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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
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12-4


☆☆☆


 屋敷に戻ったアントニウスは、自分の犯した大きな過ちをどう正していいか分からず途方に暮れていた。


 アントニウスにしてみれば、女性との恋の駆け引きを有利に運んでくれるのが、相手が隠しておきたい秘密であり、アレクサンドラの場合、その隠しておきたい秘密が桁外れに大きかっただけで、自分を最初から拒否したり、拒絶されないための保障のようなもので、敢えて言うならば、女性の扱いに長けていたアレクシスの積極的な行動を前提に、自分に積極的に接して欲しいと思っていただけだった。


 男の姿をしていると、体の曲線が他の男の目に触れてしまうのが嫌で、誰もアレクシスを男装している女性だなどと思っているはずはないのに、アレクシスの友人達が不用意にアレクシスの肩を抱いたり、体にふれたりすることに嫉妬し、一刻も早く女性に戻れと迫り、他の男に目がいかないようにと制約するつもりで自分を篭絡してみろなどと条件を提示したりもしたが、アントニウスにとって全ては軽い気持ちの遊びであり、殺されてもアレクサンドラの秘密をバラすつもりはなかった。

 本当は、全力でアレクサンドラを篭絡し、社交界デビューの準備中に自分に首っ丈にさせ、他の男などに目もくれないように、自分だけをあの瞳に映し、自分だけが傍にあることを望まれ、隣に立つことを許されるようにしたいだけだった。

 ロベルトからアーチボルト伯爵家の困窮ぶりを聞き、愛するアレクサンドラに社交界の女性たち誰もが羨ましがり、男たちが見とれ心を奪われ、自分のモノにならない事を悔しがるような、そんな劇的なデビューを飾らせたいだけだった。

 しかし、アレクサンドラが元々アレクシスであったことを知っているアントニウスとしては、普段着やそのほか細々とした男にはわからないものも色々とあるだろうと、小間物屋から仕立て屋まで手配し、すべてを整えるようにと命じてあった。

 第一、あのやつれたアーチボルト伯爵夫人の蒼褪めた表情を目の当たりにしたら、ロベルトの手紙にあった例えが比喩や大袈裟なものではなく、真実だったのだとアントニウスにも理解することが出来た。だから、どんな些細な事でも、全て自分に任せてほしいと、そう心から思った。それなのに、まさかアレクサンドラが本当にアントニウスに脅されていると、アントニウスの機嫌を損ねるだけで、姉のジャスティーヌの結婚話も、父の伯爵としての立場も危険に晒すことになると、本気で怯え、アントニウスがエイゼンシュタインにいる間の情婦になっても構わないなどと考えるまでに追い詰められていたとは、アントニウスは思ってもいなかった。そして、全てをやり直し、自分がアレクサンドラを愛する男の一人であることを明かす意味も込めてのプロポーズだったというのに、アレクサンドラはアントニウスの手を取ってはくれなかった。


 家柄、確かにイルデランザの大公とアントニウスの父は従兄弟同士。アントニウスの母は、エイゼンシュタイン国王であるリカルド三世の従妹、貧乏伯爵家から嫁ぐには敷居が高いことは事実だ。だが、他の誰でもない、アントニウスが愛しているのはアレクサンドラだけだ。


 あちこちで浮名を流し、ロベルトと競い合って口説き落とした女性の数など、今はもうどうでも良かった。

 ロベルトがジャスティーヌ以外の女性に愛されることに価値を見出せないと言うのと同じように、アントニウスもアレクサンドラ以外の女性に愛されることに何の価値も意味も見いだせなくなっていた。それだから、まず見合い相手である従弟のロベルトに話を通し、伯父である陛下に事の成り行きを説明し、通すべき筋は全て通したつもりだった。

 無条件の援助をすることで、アーチボルト伯爵にも、夫人にも、アレクサンドラを妻にと望んでいることは理解してもらったし、伯父であるリカルド三世がアントニウスの気持ちを知って尚、アーチボルト伯爵にそのことを告げずにいるとも思えなかった。それなのに、肝心のアレクサンドラにアントニウスの想いが通じていないのは致命的だった。


 何しろ、アーチボルト伯爵は、表向きリカルド三世の個人的なブリッジ仲間とされているが、実際のところは陛下の懐刀、重臣たちよりも信頼を受けている相談役であり参謀だ。敢えて、好待遇をしないことが、長年アーチボルト伯爵が陛下の参謀であることを何人にも知られずに隠し通すことが出来た理由だった。そんな重大な秘密すら母から漏れ聞いているアントニウスにとって、アレクサンドラの秘密を知ったからと言って、アーチボルト伯爵家に何かをするつもりなど毛頭なかった。

 逆に、アーチボルト伯爵家に何かを仕掛けたとしたら、伯父であるリカルド三世はアントニウスをエイゼンシュタインから永久追放にしても、アーチボルト伯爵とその家族を護ることだろうことは明白だった。


 確信があるわけではないが、アレクサンドラがアレクシスとして社交界に出入りしていたのは、国と王族に危険をもたらす要注意分子を未然に摘発、処理するためもあったのではないかと、アントニウスは思っていた。

