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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
12

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68/181

12-3

☆☆☆


「本当に美しい。ジャスティーヌ嬢のダンスを何度も拝見していますが、あなたのダンスも素晴らしい」

 アントニウスの誉め言葉に、アレクサンドラは赤面しそうになり顔を背けた。

「だめですよ、顔を背けては」

 すぐにアントニウスの指導が入り、アレクサンドラは仕方なく顔を正面に向けた。

「さあ、ターンです」

 組んだ手を持ち上げられ、ゼンマイ仕掛けでくるくると踊る人形のようアレクサンドラがターンする。ドレスの裾がふわりと膨らみ、裾のフリルとレースが綺麗な孤を描く。次の瞬間、アントニウスの手がアレクサンドラのウェストをとらえ、回転の余分な動きを吸収してくれた。再び、基本のポーズに戻り、すっとアレクサンドラの足が女性のステップを踏み出す。

 自分の意識しない体の動きに、アレクサンドラは戸惑いを隠せなかった。


(・・・・・・・・お父様の時とは全く違う・・・・・・。どうして? 自分が女だって意識しなくても、それが当たり前だって気がする・・・・・・・・)


「どうしました? 心、ここにあらずですよ」

 一瞬のターンの遅れに、アントニウスが声をかけてきた。

「すいません、さすがに少し疲れてしまって・・・・・・」

 アレクサンドラの言葉に、アントニウスは曲の途中でダンスを止めた。

「お御足が痛みますか? まだヒールのある靴を履き慣れていないのでしょうから・・・・・・」

 アントニウスの言葉に、アレクサンドラは慌てて扉の方を振り向いた。

「大丈夫です。そんなミスは犯しませんよ」

 アントニウスは言うと、アレクサンドラの手をとり、窓辺の椅子へと歩を進めた。

「ダンスは少し休む。何か、静かな曲を・・・・・・」

 アントニウスの指示に従い、ピアニストは演奏する曲をダンス曲からリラックスできる静かな曲へと変えた。

 それが合図になったのか、メイド達によってお茶とお菓子が運ばれてきた。


「皆様に気を使わせてしまいましたね」

 見るからに高価なお菓子に、アントニウスは申し訳なさそうに言った。

「いいえ、これくらいのこと。アントニウス様は、私の社交界デビューの仕度に関わるすべてをサポートしてくださるのですから」

 アレクサンドラは言うと、視線を窓の外へと走らせた。

 広間の窓からは、母が『無駄に広い』と嘆く庭が適度に手が入れられて広がっていた。

「もしよろしければ、お庭を案内していただけませんか?」

 アントニウスの言葉に、アレクサンドラはアントニウスが庭の池の方を見つめていることに気付いた。

「構いませんわ。喜んで」

 自分でも、よくもまあと感心するくらい、女性言葉がスラスラと出てきて、つい先日までアレクシスだったのが嘘のようだった。

 お茶とお菓子を味わった後、アレクサンドラはアントニウスを連れて庭へと向かった。



 案内と言っても、人に見せられるのは、広間から見えるエリアがほとんどで、美しい風景といえば、庭の池ぐらいしかない。本当は噴水もあるのだが、ずいぶん前に水が出なくなり、修理にかかる費用が莫大だという理由で、修理をせずに放置されている。



