15-1
アレクサンドラの社交界デビューの本番ともいえる国王陛下との謁見は、同じく社交界にデビューする大勢のレディ達と同じ日に行われ、王宮の控室には父親に付き添われた大勢のレディ達がまばゆくばかりに着飾り、緊張した面持ちで自分の順番が来るのを待ち続けていた。
国王陛下への謁見は、基本的に身分の高い物から呼ばれる決まりになっているので、貧乏伯爵家の自分が呼び出されるのは限りなく最後の方だとアレクサンドラは思っていたが、実際のところ、公候伯士男という爵家の序列からいえば、伯爵家は真ん中に位置し、公爵家にはデビューする娘はなく、侯爵家から一人、伯爵家からアレクサンドラの他に数人、あとは子爵家と男爵家の娘たちということもあり、一際華やかなアレクサンドラの姿は控室を埋め尽くしているレディ達を圧倒するだけでなく、その存在感は娘に付き添う父親たちをも圧倒していた。
伯爵家の順番が来ても、最後だろうとアレクサンドラが大きなため息をつこうとした瞬間、呼び出しの声がかかった。
驚いてアレクサンドラが父の顔を見上げると、父のルドルフは無言で頷き、アレクサンドラの手を取って扉の方へと歩き始めた。
今でこそ貧乏伯爵家ではあるが、それは領民の為にと、税の取り立てを厳しくせず、王家から科されている税金に気持ち程度の上乗せしかしていない、アーチボルト伯爵の領民に対する思いが財政を火の車にしているだけで、家柄という点からいえば、歴史も古く、国王陛下の個人的なブリッジ仲間であるアーチボルト伯爵家の格は、実はかなり高い。何しろ、建国当時からの王の盾と呼ばれる家柄だが、それを口にする者はほとんど居ない。
時の寵児のように、お金に物を言わせて家柄が良いように振舞っている成金伯爵家の方が、本当は遥かに格が低いのだと、改めてアレクサンドラは自分の立ち位置を理解した。
実際のところ、王太子との見合い話が沸き起こったのも、単に父が陛下のブリッジ仲間だから選ばれたのだろう程度にしかアレクサンドラ自身考えていなかった。何しろ、日々困窮している自分の家が、そこまで実は格が高いとは、正直考えたこともなかった。
父に手を引かれ、控えの間を出て行くアレクサンドラの後姿を順番待ちの娘たちが羨望の眼差しで見つめていたことをアレクサンドラは知らなかった。
誰の目にも、アントニウスが湯水の如く資金を注ぎ込んで用意させた衣装もアクセサリーも、国一番と言うのがピッタリの豪華さだった。
ただお金をかけただけの、成金色の強い物とは違い、同じレースでも最高のシルクを使ったレース、白を基調としたドレスのシルクは真っ白ではなく、わざと生成の白の中に、極稀にしか取れない錦糸のシルクが織り込まれ、ドレスの曲線を金色の輝きが包む上品な作りだ。普通はレースを銀糸で縫い止めるのが流行だが、錦糸のシルクの輝きを損ねないよう、金糸を使ってレースを縫い止め、宝石の代わりに金の飾りを縫い付けることで、アレクサンドラが眩い金色の光を纏っているようになっていた。
大きく派手なボンネットに、宝石を散りばめて豪華さを出すのが主流だが、ボンネットの豪華さで隠すのが勿体ないくらいアレクサンドラは美しいからと、アントニウスは小さめのボンネットから背中にレースのベールが流れる、髪の毛が短いのが目立たないデザインを選んでくれた。そして、アクセサリーは可愛らしいピンクサファイアで統一した。
アレクサンドラの姿は、今まさに、国王陛下の前で花が綻び開くと言わんばかりのエレガントさだった。
控室と言っても、謁見の間の隣にあるわけではない。
長い廊下を案内する侍従の一人について進んでいくうちに、さすがのアレクサンドラも緊張で心臓がドキドキと体から飛び出しそうに暴れ始めた。
緊張が頂点に達した瞬間、侍従の歩みを遮るようにアントニウスが柱の影から姿を現した。
「陛下よりも一足先に、美しいあなたの姿を拝見したく、こうして廊下に忍んでまいりました」
甘い言葉を囁くアントニウスに、侍従は聞こえよがしに咳ばらいをした。
「お控えください。陛下がお待ちです」
