12-6
☆☆☆
「アレク、アントニウス様と何かあったの?」
部屋に入るなり問いかけるジャスティーヌに、アレクサンドラは頭を横に振った。
アントニウスが自分をからかうためにプロポーズのまねごとをしたなんて事をジャスティーヌに話すわけにはいかないから、アレクサンドラは、ただただ頭を横に振るしかなかった。
「だって、コストナーとライラの話では、それこそピアニストを引きずるようにして屋敷から出ると、アントニウス様は馬車に蹴りこむようにして帰っていらしたって言うのよ。しかも、真っ青に蒼褪めていらして」
ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラが驚いて顔を上げた。
あの時、アレクサンドラが手を取らずプロポーズを断った時、確かにアントニウスは驚愕の表情を浮かべていた。それは、まるであのプロポーズが本当のプロポーズだったかのようだった。そして、立ち上がると一歩、二歩と後退り、急用を思い出したと言って、ろくに挨拶もせず、それこそサーベルを置いたまま庭から走り去っていったのだった。
アレクシスならば、サーベルをもって追いかけることもできたかもしれないが、アレクサンドラでは、重いサーベルを落とさないように屋敷まで持ち帰るのが精いっぱいだった。
「さあ、僕にはわからないよ」
『僕』と言った瞬間、アントニウスの口づけの感触が思い出された。
「他の女性との約束を思い出したんじゃない? モテる人だから」
アレクサンドラは軽口をたたいてごまかした。
「そんな馬鹿なこと・・・・・・」
ジャスティーヌは言ったが、アレクサンドラは何も言わなかった。
「で、お手紙には何て書いたの?」
最近はジャスティーヌのチェックを受けずに手紙を送っていることもあり、ジャスティーヌは興味津々と言った様子だった。
「何って、ダンスのお礼とサーベルをお忘れでしたからお届けしますって、それだけだよ」
アレクサンドラの淡白な答えに、ジャスティーヌがじっとアレクサンドラの事を見つめた。
「ねえ、アレク。アレクはアントニウス様の事をどう思っているの?」
それは、アレクサンドラが今一番訊かれたくない質問だった。
「わからない。だって、この間まで、アレクシスだったんだよ。男同士お酒を酌み交わして、肩を抱いて歌ったりしてたのに、どう思っているかなんて、分からないよ」
アレクサンドラの答えに、ジャスティーヌは納得したようだった。
「そうよね。元々アレクシスとして、お友達だったアントニウス様の事を急に異性として見ろと言われても、きっと難しいことよね。もし、ライラが実は貴族の子息で、私と結婚したいって言ったとしても、私にはライラはメイドとしてのライラにしか見えないと思うし、それと同じ様な事よね」
ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラは笑い出した。
「ジャスティーヌ、それ、あり得なさすぎ。着替えを手伝っていたライラが貴族の子息だったら、私なら、すぐに息の根を止めるよ!」
「まあ、確かに、人に見られては困る姿を見られているわけですものね。確かに困るわ」
ジャスティーヌの何気ない一言が、アレクサンドラの胸に深く突き刺さった。
「ねえ、ジャスティーヌ。もし、もし、ライラが貴族の子息だったら、ジャスティーヌはどうするの? 着替えや、肌を見られているわけじゃない?」
アレクサンドラの問いに、ジャスティーヌはしばらく考え込んだ。
「私は、アレクみたいに剣が使えるわけじゃないから、貴族の子息に勝てるわけないから、そうしたら、やっぱり、家の恥にならないように、自害するか、修道院に入るわね。だって、ロベルト殿下にも申し訳ないし。ロベルト殿下以外の男性に肌を見られているなんて。実際には、何もなかったとはいえ、やはり許される事じゃないわ。そうなると、私はロベルト殿下への愛の証を立てるために自害するわ」
ジャスティーヌの言葉がアレクサンドラの中に流れ込み、冷たく凍えた湖の様な胸に黒い波紋を生み出しては沈んでいった。
「そうだよね・・・・・・」