「この池には水鳥も?」

「ええ、時々。敷地の奥にある川に繋がっているので」

「そうですか」

 アントニウスは答えると、はるか先まで広がる広大な庭を眺めた。

「あなたのダンスを見れば、社交界の独身男性達がこぞってあなたにダンスを申し込むでしょうね」

 突然、アントニウスの声がいつもの冷たい声に戻り、アレクサンドラは驚いてアントニウスの事を見上げた。

「アーチボルト伯爵家の深窓の令嬢、アレクサンドラ嬢。いまや社交界全体があなたのデビューを待ち焦がれています。どこへ行っても、あなたの話題で持ちきりです」

 アントニウスはアレクサンドラの反応を見るように、アレクサンドラの事を見つめた。

「そんなのは、一時的な事に過ぎません。皆、ただ物珍しいだけです。珍獣で無いと分かれば、すぐに飽きられます。僕には、そんな・・・・・・」

 うっかり『僕』という言葉が出た瞬間、アントニウスがアレクサンドラを抱き寄せた。

「いま『僕』と言いましたね。悪い唇だ」

 アントニウスの唇がアレクサンドラの唇を塞いだ。

 深くなって行く口付けに、アレクサンドラは身をよじって逃げようとしたが、すぐにアントニウスは唇を離してくれた。

「今度から、あなたが失言をしたら、こうして私があなたの唇を塞ぎますよ」

「そんな!」

「たとえ、御父上の前であってもです」

 アントニウスが、一度宣言したら考えを変えない男だという事は、アレクサンドラは既によく理解していた。それだけに、これからは突然のキスにも怯えなくてはいけないことに、背中を冷たいものが流れていった。


「どうするつもりですか? もし他の男性からダンスに誘われたら・・・・・・」

 アントニウスの問いに、アレクサンドラは頭を横に振った。

「どなたとも、踊りたいとはおもいません」

 それはアレクサンドラの本当の気持ちだった。

 ジャスティーヌのように、好きな相手と踊るのであれば幸せだろうし、さぞかし楽しいだろうけれど、好きでもない相手と踊ることに何の意味があるのか、それこそアレクサンドラにはわからなかった。ましてや、相手がランダムに変わるコントルダンスやカドリールなんて、何のためにあるのか存在の意味も理解できないほどだった。


「先日、フランツと話をしたのですよ。バルザック侯爵家の嫡男のフランツです。ご存知ですよね?」

 ご存知も何も、アレクシスとして二回も決闘をして、危うく本当に殺しかけた相手で、アレクサンドラとしては顔を合わさないように、できる限りフランツが出席する集まりには出かけないようにしていたくらいだ。

「いたくあなたにご執心で・・・・・・」

「二回も決闘を・・・・・・」

 思わずアレクシスとして答えてしまい、アレクサンドラはアントニウスに再び唇を封じられた。

 そして、その口付けは、さっきよりも少し長く深い物だった。

「構わないのですよ。あなたがうっかり失言するたびに、私はあなたに口付けられるのですから。私を篭絡するには、良い手かもしれませんね」

 さっきまでは真摯で、カッコよく、全てを預けられるとさえ錯覚してしまうほどの紳士だったのに、今のアントニウスは、まるで別人のようだった。

「彼は、あなたを虜にして見せると豪語していましたよ。どうも、ロベルトがジャスティーヌ嬢にべったりなので、見合いはジャスティーヌ嬢で決まりだろうという話がサロンでも囁かれていますから。そうなれば、あなたのハートを射止めた男が、ロベルトの義理の弟になるわけで、ある意味、出世は思いのままということになるでしょう。強欲な彼らしい考えです」

「ご、じょ、ご冗談を!」

 あの、顔を見るだけでもはり倒したくなるくらい腹立たしい男が自分との結婚を計画しているなんて、考えるだけでアレクサンドラは虫唾が走って身震いしてしまった。それならば、まだアントニウスの玩具にでもされ、弄ばれている方がましだと、アレクサンドラは本気で考えていた。


 アレクサンドラがそう思う理由は、簡単なことだった。

 誰がどう慰めてくれようとも、馬具に不備があったことに気付かなかったのはアレクサンドラの落ち度だ。もちろん、信頼する馬蹄のカルロスが見落としたとしても、騎乗前のチェックを欠かさず、何らかの異変を感じ取れてこそ、馬術の技量が高いと評価されるもので、無様に落馬した時点で自分の力量のなさを思い知らされたようなもので、本物の男性なら有り得ない事だとアレクサンドラは考えていた。だから、何の違和感も感じずに早駆けにアントニウスを誘う等という愚かな自分とは違い、アントニウスはあの速度で競い合っていたというのに、アレクサンドラの馬具の異常に気付き、更にアレクサンドラを助けるために危険も顧みず一緒に落馬してくれたのだ。その時点で、アントニウスが自分よりもはるかに優れた本物の男であることをアレクサンドラとしても認めざるを得なかった。それならば、女とバレた以上、もはやアントニウスの好きにされても文句は言うまいと、そうレディとしての練習を重ねるうちにアレクサンドラは考えるようになっていた。何しろ、全ては自分の浅はかさが招いた結果なのだから。