侍従の言葉にもアントニウスは気に留めた様子はなく、アレクサンドラの前に跪くと、アレクサンドラの右手を取って見上げた。
「伯父上も、きっとあなたに正式な謁見を許す日が来たことをとても喜ばしくお思いでしょう」
アントニウスは言うと、アレクサンドラの手に口づけするのではなく、深々と頭を下げてから立ち上がった。
「遅れた理由を伯父上に尋ねられたら、恋の熱にうなされた甥が行く手を阻んだと、そう告げるがいい」
侍従に一言声をかけると、アントニウスはアーチボルト伯爵に対し『大変失礼を致しました』と謝罪してすぐに廊下の端へと身を引いた。
「参りますぞ」
侍従は声をかけると、再び歩き始めた。
先ほどまで、足先まで震えそうだったアレクサンドラは、いつのまにか落ち着きを取り戻し、これから会うのは、本当は舞踏会で何度も顔を会わせたことがあり、正式には社交界にデビューしていないにもかかわらず、ロベルトと一緒にいたことで名乗り、言葉すら交わしたことのある国王陛下に会うだけなのだと、完全に落ち着きを取り戻した。
謁見の間の扉の前に着き、正式に名前を呼ばれるのを待つ間は、もう緊張することはなかった。
『アーチボルト伯爵ならびに、ご息女、アレクサンドラ様・・・・・・』
正式な呼び出しの声がかかり、大きな謁見の間の扉がアレクサンドラを招き入れるために開かれた。
そこからはしきたりに従い、何度も練習を重ねた手順に従い、父と速度を合わせて国王陛下の前へと進み出る。そして、決められた場所までくると父が立ち止まり、アレクサンドラに合図を送ってくれた。
その合図に従い、アレクサンドラは限りなく優雅に、そして深々とお辞儀をした。
「ルドルフ、やっとそちのもう一人の娘を余に引き合わせてくれたか。アレクサンドラと申したな、顔を上げなさい」
リカルド三世の言葉に従い、アレクサンドラはゆっくりと姿勢を元に戻し、少し俯き加減で顔を上げるのを止めた。
「よいよい、余とルドルフの仲ではないか。顔を良く見せておくれ。ルドルフの娘であれば、余の姪も同じだ」
リカルド三世の言葉に、アレクサンドラは顔を上げると一段高い玉座に座っているリカルド三世に顔を向けた。
「なんと! 本当にジャスティーヌに瓜二つではないか・・・・・・」
驚いたように言うリカルド三世に『父の私でさえ、時に見分けがつかない事がございます』とルドルフが答えた。
「素晴らしい娘を二人も持ち、ルドルフ、そちは誠の幸せ者だ」
リカルド三世の言葉は謁見の終わりを告げていた。
アレクサンドラとルドルフは深々と頭を下げると、入ってきたのとは別の退出用の扉の方に向かって歩き始めた。
「時にルドルフ、今宵の舞踏会のアレクサンドラの相手は誰が務める?」
突然呼び止められ、ルドルフが慌ててリカルド三世の方に向き直った。
「アントニウス殿にお願いするつもりでございます」
ルドルフが答えると、リカルド三世は満足したように何度も無言で頷いた。
「さては、廊下に恋の熱病に侵された甥が現れ、不届きにも、余よりも先に、そちの麗しい愛娘の姿を盗み見したのであろう」
アントニウスの行動を知り尽くしているリカルド三世の言葉に、ルドルフは苦笑した。
「はて、そのような方は・・・・・・」
「よいよい。アレクサンドラも、さぞや緊張していることだろう。下がるがよい」
「御前、失礼致します」
ルドルフは言うと、再びアレクサンドラの手を引き扉をくぐった。
扉の向こう側では、良く言えば陛下との謁見の感動を反芻している謁見を済ませた父娘たち、悪く言えば、やじうま根性丸出しの父娘達が鋭い視線をアレクサンドラ達に向けて居た。
謁見を終えてしまえば、ここで待っている必要もないのだが、同じ日に社交界にデビューする娘たちに対し、どのような好感を陛下が持っているか、自分の娘とどれほど違うかが重要な親娘の群れが、嫉妬と羨望と、妬みの瞳でアレクサンドラの事を見つめていた。
しかし、待合の間に居た時から、アレクサンドラよりも美しい娘はいなかったし、アレクサンドラよりも素晴らしい支度の娘もいなかった。
「きっと、アントニウス様がお待ちだろう」
