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晩餐の席にアレクサンドラが着くと、向かいに座るジャスティーヌが嬉しそうに微笑んだ。
「アレク、もうすっかり本物のレディね。今日のアントニウス様とのダンス、とっても素敵だったわ」
ジャスティーヌの誉め言葉に、アレクサンドラは恥ずかしくて顔が赤くなった。
「そんなことないよ。ジャスティーヌのダンスと比べたら、まだまだ全然だよ」
アレクサンドラは本心から言った。
「いや、そんなことはないぞアレクサンドラ。あれほど軽やかに、あれほど優雅に踊れるとは、先日までサーベルを腰に差し、サロンで男友達とグラスを酌み交わしていたのと同じ娘とは思えない」
父の言葉に、アレクサンドラは更に顔を赤らめた。
「何しろ、私との練習のときなど、あれは新しい格闘技か決闘用の必殺技かと思ったほどだからな」
愉快そうに言う伯爵は、まさかダンスの練習をしていて年頃の娘に馬乗りになられた時の事を思い出していた。
「それにしても、本当によく頑張っていますよ、アレクサンドラ」
母からの誉め言葉に、アレクサンドラは自分が抱えているアントニウスと言う爆弾の事を知ったら、父も母も心労で倒れてしまうだろうし、ジャスティーヌは自分の幸せを台無しにしかねないと胸が苦しくなった。
「それにしても、わざわざダンスの練習にお付き合い戴いたのだから、晩餐はご一緒したかったのだがな」
父の言葉に、いつもより遥かに豪華な晩餐が本当はアントニウスのためだったことをアレクサンドラは改めて知った。
競い合うような、ロベルトとアントニウスからの支援のおかげで、蒸したジャガイモを型に入れて作った魚料理も、豆を固めて作った肉に見立てた料理も最近では殆ど姿を見なくなっていた。
「そういえば、ジャスティーヌ、殿下との見合いはどうなっているのだ?」
ルドルフが思い出したように尋ねた。
「あ、それは、アレクが社交界にデビューするまでは、仕度が大変だろうからって、デビューしてからアントニウス様と一緒に四人でってロベルト殿下が・・・・・・」
突然出て来たアントニウスの名前に、思わずアレクサンドラがフォークを取り落とした。
ガシャンという派手な音に、食卓についていた全員がアレクサンドラの方を向いた。
「ごめんなさい。つい手がすべって・・・・・・」
「アレクサンドラ、気を付けなさい。晩餐の席でカットラリーを落とすことがどれ程無作法かは、今更説明しなくても分かっているでしょう? それに、ドレスを着ているかどうかテーブルマナーに関係ありませんよ」
「はい。お母様」
アレクサンドラは謝ると、再びフォークを手に取った。
久しぶりの豪華な夕食も、アレクサンドラには味が良くわからなかった。
気付けば、アレクサンドラの脳裏には、膝をつき片手を差し伸べ、プロポーズするアントニウスの姿が繰り返し蘇っていた。
誰よりも、あれが何の意味も持たない行為だとわかっているアレクサンドラなのに、生まれて初めて受けたプロポーズが唯の冷やかしだったことに傷ついている自分がいた。
アントニウスにプロポーズされたかったのかと尋ねられれば、正直、複雑な思いが多く、はっきりそうだとは言い切れなかった。それでも、レディに戻ることを決めた時から、いつか、誰かがああして自分に求婚し、そして、その手を取る日が来るのだとアレクサンドラは覚悟を決めていた。それが誰なのかはわからないけれど、父が決めた相手なのか、それとも、自分が愛しいと思うような相手ができるのか、アレクサンドラにはわからないことばかりだった。
晩餐が終わり、この間までなら、父と共にサロンに移動していたアレクサンドラが、今は母とジャスティーヌと共にドローイングルームに下がる。
母とジャスティーヌは最新のドレスや、髪型、帽子の話で盛り上がるが、アレクサンドラにはどちらも興味がわかない。だから、仕方なくイルデランザの言葉を学ぶための本を開くが、頭の中はアントニウスの姿で混乱したままだった。
やがてコーヒーが運ばれ、伯爵がドローイングルームに合流し、逆にアレクサンドラとジャスティーヌはお休みの挨拶をして自室へと下がった。




