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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
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12-7


☆☆☆


 ランチを終えたアレクサンドラは、一通りの行儀見習いの練習を終えてから、馬車の手配をコストナーに命じた。今まで、外出する時は男の格好だったので、侍女のライラが付き添うことはなかったが、今となっては気楽に一人で外出することは許されず、外出時は必ず侍女を連れていなくてはいけない。ジャスティーヌと一人の侍女を共有するアレクサンドラは、外出する際には予定がジャスティーヌとかぶらないことを事前に確認する必要がある。

 アーチボルト伯爵家の経済状況では、二人の娘に個別の侍女を雇うような余裕はない。それに、内向的で必要以上に外出しないジャスティーヌは、基本、勉強や読書をするか、母と二人でレース編みや刺繍に精を出すのが常で、外出するのは断れないお茶会に出席するときくらいだった。


 ジャスティーヌが外出しないことは確認済みだったので、アレクサンドラは馬車の用意に合わせ、ライラに着替えを手伝ってもらった。

 行く先が所領内の教会ということもあり、装いはシックで落ち着いた比較的普段着に近いものだ。

 ライラに付き添われ馬車に乗ると、馬車は凸凹道を一路、教会を目指した。



 ライラに馬車で待つように告げると、ライラはにっこりと笑って『それはできません』と答え、アレクサンドラに続いて教会の中へと歩を進めたが、アレクサンドラの邪魔にならないよう、入り口近くの席に座ったので、アレクサンドラは真っ直ぐに奥へと進んで行った。


 アレクシスの時から顔なじみのバーソロミュー神父は、アレクサンドラの姿が変わったことに気付いているのか、いないのか、信者に接する時の誠実で優しい態度でアレクサンドラの祈りをサポートしてくれた。


「神父様、懺悔を聞いていただけますか?」

 アレクサンドラの申し出に、バーソロミュー神父はアレクサンドラに頷いて見せた。

 アレクサンドラは神父の承諾を得て、教会奥の告解室に入った。



 薄暗く狭い空間にただ一人と言っても、ドレスとパニエを身に付けたレディが入れるだけのスペースはあるので、息が詰まるほどの狭さではないが、バーソロミュー神父を待つ間、アレクサンドラは自分から告解を申し出たのにも関わらず、全ては墓まで持って行くべきか、こですべてを口にしてしまっていいのだろうかと、何度も何度も逡巡した。

 一足遅れてバーソロミュー神父が告解室に入ってきたのが扉の音と気配で分かった。

 二つの空間を隔てていた小窓が開けられ、格子の向こう側にぼんやりとバーソロミュ―神父の輪郭姿が見えた。

「迷える子羊よ、神の前にすべての罪を告白なさい」

 神父に声をかけられても、アレクサンドラは言葉がのどに詰まって一言も話すことが出来なかった。

 しかし、しばらくの間沈黙を守ったバーソロミュー神父は、優しい声で話し始めた。

「人はとても弱い生き物です。時に、自分の犯した罪の大きさに怯え、恐れ戦き、その畏れ多さに、悔い改めたいと思いながらも、自らの罪を口にする事さえ憚られ、言葉にする事が出来なくなってしまうこともあります。でも、言葉にすることができないからといって、焦る必要はありません。なぜなら、それは自ら罪の重さを理解し悔い改めているが故におこることなのですから。時が来れば、神があなたに勇気と力を授け、その罪を神の前に詳らかにすることが出来るようになるでしょう。神の前に、人は身分や生まれに関わらず、皆平等なのですから」