ルドルフは言うと、周りの視線など気にしない様子でそのまま退出の間を抜けて廊下へと向かった。
ルドルフが言った通り、廊下ではアントニウスが待っていた。
「アントニウス殿、申し訳ないのですが、私は少し王宮で済まさなくてはならない陛下からの命があるのですが、その間、王宮に不慣れなアレクサンドラを一人で待たせておくわけにも参りません。もし、ご迷惑でなければ、アレクサンドラを屋敷まで送っていただけないでしょうか?」
予定外の展開に、アレクサンドラは戸惑ったが、アントニウスにアレクサンドラを預けると父のルドルフは王宮の奥へと歩き去ってしまった。
「ご迷惑をおかけいたします」
アレクサンドラが言うと、アントニウスは零れそうな笑みを浮かべた。
「仕立て屋から、あなたのドレスの話を聞くたびに、どれ程美しくなって行くのだろうと、とても楽しみで、そして、不安でした」
「不安?」
「ええ、あなたが美しくなればなるほど、あなたに心を奪われる男が沢山出てくる事でしょう。そうしたら、いつまであなたを私のものとして、独占しておくことが出来るだろうかと」
アントニウスの言葉に、アレクサンドラは頬を染めた。
ただの誉め言葉なのだと自分を諫めても、アントニウスの言葉にアレクサンドラの心はときめいてしまった。そして、もし、この言葉がアントニウスの本心から出てきている言葉なら、どれ程嬉しかっただろうかと、胸の奥が痛んだ。
「私はアントニウス様のものです。何があっても、誰にも嫁ぎは致しません」
アレクサンドラが言うと、アントニウスがそっと指でアレクサンドラの唇を押さえた。
「壁に耳ありです。不用意な事を王宮内で言ってはいけません。このことは、ジャスティーヌ嬢にもお伝えください。王宮は、常に自陣であって、敵陣の最前線でもあるということを王族になるなら、そしで王族の縁者になるのであれば忘れてはなりません」
アントニウスは言うと、アレクサンドラの手を引いて王族専用の車つけに案内し、用意させてあった自分の馬車にアレクサンドラを乗せるとアーチボルト伯爵邸を目指して馬車を走らせた。
「これでもかというほど、母に叱られましたよ」
馬車に乗ると、アントニウスはすぐに砕けた口調で言った。
「叱られた? なぜです?」
アレクサンドラには理由が思い当たらず、首を傾げて問い返した。
「とても簡単な事ですよ。あなたのせいです」
「私の?」
「ええ、そうです。愛する女性に振り向いてもらえないまま、国に逃げ帰るような息子を持った覚えはないとね」
アレクサンドラは、アントニウスには心に決めた女性がいたにも関わらず、アレクサンドラの社交界デビューの支度を整える役を買って出たために、相手の女性に誤解されて困っているのだと思うと、アントニウスと二人きりになり早っていた胸の鼓動がおさまり、気持ちが沈んでいった。
「他人事のような顔をしないでください。あの日、言ったはずです。もう、ゲームはおしまいだと・・・・・・」
「わかっています。ですが、私には、あなたに秘密を守っていただくために、どんな犠牲でも払う覚悟があるとお伝えしたはずです。ですから、あなたの・・・・・・」
あの日は、それなりに抵抗はあっても口にすることのできた『情婦』という言葉は、完全なレディとなったアレクサンドラには口にすることが出来ず、そこから先は口ごもることしかできなかった。
「ですから、私の求婚はゲームではなく、私の正直な気持ちだと言っているのです」
あくまでも秘密を握られたものと、秘密を握ったものの関係から抜け出せないアレクサンドラに、アントニウスは少しならず苛立ちすら感じたが、全てはアントニウス自身が原因を作ったことだと思うと、更に自分に腹立たしくなった。
「でも、いま、意中の方がいらっしゃるとおっしゃったではありませんか」
かみ合わない話に、アントニウスは大きなため息をついた。
「ですから、私が振り向いてもらえない相手は、あなたです。アレクサンドラ。わたしは、あなたの自己犠牲的な気持ちで捧げられるものに興味はありません。私が射止めたいのは、あなたの心です」
「でも、あの晩図書室で・・・・・・」