 しかし、どんなに頑張っても、フランツ相手に愛想笑いができる気は全くしない。顔を見るなり、ひっぱたかないように、せいぜい両手を後ろで組んで恥じらっているかのような振りをするのが精一杯だ。

「冗談ではありませんよ。ロベルトの出席していないパーティーで、彼があなたを自分のモノにして見せると豪語しているのを何度も耳にしましたからね」

 アントニウスはさらりと言ってのけた。

 最近は、アレクシスとして社交場への出席を止めたことと、レディになるための特訓のせいでアレクサンドラは社交界の情報通という別名を返上していた。

「そんなこと、絶対にありえません」

 これ以上、アントニウスにキスされないように、アレクサンドラは必死に言葉を選んだ。

「ありえないというと?」

 興味深そうに、アントニウスがアレクサンドラの顔を覗き込んだ。

「もし陛下のご命令でフランツとダンスをしなくてはならないというのであれば、この腕を切り落とします。もし陛下がフランツと結婚しろとお命じになられるのならば、即刻修道院に入るか、喉に短剣を突き立てて自害します」

 令嬢としては過激過ぎる発言に、アントニウスは驚いて目をしばたいたが、やはり自分を虜にしたアレクサンドラだけあると妙に納得もした。

「確かフランツの話では、アレクシスと二回決闘したとのことでしたが、もう少しでとどめを刺せるところだったとか」

「逆です。アレクシスが、もう少しでフランツにとどめを刺してしまいそうになり、ジャスティーヌが止めに入って納めたのです」

「そうでしたか」

 アントニウスは言うと、少し考えてから口を開いた。

「彼をあなたに近づけない良い方法がありますよ」

「どんな? 方法ですの?」

 なんとか女性言葉につなぎなおし、アレクサンドラはアントニウスを見上げた。

「公の席に出席する時は、必ず私がエスコートすることにすればいいのです」

 アントニウスの提案は最も簡単な方法だったが、いつまでエイゼンシュタインに滞在していられるのかわからないアントニウスに頼り切るのには不安があった。

「あなたも、私を篭絡するためには私の傍に居る時間が長い方が楽でしょう? そして、私が他の女性に気持ちを移さないようにつなぎ留めておくことが出来る。どうです? やはり、ゲームは楽しまないと・・・・・・」

 木々を鳴らすような突風が吹き、アレクサンドラはドレスの裾がもちあがらないよう、必死に両手で押さえた。しかし、その冷たい風が、今までの楽しかったアントニウスとの時間がすべて作り物であったことをアレクサンドラに思い出させた。


 アントニウスとアレクサンドラの関係は、両親の考えているような、娘に純粋な愛情を向ける心優しく親切な支援者と心からの愛と支援を受ける間柄ではない。二人の関係は、あの日、アレクシスが実は女性で、アレクサンドラが男装していたのだという秘密を知られてしまってから、弱みを握った者と握られた者。つまり、脅されるものと脅すものという関係に過ぎない。だから、アントニウスに命じられれば、アレクサンドラには拒否権はない。それなのに、ダンスのレッスンの時のアントニウスがあまりに優しくて紳士だったから、アレクサンドラはこのまま二人がジャスティーヌの婚約者となるであろうロベルトを介した、親しい友人になれるのではないかと言う幻想を抱いていた自分に気付き、そして絶望した。