 アレクサンドラの事を幼い頃から知っているバーソロミュー神父は諭すように言った。

「すこし、お話をしましょうか」

 バーソロミュ―神父はいうと、聖典に書かれている話を引用した。

「海の女神を愛していた大地の神は、海の女神が天からイエロス・トポスに降り、神殿を建てて地上に住むことを決めたとき、嫉妬に駆られ女神を天に連れ戻そうとしました。しかし、全ての愛は等しく海で生きるものと民に注がれるべきだと考えた女神は、イエロス・トポスを離れ、遙か南の半島の先に神殿を建て、その地をデロスと名付け、そこで暮らすことにしました。しかし、大地の神は女神が自分を裏切ったのだと怒り、女神の神殿がある半島を大陸から引き裂き、小さな島にしてしまったのです。そのため、神殿の建設にイエロス・トポスから女神と共にその地に赴いた者達は、二度とイエロス・トポスに帰ることが出来なくなってしまいました。山奥に住むイエロス・トポスの民は木工と石細工は得意でしたが、荒波の大海へ漕ぎ出す船を造る技を持っていなかったのです。帰らぬ愛しい人を想うイエロス・トポスの民が涙し、この涙によって極寒の地でも氷ることのない、陸では珍しい淡水ではない塩水のクラマタ湖ができたと言います」

 聖典で読んだと言うよりも、幼い頃に母から読み聞かせてもらって知っている話ではあったが、改めて聞くと、引き離された家族や恋人達、そこまでするほどに海の女神を愛していた大地の神と、その愛を捨てて人のために地上に降りてきたか海の女神の事がアレクサンドラは身につまされるように悲しく感じた。

 その時初めて、アレクサンドラは自分が一人のレディとして誰かを愛し、愛されたいと欲していることに気付かされた。


「大地の神の行いに絶望した海の女神は、二度と大地の神に逢わないと創造神に誓い、その代わりにイエロス・トポスの民をイエロス・トポスに返して欲しいと頼みました。しかし、大地の神の女神への愛は深く、創造神は大地の神の嫉妬と怒りを諫めましたが、大地の神は女神の願いを聞かず、自らの過ちを正そうともしませんでした。しかし、大地の神の激情によって引きちぎられたデロスと大陸をつなぐことはできず、大地の神はデロスに豊かな自然の実りと資源を与え、創造神は民に木材で船を作る技術を与えました。おかげでイエロス・トポスの民は船で大陸に戻ることができるようになりましたが、殆どの民は女神にお仕えする為にデロスの民となりました。

 しかし、海の女神は大地の神の悋気を恐れ、神殿奥に身を隠し、巫女以外との接触を絶ちました。それでも、深く女神を愛する大地の神は、女神の神殿に跪いて願い請うて年に一度、祭りの日にだけで良いから逢って欲しいと、自分の犯した過ちを悔い改めていることを女神に伝えました。それを見ていた創造神は、女神にもう一度機会を与えるように諭しました。そして、海の女神は年に一度の大祭の日だけ、その務めを巫女に委ね、大地の神と夫婦として過ごすことができるようになったのです」

「なぜ、そのお話をなさったのですか?」

 アレクサンドラは、自分の悩みが異性関係だとバーソロミュー親父に見透かされたような気がして問い返した。

「このお話は、私達人間にとって、良い教訓なのです」

「教訓ですか?」

 アレクサンドラは理解できずに首を傾げた。

「神であっても過ちを犯すことがあるのですから、遙かに劣った私たち人間が罪を犯してしまうのは仕方のない事とも言えるのです。ですが、大切なのは、神でさえ創造神の前に跪いて過ちに対する許しを請うたことを忘れず、己の過ちを認め、真摯に許しを請う事が大切だという事です。そうすれば、偉大なる創造神は、悩める子羊である私達、人間の過ちを許してくださるはずです」

 バーソロミュ―神父の声が優しく、静かに告解室の中に響き、アレクサンドラは少し安心することができた。

「ありがとうございます、神父様」

 さっきまで、一言も口にすることができなかったアレクサンドラだったが、お礼の言葉は、つかえることなく、するりと口にすることが出来た。

「ここは迷える子羊の家ですから、いつでも心おきなく足をお運びください」

 バーソロミュー神父は言うと、二つの空間を繋げていた小窓を閉め、先に告解室から出て行った。

 残されたアレクサンドラは、ゆっくり告解室をあとにすると、待っているライラのところへ進んでいった。

「お嬢様、もうお帰りになられますか?」

 ライラの言葉に無言で頷くと、アレクサンドラは教会を後にして馬車に乗り込むと、胸に聖典を抱えたまま目を閉じ、一言も話さなかった。

 ライラは御者に命じて馬車を走らせると、まっすぐに屋敷を目指した。


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