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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
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14-2


☆☆☆


 ジャスティーヌは父の書斎を訪ねると、後ろ手に扉を閉めた。

「どうしたというのだ、お前から話があるとは珍しいが、まさか、本当はアレクサンドラか?」

 アレクサンドラがレディになって以来、なぜか二人の見分けがつかない伯爵は、探るようにしてジャスティーヌの事を見つめた。

「お父様、私はジャスティーヌでございます」

「ふむ、確かにそうだな。アレクサンドラならば、そこで『ございます』とは言わないだろう」

「あら、お父様、そんなことはございませんわ。もう、アレクはすっかりレディですから、私が相手でなければ、お母様の前でもちゃんとレディですわ」

「そうなのか?」

 社交界デビューの日が刻々とせまるなか、普通の娘ならバラ色に頬を染めてステップを踏みながら踊りだしそうにウキウキした気持ちで過ごすものらしいのだが、落ち着き払っていたジャスティーヌに対し、アレクサンドラときたら部屋と教会の往復のみで、社交界デビューではなく、修道院に入る日を待ってでも居るようで、その姿はまるで葬儀か通夜かというくらい沈み込んでいる。そのせいもあり、食事の時に顔を会わせても、なぜか痛々しすぎてかける言葉もなく、親子の会話はしばらく途絶えたままだった。

「お父様、お父様の目から見て、アレクはアントニウス様に恋をしていると思われますか?」

 突然の予期せぬ問いに、父のルドルフは思わず咳き込んだ。

 陛下からのお話もあり、アントニウスがアレクサンドラに一目惚れ、しかも、一目惚れしたはずの相手はアレクサンドラではなく、ジャスティーヌのはずなのに、なぜかアントニウスはジャスティーヌには興味も持っていない様子で、ダンスの練習の手伝いや、社交界デビューの仕度の世話から何から、本物のアレクサンドラと過ごしても、何の違和感も持った様子もない。

 ルドルフとしては、いつアントニウスが『騙された、自分が恋した相手はこの人ではない』とアレクサンドラの事を糾弾し、一目惚れした相手が実はジャスティーヌだったという、国家の一大事を引き起こすのではないかと、そればかりが心配で、実際のアレクサンドラがアントニウスをどのように思っているかなど、冷静に考えたことはなかった。

 しかも、アレクサンドラときたら、二度とアレクシスの姿にはならないと約束しながら、突然、アントニウスの家を訪問するなどという、父親としては卒倒しそうな不始末ばかりをしでかしてくれるだけでなく、毎日、飽きもせずに教会に通うという、謎の行動も続いていた。

「そういうことは、私ではなく、アリシアに尋ねなさい」

 こういう時は、厄介ごとを妻に押し付けるのではなく、朴念仁の自分にはわからないから、優秀な妻の助言が必要だというニュアンスをもたせ、アリシアに回すのがルドルフとしては最善の策だった。

「では、お父様、もし、私が殿下と婚約し、王家との縁戚になることを目論見、アレクを妻にと縁談を持ち掛けてくる家があったとします。その場合、お父様はアレクの意思を尊重してくださるのですか? それとも、国や政治の為にアレクを望まぬ誰かのもとに嫁がせるおつもりなのですか?」

 これまた突然、政治に深く絡んだ厄介な問いを投げかけるジャスティーヌに、ルドルフは既に複数の打診がある貴族たちを思い出しながら咳ばらいをした。


 普通、まだ見てもいない絵画を買いたいと思う人間はいない。それなのに、突然沸き起こったアレクサンドラへの縁談に呆れていたルドルフだったが、実際のところ、アレクサンドラとジャスティーヌが双子であり、二人がそっくりだと、当然一人二役だったのだから、そっくりで当たり前なのだが、そう言う話が漏れ聞こえるようになった時点で、アレクサンドラは見たこともない絵画ではなく、ジャスティーヌの写し絵として、みな縁談の話を進めたがっているのだと、遅ればせながらも気付いたルドルフだったが、アントニウスとの一件が白黒着くまでは、全ての縁談は『のらりくらりのルドルフ』でごまかすつもりだった。しかし、もしアレクサンドラがアントニウスを夫に選ばなかったとしたら、延々と待たせた縁談をすべて断ることは至極困難であろうことが、ルドルフの頭痛の種でもあった。

 我が娘ながら、鋭い点をついてくると、ルドルフは感心しながら、なんとかジャスティーヌの問いに答えるにふさわしい言葉を探した。

 父として、もちろんアレクサンドラが望まない結婚はさせたくない。しかし、ジャスティーヌが王太子妃という絶対的な立場となれば、その妹のアレクサンドラも政治の駒となり、政治の道具と王室も大臣達もそう考えるようになるのも事実だった。そうなれば、せっついてくるバルザック侯爵家からの縁談など、とくに断るのが難しい。しかし、バルザック侯爵家の嫡男とは、アレクシスが決闘した事があるくらいで、そんな相手にアレクサンドラを嫁がせられない事はルドルフが一番よくわかっていた。

「アレクサンドラの意思は尊重したい。だが、断れない縁談というのも、いずれは出てくるだろう。そのためにも、アレクサンドラには、アントニウス殿を選んでもらいたいと思っているのだが」

 こんな答えでジャスティーヌが納得するだろうかと、ルドルフは内心ひやひやしながら答えたが、ジャスティーヌは『わかりました』と大人しく引き下がり『お母様にご相談して参ります』と言って出て行った。

 ルドルフは大きなため息をつくと、今日も届いたアレクサンドラとの婚姻に関する進展伺いの手紙をまとめて引き出しに押し込んだ。


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