「あなたを篭絡するなんて、私には無理です」

 ずっと考え続けていた言葉をアレクサンドラは口にした。

「あなたが他の女性を好きだと思われたら、私の事など忘れてくださって構いません」

「では、秘密の事はもうどうでも良いと?」

 アントニウスの瞳がじっとアレクサンドラの瞳の奥を覗いた。

「それは困ります。ですから、私はあなたの言う事には何でも従います。どんなことでも・・・・・・」

 アレクサンドラの言葉に、アントニウスが驚愕の表情を浮かべた。

「社交界デビューの仕度にどれほどのお金がかかるのか、世間知らずな私には正確にはわかりませんが、夜会用のドレスだけでなく普段着まで、何もかも揃えてくださった費用は、きっと莫大な額なのだと思います。それはきっと、私の両親には領地や家財を売り払ってもお返しできないような額でしょう。それが哀れみであれ、同情であれ、単にあなたの言うゲームを楽しくするための小道具であれ、これほどまでしてくださったあなたの命令ならば、私はどんな命令にでも従います。あなたがエイゼンシュタインに滞在する間の情婦になれというなら、私はあなたの情婦になります。それがあなたの望みならば・・・・・・」

 アレクサンドラの言葉を聞き、アントニウスは自分がやりすぎたことに気付いた。


 単なるゲーム、恋を始める前の余興のつもりだったことが、これほどまでにアレクサンドラの心を追い詰め、淑女として言葉にするのも憚られる情婦などという言葉まで口にするほどアレクサンドラを思い詰めさせてしまったことにアントニウスは激しく後悔した。

「そんな事は望んでいません」

 何とか否定する言葉を口にしてみたものの、従順に服従の意を示すアレクサンドラの瞳は輝きを取り戻さなかった。

「あなたを情婦などと言う卑しい立場に貶めるつもりなど全くありません」

 アントニウスはもう一度ハッキリと言葉にした。

「ですが、私にできることは他に何もないのです。私が持っているものは、アレクサンドラと言う名前と、この体だけなんです。父の名誉と姉の幸せとアーチボルト伯爵家を守るためなら、今ここで、不敬罪であなたの剣でこの胸を刺し貫かれたとしても文句は言いません」

 これがアレクシスの姿だったら、アントニウスは剣の勝負を申し込み、わざと負けてでも話をなかったことにすることも出来たが、淑女であるアレクサンドラが相手では、こうして言葉を交わすことはできても、追い詰められたアレクサンドラの心を救う方法など全く思いつかなかった。

「では、こうしましょう。あの日、私は何も見なかった。あの日、落馬したのはあなたの遠縁にあたるアレクシスで、あなたはロベルトと一緒に私達を待っていた。そうでしたね? 私は、アレクシスを心から心配するあなたの美しさと魅力に惹かれ、王太子の見合い相手という高嶺の花であるあなたに思いを寄せ、命を懸けて陛下に想いを打ち明け、屋敷への出入りの許可を戴いたたのです」

 アントニウスは言い聞かせるように言ったが、そのアントニウスの言葉はアレクサンドラの耳には届いていなかった。

「私は由緒正しいとは言え、貧しい伯爵家の娘です。幼い頃から勉強に励み、殿下を陰から支えることの出来る、賢く優秀で上品な姉のジャスティーヌとは違い、所詮は名ばかりの役立たずです。本当ならば、あなた様と、こうして言葉を交わすのも不釣り合いなほどに、何一つ釣り合うほどの価値を持ち合わせておりません。ですが、それほどまでに社交界の話題となっているなら、一時だけでも、あなたを満足させることができるかもしれません。でも、ご心配なく。用済みとなったのなら、すぐに修道院に入るようにと命じてください。決して、あなた様にご迷惑はおかけしませんから、ご安心ください」

 話を聞かないアレクサンドラに、思わずアントニウスはアレクサンドラの両腕を掴んだ。

「アレクサンドラ、ちゃんと私の目を見て話を聞いてください。私は、あなたの事を・・・・・・」

 痛みに顔を歪ませながらも、アレクサンドラは『痛い』とも『放せ』とも言わず、伏せられた瞳は、まるで目を合わせるのが不敬になるとでも言うかのように、アントニウスを見ようともしなかった。

「アレクサンドラ・・・・・・」

 アントニウスの腕から力が抜けた。


 この絶対絶命の状況を回避する方法はただ一つしかないと、アントニウスは心を決めるとアレクサンドラの前に膝をつき、イルデランザの軍人として、常に腰に帯びていたサーベルを外すと脇に置いた。そして、ゆっくりとアレクサンドラを見上げた。