 それに、ジャスティーヌに対する英才教育。一般的な貴族の娘は外国語なぞ教養程度にしか学ばないし、政治や経済などは忌み嫌い避ける科目だが、ジャスティーヌはそれすらしっかりと学んでいる。

 アントニウスから見れば、外見が男のアレクサンドラ、そこらの貴族の子息よりも語学も知識も勝っているジャスティーヌの二人がエイゼンシュタインという国を盤石なものにする礎のようにすら感じられた。しかも、そのジャスティーヌがいずれロベルトの妻になり、王妃になる。経済にも、外交にも、政治にも秀でた知識を持つジャスティーヌが王となるロベルトを支えていくのだ。その妹であるアレクサンドラを妻に娶ることが出来れば、イルデランザとエイゼンシュタインの結束はより強固なものとなる。そうなれば、隣国の干渉や間者による陰謀のでっち上げや、国境線でのいざこざもなくなるはずだった。

 それなのに、今の状況は、アントニウスが自ら招いた失態とはいえ、最悪な状況だった。

 多分、どんな愛の言葉も、鋼鉄のように固い扉で閉ざされたアレクサンドラの心には届かないだろう。そして、自らの貞操をもアントニウスに委ねる覚悟を決めたアレクサンドラの絶望は、男のアントニウスには計り知れないほど深い物だろう。


「何という事をしてしまったんだ・・・・・・」

 頭を抱えるアントニウスのところに執事のミケーレが、不覚にもアーチボルト伯爵家の庭に忘れて来たサーベルを持って現れた。

「これは!」

「はい。ただ今、アーチボルト伯爵家より使いの者が訪問されまして、坊ちゃまのお忘れ物と、このお手紙を・・・・・・」

 見慣れたアレクサンドラの筆跡に、アントニウスは手紙をひったくるようにして受け取った。

 手紙には、ダンスのお礼を言わせてもらうチャンスもなく、突然、辞して帰宅したアントニウスの身を心配する言葉とダンスのお礼。過分な援助に対するお礼。そして、アレクサンドラの気持ちには変わりはなく、いつでもアントニウスの好きな時に訪問して欲しいと書かれていた。

「なんてことだ・・・・・・」

 外堀を埋めて慎重に進めていたはずなのに、器の底のひび割れから水が零れていくように、アレクサンドラの心が砕けて涙と共に流れていくのがアントニウスの目には浮かぶようだった。


(・・・・・・・・いっそ、こうなったら伯爵に面会し、自分はアレクサンドラがアレクシスだったことを知っていて、それでも尚、アレクサンドラを妻にと望んでいると、本当の想いを伝えるべきでは・・・・・・・・)


 考えたアントニウスの脳裏に、伯爵はアレクサンドラを修道院に入れるつもりだったと言うことが思い出された。秘密がもれたことを知った伯爵が打つ手は、間違いなく秘密裏にアレクサンドラを修道院に入れ、社交界デビューも何もかも白紙撤回にすることだろうし、伯爵が心からそれを望んだら、伯父のリカルド三世は、伯爵の決定を尊重するだろう。

 苛立ちと不安で、今にも頭をかきむしり、声を上げて自分の浅はかさと愚かさを呪いたいアントニウスだったが、直立してアントニウスを見つめるミケーレは、もう一通の手紙を手にして声がかかるのを待っていた。

「こちらは、旦那様から坊ちゃまがお出かけになられた後、届けられたものでございます」

 意気消沈しているアントニウスの気分を更に暗くする相手からの手紙に、アントニウスは大きく深呼吸してから手紙を開いた。


 父からの手紙には、予想通りいつまでエイゼンシュタインに滞在するつもりなのかという問いと、最近の目に余る金遣いの荒さはどういうことなのかと、強い筆跡で認められていた。

「父上は、相当にお怒りだな・・・・・・」

 アントニウスが言うと、手紙を受け取ったミケーレも納得したようだった。

「一度、帰国なされてはいかがでございましょうか?」

 執事であるミケーレとしてはもっともな提案だったが、アレクサンドラの社交界デビューという大舞台を目前に、アントニウスには帰国するつもりなど更々なかった。

「父上には、意中の相手が出来たので、帰国するのは相手の承諾を取り付け、父上に紹介できる時だと書いて送っておいてくれ」

 アントニウスの言葉に、ミケーレは心配げな瞳でアントニウスの事を見つめた。

「坊ちゃま、こちらに参りましてから、ずっと私が代筆しておりますが、今回のお手紙は旦那様のお手による、直筆のお手紙でございます。さすがに、お返事が私の代筆では・・・・・・」

 ミケーレは躊躇いがちに言った。

「大丈夫だ。母上が国にいらっしゃる限り、父上が自ら出向いてくることはない。怒り心頭に達したところで、母上の一言ですぐにおさまる。それに、私はアレクサンドラ嬢への恋文を認めなくてはならないから、父上への手紙まで書いている時間はない」

 アントニウスは言うと、ミケーレを部屋から追い出した。


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