろした。

「アレクサンドラ嬢、我が愛しの君。私の見立てたドレスがお気に召していると良いのですが・・・・・・」

 アントニウスはいつもに増して凛々しい出で立ちで、思わずアレクサンドラは見惚れてしまいそうになりながら、慌てて返事をした。

「はい。でも、私には、とても・・・・・・、可愛すぎる気がしました」

 アレクサンドラが本音を言うと、アントニウスが笑みを浮かべた。

「私は知っています。いつも強く振舞っているあなたの本当の心は、この開きかけているつぼみの花のように繊細で可憐だということを・・・・・・。お約束します。今宵の舞踏会で、あなたよりも可愛らしいレディは他に居ないと」

「そんな・・・・・・。可愛くて素敵なレディは大勢いらっしゃいます」

「では、言い方を変えましょう。私にとって、あなたよりも美しく、可愛らしいレディは他にはいない。今宵のあなたは、私一人のものとお約束ください」

 アントニウスは言うと、大理石の床に膝をついてアレクサンドラの事を見上げた。

 その申し出は、強制でも脅してもなかったが、アレクサンドラは断ることが出来なかった。

「はい。あなた以外の誰とも、今宵は踊らないとお約束します」

 アレクサンドラが答えると、アントニウスはアレクサンドラの手の甲に口づけを落としてから立ち上がった。

「では、参りましょうか」

「はい。アントニウス様」

 アレクサンドラが答えると、アントニウスはアレクサンドラの手を取り家令に見送られながら屋敷を後にした。

 本来ならば、二カップルを見送る立場にあるはずの伯爵と夫人のアリシアは『今日は、本人たちだけの世界に浸らせてほしい』というマリー・ルイーズからの手紙に従い、姿を屋敷の奥に隠していたが、それぞれ、既に支度は整っており、二組のカップルが屋敷を後にしたのを確認すると、ゆっくりと重い腰を上げ、最近サスペンションの調子が悪く揺れの激しい馬車に乗り込み、王宮を目指した。


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