「でも、アレクなら、ばっちり相手を倒して口封じしてね。そうすれば問題なしなんだから」
ジャスティーヌの屈託のない笑みが、アレクシスにはまぶしく輝いて見えた。
ロベルトと相思相愛であることが確認できたジャスティーヌは、日々輝きを増す様に美しく光り輝く宝石のようだった。
その優しい笑顔、星を写しとったように輝く瞳、鈴の音のような軽やかな声音。何もかも同じで生まれてきたはずなのに、光輝くジャスティーヌに対し、自分はその光によって生まれた影のような気がアレクサンドラはした。
「ジャスティーヌ、幸せになってね」
アレクサンドラは笑顔で言うと、物思いにのめり込んでいった。
(・・・・・・・・どうせ僕は、そう遠くない日にアントニウス様の気まぐれで貞操を失うことになる。でも、それも一時のこと。アントニウス様が飽きたら、貞操を失い傷ものとなった私には、幸せな結婚など望むべくもない。それに、そんなことを知ったらお父様とお母様だけでなく、ジャスティーヌが深く傷つくことになる。だって、アントニウス様は殿下の従兄も同じ、嫁いだジャスティーヌは親戚としてつき合わなくちゃならないんだから、絶対にジャスティーヌに知られるわけにはいかない。でも、穢れた体では、修道女として受け入れてももらえないかもしれない。そうしたら、ジャスティーヌの幸せを祈りながら、秘密を護るために命を絶つしかない。殿下と結婚した後なら、アントニウス様にもジャスティーヌに手を出すことは出来ないはずだから。お父様やお母様、そして、ジャスティーヌの幸せを守るためになら、喜んで死ねる。ジャスティーヌが幸せになれるなら、それで良い・・・・・・・・)
「アレク、今日は変よ。どうしたの?」
ジャスティーヌが心配そうにアレクサンドラの事を見つめた。
「変じゃないよ。いつもと同じ。ジャスティーヌには、飛び切り幸せになってもらいたいだけ」
「それを言うなら、私だって、アレクに飛び切り幸せになってもらいたいわ」
ジャスティーヌは笑顔で言った。
「それは、きっと無理だよ」
「どうして?」
「だってさ、僕は、男の振りしてみんなを騙してたんだよ。アントニウス様が結婚の話を撤回したら、お父様に修道院に送られて終わりだよ」
「そんな!」
納得がいかないという顔をするジャスティーヌが愛しくて、アレクサンドラはジャスティーヌをぎゅっと抱きしめた。
言葉にできないから、心の中で囁くしかない。
(・・・・・・・・ジャスティーヌ、僕の分もいっぱい幸せになって。僕は、どんな時でも、ジャスティーヌの事を愛しているから・・・・・・・・)
アレクサンドラの瞳から一筋の涙が零れた。
「アレク!」
驚いたようにジャスティーヌが声を上げた。
「おやすみ、ジャスティーヌ。もう部屋に戻るね」
アレクサンドラは言うと、逃げるように自室に戻り扉のノブをしっかりとおさえた。剣の練習や乗馬で鍛えただけあり、腕力や握力ではアレクサンドラにジャスティーヌが勝てるはずがない。しばらく扉を開けようと頑張っていたジャスティーヌだったが、アレクサンドラがしっかり扉を抑えているので、力尽きて無理やりに開けるのはあきらめたようだった。
『アレク、何かあるなら話して。どんなことでも、私に話して。お願いよ・・・・・・』
扉越しに泣きそうなジャスティーヌの声が聞こえたが、アレクサンドラは答えなかった。
溢れた涙が頬をつたい、声を出せば泣いているのがジャスティーヌに知られてしまうからだった。
『おやすみなさい』
ジャスティーヌの声はそれ以降聞こえなくなった。
しばらくしてから、規則正しいライラ独特のノックの音が聞こえ、ライラがアレクサンドラの着替えの為に部屋に入ってきた。
「お着換えでございます」
「ありがとう」
アレクサンドラは言うと、立ってライラにドレスを脱がせてもらい、コルセットの紐をほどいてもらった。そして、ライラがドレスを片付けている間に夜着に着替えるとガウンを羽織った。
ライラが持ってきた熱いお湯が洗面台に注がれ、アレクサンドラは涙にぬれた顔を洗い流した。それから、ライラにお礼を言うと奥の寝室へと入っていった。




