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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
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12-1


 予告通り、アントニウスは訪問の連絡をしてからアーチボルト伯爵邸を訪れた。


 アレクサンドラの社交界デビューの完全な後ろ盾となっていることもあり、アントニウスの訪問を無碍にも断れず、ましてや御披露目の舞踏会でダンスを踊るパートナーとして、デビュー前のダンスの練習相手にと名乗りを上げたアントニウスの自己犠牲の精神に、もうこれ以上足を踏まれるのも蹴られるのも勘弁して欲しいと思っていた伯爵と万が一にも男性パートを踊ってアントニウスにアレクシスとアレクサンドラが同一人物だと疑われたらと心配する夫人との激しいバトルと葛藤の上の苦肉の決断だったが、当の本人であるアレクサンドラは特に気にした様子もなく、アントニウスが訪ねてくると、両親とジャスティーヌの前ということもあり、形式ばった挨拶とお礼の言葉を事前打ち合わせ通りに述べ、そのままダンスの練習をするための広間へと向かった。



 当初は、未婚の娘を独身男性と二人っきりにすることはできないと、夫人が同席を申し出ていたが、アントニウスがお抱えのピアニストを同伴していたこともあり、家族がいると緊張感が出ないかからと言うアントニウスのもっともらしい言い訳で家族は全員部屋から追い出され、ピアノに向かうピアニストとアントニウスとアレクサンドラの三人で練習をすることになった。


 アントニウスが来るということもあり、ライラは仕立てられたばかりの新しいドレスをいつもよりきつめにコルセットを締めてアレクサンドラに着せてくれた。

 しかし、いつもよりキツい分、呼吸は苦しいし、アレクサンドラは練習中に気を失わないようにしなくてはと、移動の途中も可能な限り深く呼吸をした。


「では、練習を始めましょうか」

 広間に着くと、アントニウスは清々しいほどの笑顔を浮かべて言った。


(・・・・・・・・ライラ、やっぱり絞めすぎだよ。こんなに苦しくて踊れるかなぁ・・・・・・・・)


 アレクサンドラはアントニウスの輝くような笑顔を複雑な表情で見上げた。

「それでは、最初はメヌエットから・・・・・・」

 アントニウスの言葉に、ピアニストがメヌエットの定番曲をを弾き始めた。

「では、レディ、お手を・・・・・・」

 アントニウスに促され、アレクサンドラはアントニウスの手に自分の手を重ねた。

「基本のマナーはクリアしているようですね」

 ピアニストに聞こえないように囁くと、アントニウスはアレクサンドラを引き寄せ一気にメヌエットの三拍子のリズムでダンスを始めた。


 ぴったりと体を合わせるようにして踊るワルツと違い、メヌエットはお互いに相手を見ながら反対に動けばいいことと、踏み出す足を間違えても、相手が傍に居ないので足を踏む心配もないし、多少上品さに欠けたとしても、ステップを間違えていることを誰かに気付かれる心配はあまりなかった。

「さすがに、メヌエットは間違えませんか?」

 アントニウスの問いに、アレクサンドラはコクリと頷いた。

「では、次はワルツに」

 アントニウスが声をかけると、ピアニストは無言で頷いた。

 そしてメヌエットの曲が終わると、ワルツの定番曲が始まった。

 相手の動く方向を見ながら自分の動く方向を確認できるメヌエットと違い、ワルツは気を抜くと男性ステップになってしまうのがアレクサンドラの悩みだった。何しろ、ワルツは目を瞑っていても踊れるくらいのリード上手で、舞踏会に行けば、必ず十人以上の女性とワルツを踊っていたのだから、ステップは頭で覚えているのではなく、体で覚えているといった方が正しいのに、女性に戻ればすべてを真逆にする必要がある。

 ワルツと言えばダンスの初歩の初歩の定番で、貴族に生まれて踊れないものは居ないとも、その逆で、貴族は生まれたときからワルツを踊れるとまで言われるほどの基本中の基本だ。しかし、ワルツは常に男性がリードし、女性はそのリードに合わせて踊る。貴族社会における女性の立ち位置の象徴でもある。独身時に於いては家長である父や兄に従属し、嫁いでは夫に従属するというものだ。