「アレクサンドラ嬢、どうか私、ザッカローネ公爵家嫡男、アントニウスの妻に・・・・・・」

 差し出したアントニウスの手をアレクサンドラが取ってくれれば、それですべてが元に戻るはずだった。

 しかし、アレクサンドラはアントニウスの手を取らなかった。

「申し訳ございません。私は姉と違い、イルデランザの言葉も挨拶程度しかできぬ粗忽者。とても公爵家のご嫡男であらへるアントニウス様の妻になれるような者ではございません。この身の罪深さと愚かしさ、卑しさは私自身が誰よりもよく存じております。ですからどうか、もうこれ以上、ここのようなお戯れはおやめください。いずれは、人知れず寂れた修道院か誰一人身元を知らぬ者しか居ない、所領の僻地で絶える身、これ以上両親にあらぬ期待を持たせて糠喜びさせるようなことはしたくないのです」

 輝きを失い、曇った瞳が悲しみを湛えてアントニウスを控え目に見上げては視線を逸らした。


(・・・・・・・・私は何という愚かなことをしてしまったんだ・・・・・・・・)


 今すぐにでもアレクサンドラを抱きしめたいという想いと、誰よりも愛する人の心を粉々に砕いてしまったという絶望感に、アントニウスはどうしてよいのか分からず、その場を逃げるようにして走り去った。


 残されたアレクサンドラは、涙を拭いながら置き忘れられたアントニウスの剣を拾い上げた。

 軍人の魂とも言えるサーベルを置き去りにするなど、余程動揺していたか、アレクサンドラに自分を籠絡させるための新たな手などと思うと、アレクサンドラは溢れる涙を止めることが出来なかった。


 アレクサンドラがアレクシスとして身に着けていた細身のサーベルとは違い、長身のアントニウスのサーベルは長さも長くずっしりと重かった。


 こんなに重い剣を帯び、あれほど華麗にダンスを踊っていたアントニウスは、やはり本物の男性なのだとアレクサンドラは思った。

 レディとしての特訓や、手紙を書く役に立つからとジャスティーヌに借りた恋の物語が原因なのか、遅ればせながらもレディとしての自分が目覚めて来たのか、アレクサンドラ自身にもよくわからなかったが、ただ、もう自分は女性として生きていくしかないのだと、あの自分の浅はかな過ちの為に家名を穢し、大切なジャスティーヌの幸せを滅茶苦茶にし、父の名に泥を塗ることだけは避けなくてはいけないと、最近は、ただそれだけを考えるようになっていた。


(・・・・・・・・お遊びで結婚を申し込むなんて酷いよ・・・・・・。きっと、真に受けてあの手を取っていたら、本気で申し込むはずがないだろうって、やはり男装して男の振りなんかするくらいだから、思慮の浅い、浅はかで愚かな女だって笑われたんだよね。自分の立場もわきまえない不遜な女ですねって、公爵家の嫡男の妻になれるような身分だと本気で思っているのですかって。エイゼンシュタインを訪問したときの気晴らしの相手程度が、家の格から言ってもピッタリだとは思わなかったのですかって、冷たく突き放されたんだよね・・・・・・・・)


 考えると、アレクサンドラの瞳から涙が大粒の涙が零れた。


 アントニウスからのプロポーズ自体が未だゲームの延長線上にあるとしか考えられないアレクサンドラは、涙を拭うと重いアントニウスの剣を手に屋敷への道をゆっくりと歩いて戻った。



 アレクサンドラが屋敷に戻ってみると、既にアントニウスは急用ができたと言って、ピアニストを連れて帰った後だった。

「あら、それはアントニウス様の?」

 アレクサンドラが持っているサーベルに気付いたジャスティーヌが驚いたように尋ねた。

「うん、そうだよ。重いからって、外して散歩をしていたら、急用を思い出したって走っていっちゃってさ。だから、あとで今日のダンスのお礼の手紙と一緒に届けさせなくちゃ」

 アレクサンドラは言うと、それ以上ジャスティーヌに詮索されないよう、さっさと自分の部屋へ戻った。


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