アレクサンドラ羞恥心で顔を真っ赤にしながら言った。
「あの晩は、まさに蛇の生殺しと言うものでした。創造神と母の名に誓っていなければ、あなたを抱きしめてしまっていたかもしれません。思いとどまるのに、どれほどの理性が必要だったか、レディのあなたにはお分かりにならないでしょう。ですが、私が抱きたいのは、口止め料として差し出されるあなたではない。心から私を想い、愛してくれるあなたです」
あまりにも露骨な言葉に、アレクサンドラは真っ赤な顔をしたまま言葉が出ず、両手で口を覆った。
「あなたが他に好きな男がいるというのなら、話は別です。例えば、毎日通っている教会の若い神父とか・・・・・・」
アントニウスの言葉に、アレクサンドラは目を見開いた。
「伯爵は、あなたが幼い頃から知っている老神父しか教会にはいないはずだ思っていらっしゃるようですが、私は知っています。あなたの懺悔を聞いているのは、老神父ではなく、若い神父だということを・・・・・・」
「それは違います。私はフェルナンド神父に、自分が男装していたことを懺悔しようと教会に通っていたのです。でも、どうしても、自分の口から秘密を誰かに話すことが出来ず、それで毎日のように通っていたのです」
「では、あの若い神父に会いたくて通っていたわけではないと?」
「もちろん違います。とてもお優しい方で、私を慰めては下さいますが、そのような気持ちはありません」
アレクサンドラの『慰める』という言葉に、アントニウスがピクリと反応した。
「ちょっと待ってください。懺悔できていないのに、神父はどうやってあなたを慰めたのですか? 優しく手を握って? それとも、神の慈悲の代行者としてあなたを抱きしめたのですか?」
嫉妬にかられると、人間と言うものは完全に冷静さを失うとはこういうことだった。
神父が信徒に触れたり、抱きしめたりすることなど通常はあり得ないうえ、大聖堂の枢機卿ならまだしも、所領の小さな教会の神父が領主の娘であるアレクサンドラに触れることなど、許されるはずもないことをわかっているはずなのに、アントニウスはフェルナンド神父がアレクサンドラに好意を抱いているのではと疑いを追いやることが出来なかった。
「そんなことは、あり得ません。告解室は壁で仕切られているのですよ。それに、外にはメイドのライラが控えているのですから、そのような不埒な事を神父がなさるはずがありません」
全面的に神父の味方に回るアレクサンドラに、アントニウスはやはりアレクサンドラの方が神父に想いを持っているのではと思わざるを得なかった。
「では、どうやって慰めたというのですか?」
「求婚を断ることは罪ではないと」
「は? え? いま、なんと?」
「ですから、求婚を断ることは罪ではないと・・・・・・」
「求婚を断るたびに罪に問われていたら、ジャスティーヌ嬢など、地獄行き確定ですよ」
アントニウスは冗談めかして言った。
「それから、正式に婚姻を交わしていない男女が肉欲によって結ばれることは神が最も憎まれる罪の一つだとも」
アントニウスの顔が一瞬のうちにひきつった。
自分から話した覚えはないが、実際、エイゼンシュタインで散々浮名を流したアントニウスには『神が最も憎まれる罪の一つ』を犯した覚えはある。しかし、いまさらそのことを持ち出されるとはまったく考えてもいなかった。
アレクサンドラに嫌われた原因がそこにあるのかと思うと、アントニウスの背中を冷たい物が流れていった。
「ですが、神は罪を憎まれても、その罪を悔い、行いを改めようとするものを温かいお心で許して下さるとも仰ってくださいました」
さすが神父、良いことを言うと、アントニウスは胸をなでおろした。
「神父のお優しい言葉が、私を慰めてくださったのです」
アレクサンドラはかすかに瞳を潤ませていった。
「アレクサンドラ、これからは、私があなたをお慰めします。どのようなものからも、私がお守り致します」
アントニウスの言葉に、アレクサンドラは潤んだ瞳でアントニウスを見上げた。
紅を塗られた形の良い唇が目の前に迫り、アントニウスは口づけたいという欲望を理性を奮い起こしてねじ伏せた。