 そのため、最初の一歩を合わせても、男性のリードに従わなければ、ターンの度に方向が真逆になり、油断すると収拾がつかなくなってしまうという恐ろしいダンスなのだ。

 それなのに、アレクサンドラは父との練習で、リードされるのではなく、父をリードしようとし、張り合ううちに足を踏むだけならまだしも、何度も二人で転びかけたことがあるだけでなく、一度は父の上に馬乗りになり『これは何という格闘技だ?』と尋ねられたことすら有る。それだけに、まさかのまさか、アントニウス相手に転んで馬乗りになるような破廉恥な間違いは死んでもおかせないので、さすがのアレクサンドラも覚悟を決めて真剣にアントニウスに向き直った。そうすると、緊張から知らず知らず握っていた手に力が入ってしまう。

「そんなに緊張しないでください」

 優しいアントニウスの言葉がアレクサンドラの耳に届いた。

「レディ、あなたは、か弱いレディなのですから。こういう時は、パートナーにすべてを預けるものです。何も考えず、ただ私のリードに合わせるだけで良いのです・・・・・・」

 いつもとは違い、完璧なまでに紳士で優しいアントニウスの言葉に、アレクサンドラは少なからずアントニウスに対して持っていたイメージが自分の中で変わっていくのを感じた。

「ダンスでリードするのは男の役目。レディがステップを気にしなくても、私がレディを導きます。もし、舞踏会であなたが無様なダンスしか披露できないとしたら、それはあなたのせいではなく、リードした男、つまり私のせいです。さあ、力を抜いて・・・・・・」

 アントニウスの言葉に、なぜかアレクサンドラの体から余分な力が抜けていった。すると、流れるようなアントニウスのリードに合わせ、何も考えなくても体が自然と動き、軽やかにステップを踏むことが出来るようになった。

「頭で考えるから、ステップを間違うのです」

 アレクサンドラとしては認めたくなかったが、アントニウスのリードは完璧で、まるでジャスティーヌになったかのように軽やかにダンスを踊ることができた。

 何曲目かのワルツの後、ふと扉の方に目をやると、驚いた顔で立ち尽くすジャスティーヌの姿が目に入った。

「素晴らしいわ、アレク!」

 目が合ったジャスティーヌは、すかさず声をかけてきた。

「これは、これは、ジャスティーヌ嬢。ご機嫌麗しゅう」

 ダンスを中断し、丁寧にお辞儀をするアントニウスに、ジャスティーヌも深々と頭を下げた。

「せっかくですから、一曲お相手をお願いしたいところですが、残念ながら、ジャスティーヌ嬢をダンスに誘ったなどと知れたら、ロベルトの逆鱗に触れてしまいますので、お許しください」

 あっさりと、ジャスティーヌと踊る気がないことを表明した後、ふとアントニウスは考え込んだ。

「伯爵は、ご在宅でいらっしゃいますか?」

「はい。いまは書斎に」

「もし、ご協力いただけるのであれば、コントルダンス、カドリールの練習などもいかがでしょうか?」

 アントニウスの言葉に、アレクサンドラとジャスティーヌは顔を見合わせた。

 確かに、最近の舞踏会ではコントルダンスやカドリールも多く、くるくる相手が変わるのでジャスティーヌは得意ではなかったが、アレクシスと踊れるというので、女性たちに人気のあるダンスではあった。

「その場合は、私はご遠慮させていただきます」

 悩むジャスティーヌの代わりに、アレクサンドラが答えた。

「他の男性とは踊らない。確かに、私には嬉しい限りですが、それでよろしいのですか?」

 アレクサンドラにしてみれば、よろしいもよろしくないもない。万が一、悪友の誰かと踊ることになったりでもしたら、アレクシスだったとバレることを恐れてビクビクしなくてはならないし、これ以上秘密を知る人間が増えたら、冗談抜きで口封じにアレクシスに戻って決闘でも申し込み、相手を再起不能にするか、抹殺するほか伯爵家を守ることが出来なくなってしまう。

「では、アレクサンドラ嬢のお気持ちはわかりましたので、ジャスティーヌ嬢、ダンスの練習に戻らせていただきます」

 アントニウスはお辞儀をすると、ピアニストに合図を送り、再びアレクサンドラの手を取ってワルツを踊り始めた。


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