15-2
☆☆☆
屋敷へ帰るつもりだったアントニウスは、御者に命じてアレクサンドラが毎日のように通っていると聞いた教会へと向かわせた。
王宮を訪ねるための正式な馬車であることもあり、敷地内に入ると中から件の神父が驚いたように出迎えに出てきた。
「このような辺鄙な教会に、どのような御用でございましょうか?」
事実、しっかりと着飾っているアントニウスのような身分の高い人間が立ち寄るには、鄙びた教会だった。
領主の娘であるアレクサンドラが通っても不自然でなかったのは、利用していたのが荷車を改造した庭かづくりの馬車で、部屋着に外出用というより普段用のロープをまとっていたからで、アントニウスの支援を受けて用意された華やかなドレスや外套を着ていたら、場違いに見えたことは言うまでもない。
御者が扉を開け、アントニウスが姿を見せると、フェルナンド神父は『ああ』という顔をした。
アレクサンドラには気付かれてはいなかったが、実際、教会に通うアレクサンドラを忍んで追いかけ、その様子を見ていたアントニウスの姿はフェルナンド神父には何度か目撃されていた。
「あなた様でしたか。本日は、アレクサンドラお嬢様は陛下との謁見で王宮にいらっしゃっているはずですから、こちらにはお見えになられませんよ」
フェルナンド神父はアントニウスが尋ねる前に言った。
「アレクサンドラ嬢ならば、既に、私がお屋敷にお送りしてきたところです」
アントニウスの言葉を聞くと、フェルナンド神父は首を傾げた。
「では、あなた様がこのような鄙びた教会に足を向けられたのは、神に祈りを捧げるためでいらっしゃいますか?」
フェルナンド神父の問いは尤もだったが、アントニウスの中の嫉妬心がじわりじわりと燃え上がり始めた。
「今日は、神への祈りではなく、神父よ、あなたにお尋ねしたいことがあって参りました」
今日のアントニウスは、お忍びの時のその辺の若い貴族の子弟という姿ではなく、イルデランザ公家とエイゼンシュタイン王族に名を連ねる者であることを示す紋章が馬車には刻まれている。同じ神々を進行する国を行き来する教会の神父であれば、各国の言葉や習慣だけでなく、王族や皇族、公家など、身分の高い家柄の家紋や紋章は見分けられるように教育を受けている。
「さて、あなた様のような高貴なお方に直接お言葉を賜るだけでなく、お尋ねごとがおありとは、まったく想像もつかないことでございますが、私にお応えできることであれば、何なりとお尋ねくださいませ」
フェルナンド神父が教会の中へとアントニウスを案内しないのは、鄙びた教会でアントニウスの高価な衣装を汚したくないからだったが、アントニウスはそれを高齢のバーソロミュー神父に話を聞かれたく無いからと受け取った。
「では、率直に伺おう」
アントニウスの言葉に、フェルナンド神父は頷いて見せた。
「神父は、アレクサンドラ嬢を慕っていらっしゃるのか?」
想像もしていなかった問いに、フェルナンド神父は驚きの表情を浮かべた。
フェルナンド神父が心の奥でアレクサンドラに秘めた想いを抱いていることは聖職者として相応しくないことと、フェルナンド神父自身深く恥入り、誰にも知れぬように隠し通し、夜毎神に懺悔の祈りを捧げている事で、決してアントニウスに知られている筈の無いことだった。
「これは、また・・・・・・。突然何を仰られるかと思えば・・・・・・」
フェルナンド神父は言うと言葉を切り、改めて心を落ち着かせた。
「それで、お忍びでいらしていたのですか? それならば、ご心配には及びません。私は神の道に入ったもの。妻を娶ることはございません」
フェルナンド神父は言い切ったが、アントニウスの視線は鋭いままだった。
「神父が妻を娶れるかどうかは尋ねていません。あなたが、アレクサンドラ嬢を慕っているかどうかを尋ねているのです。たとえ妻に娶ることが出来なくても、心を奪われ、慕ってしまうことはあるでしょう? 決して、手折ることの出来ない花であっても、それを美しいと想い、慕うことは禁じられてはいないはず」
フェルナンド神父はしばしの間、アントニウスの問いを噛みしめるようにして口を閉じていたが、ゆっくりと話し始めた。
「確かに、仰るように、妻を娶れぬ身であっても、誰かを想い慕うことはあります。そういう意味では、確かにアレクサンドラお嬢様はとてもお美しく、神の創られた至上の乙女と言えましょう」
フェルナンド神父の言葉に、アントニウスの手がサーベルの柄にかかった。
「私はアレクサンドラお嬢様の、あの思い悩み、苦しむお姿を拝見し、なんとか少しばかりでもそのお心を安らいだものにできればと、努めてまいりましたが、私では力及ばず、お嬢様の悩みも悲しみも、苦しみも取り去ることはできませんでした」
フェルナンド神父は、アレクサンドラを慕っているのかというアントニウスの問いには答えなかった。それは、慕っていないと言えば嘘をつくことになるからであり、慕っていると答えれば、聖職者失格であることを認めることになるからだった。
「それでは、私の問いの答えになっていません!」
アントニウスは声を上げた。
「私は、聖職者として、少しでもアレクサンドラお嬢様の心に寄り添い、悩み、苦しみ、悲しむお嬢様をお助けしたいと、思い続けて参りました」
「そうしているうちに、心を奪われたと?」
アントニウスは挑戦的な言葉で問いかけた。
「神の造りたもうた、美しき芸術品とも言えるアレクサンドラお嬢様やジャスティーヌお嬢様に、心を動かされない人間が居るとしたら、その者の心は鋼で出来ているとしか思えません」
瓜二つのジャスティーヌまで例に出されると、アントニウスはそれ以上フェルナンド神父を責めることが出来なかった。
「確かに、鋼の心でもなければ、あの美しい笑みに心を動かされない人は居ないでしょう」
渋々、アントニウスはフェルナンド神父に同意した。
「では、質問を変えよう。アレクサンドラ嬢は、何をそれほど迄に苦しみ、悲しみ、悩んでいたのか教えていただけませんか?」
無理を承知でアントニウスは尋ねた。
「高貴な方、あなた様の問いに答えることの出来ぬ私をどうぞ不敬であると、その剣でお切捨てください」
フェルナンド神父は言うと、アントニウスの前に膝をつき頭を下げた。
「告解室で神の代理人として耳にした信徒の言葉は、一言たりとも漏らすことはできません」
フェルナンド神父の潔い態度に、アントニウスは無言で頭を横に振った。
「大変失礼をした。どうぞ、お立ち下さい」
アントニウスは言うと、柄にかけた手を戻した。
「お忙しいところ、お手間を取らせた。失礼する」
アントニウスは言うと、再び馬車に乗り込んだ。
馬車は土ぼこりを上げながら教会を去り、一路、屋敷を目指した。
去っていく馬車を見ながらフェルナンド神父は、アレクサンドラが慕いながらも、その想いを信じかね、求婚を断った相手というのが、名も名乗らず立ち去った王族に名を連ねるあの男なのだろうと思いながら、憂いのあるアレクサンドラのあの笑みが、一刻も早く明るく陰りのないものになってほしいと心から思った。