「あなたとの事をこのままにして国へ逃げ帰ることは許さないと、母から言われました」
「では、マリー・ルイーズ様も秘密をご存知なのですか?」
アレクサンドラは焦って問いかけた。
「いいえ、母が知っているのは、私があなたに求婚して断られたことだけです」
それは、先日アレクサンドラ自身が、教会の告解室で話したことだった。
「何度でも、何度でも、あなたが振り向いてくれるまで、本当にあなたが私を想ってくれるようになるまで、私は絶対にあなたの手を放しません」
アントニウスの言葉に、驚いてアレクサンドラはアントニウスの事を見つめた。
「覚悟してください。あなたが出席される舞踏会や夜会には、必ず私がエスコートしますから。このことは、既に伯爵の承諾を得ていますから、私以外の誰とも、例え相手がロベルトだったとしても、あなたと踊らせはしませんからね」
情熱的な瞳で見つめられ、アレクサンドラは心臓が早鐘のように打ち、胸が苦しくなった。
「でも、なぜ? 一体、なぜ、どうして私なのですか? 私が完全なレディでないことは、アントニウス様が一番良くご存じの筈ではありませんか」
アレクサンドラは困惑してアントニウスを見つめた。
アントニウス程の立場であれば、女性はより取り見取り。確かに、イルデランザ公国のように、自由恋愛が認められず、基本的に親の決めた相手と大人しく結婚することがしきたりとなっている国であっても、男勝りで、にわか作りのレディのアレクサンドラよりも、もっと将来の公爵夫人に相応しい女性は大勢いるはずで、エイゼンシュタインにも、自分の娘をアントニウスの妻にと計画している親達はロザリンドの父だけでなく、他にも沢山いる。
「何をおっしゃっているのですか? 私の答えはとても簡単ですよ。それは、私が恋慕い愛している相手があなただからです」
アントニウスは笑顔で当然といった様子で答えたが、レディとしての経験が短いアレクサンドラは、意味こそぼんやりと理解出来はしたが、なんと答えるのが正しいのかが分からず、何も言えず沈黙することしか出来なかった。
「今日は、とりあえずお屋敷にお送りし、舞踏会の前にお迎えに参ります。絶対に、ジャスティーヌ嬢を迎えに行くロベルトの馬車に乗ったりなさらないでくださいね。そんなことをしたら、私はロベルトに決闘を申し入れますからね」
アントニウスは念を押すと、優しい笑顔をアレクサンドラに向け、そっとアレクサンドラの手を取った。
気づけば、馬車は既に伯爵邸の門をくぐり、車寄せを目指して減速し始めていた。
馬車が正面に停まると、御者が扉を開け、まずアントニウスが降り、アントニウスが恭しく差し出す手をとり、アレクサンドラはゆっくりと馬車を降りた。
玄関前には家令が迎えに出てきており、アントニウスは伯爵から申し付かり、アレクサンドラを王宮より送り届けに来た旨を伝え、名残惜しそうにアレクサンドラの手を放した。
「ありがとうございました、アントニウス様」
アレクサンドラがお礼を言うと、アントニウスは笑みを浮かべ『では後程』と言って馬車に乗り込んだ。
馬車が走り去っていくのを見送る家令と一緒に馬車を見送ってから、アレクサンドラは屋敷の扉をゆっくりとくぐった。
「おかえりなさいアレク!」
中に入った瞬間、アレクサンドラは飛びつくようにして抱き着いてくるジャスティーヌをよろめきながら抱きとめた。
みっちりとレディたるものという短期集中のスパルタ教育を受けたアレクサンドラからすると、家の中で過ごす時のジャスティーヌの方が自分よりお転婆に感じられる今日この頃だった。
「すごいわ。本物のレディよこれで!」
ジャスティーヌの言葉は、普通なら尋ねるであろう『緊張した?』や『国王陛下からお言葉は戴けた?』といったありふれたものではなかった。
「そうだね。これで、私もレディとして認められたってことよね」
すっかり『僕』という自称も使わなくなり『私』という言葉が舌になじんできた。
「とりあえず、着替えましょう。少しリラックスしなくちゃ」
はしゃぐジャスティーヌに手を引かれ、アレクサンドラは階段を上った。




