11-10
☆☆☆
屋敷に戻ると、ジャスティーヌが迎えに出てくれ、アレクサンドラはぎゅっとジャスティーヌを抱きしめた。
「ごくろうさま、アレク。これで、短いけど長かった一人二役もお互いにお終いね。明日からは、アレクも淑女よ」
ジャスティーヌは笑顔で言ったが、アレクサンドラは気が重くてたまらなかった。
「なんか、そっちの方がすごく気が重いんだけど、気のせいかな・・・・・・」
アレクサンドラは言うと、ジャスティーヌと共に玄関をくぐり、中央階段をジャスティーヌをエスコートして上がった。
(・・・・・・・・こうやって、ジャスティーヌのエスコートをするのもこれが最後か。それなら、一曲、今日の舞踏会で踊っておけば良かったかな・・・・・・・・)
アレクサンドラは考えながらドアーの前まで行くと、ジャスティーヌの手の甲に別れの口づけを落とした。
「アレク?」
ジャスティーヌが驚いて声をかけた。
「愛しのジャスティーヌ、今宵を限りに、二度とお目にはかかれぬ運命ゆえ、どうか私目に別れの口付けをお許しください」
アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌはロベルトとの口付けを思い出して頬を染めた。
「アレク、絶対にあなたのことは忘れないわ」
ジャスティーヌが言うと、アレクサンドラはギュッとジャスティーヌを抱きしめ、その額に口付けた。
「おやすみなさい、レディ」
「おやすみなさい、アレクシス。良い旅を・・・・・・」
アレクサンドラは体を離すと、一礼してジャスティーヌが部屋に消えるのを見送った。
(・・・・・・・・これで終わりだ・・・・・・・・)
アレクサンドラは思うと、自分の部屋に戻った。
ぽんぽんと服を脱ぎ、パジャマではなく、ロングの夜着に着替えると、気持ちはアレクシスからアレクサンドラに自然と変わっていった。
お気に入りの銀の刺繍のベストも、真っ白なトラウザーズも、もう穿くことはないと思うと寂しい気もしたが、もう二度と着ることも無いのだから、洗濯する必要もないなと、用意してあった衣装箱にワードローブの中の男物の衣服をしまうと、脱いだばかりの一式を畳んでしまった。
不思議なことに、全てをしまってしまうと寂しさも喪失感もなく、アレクサンドラ自身、自分がレディに変わりつつあることを自分でも感じていた。
この間までは恥ずかしさを感じなかったトラウザーズ姿で男性とグラスを酌み交わす間も、誰かに自分の下半身を見られているのではないかという変な不安に襲われたし、サロンにいる間、自分が女だとバレないかが不安で、ジャスティーヌの姿が見えない事にすごく不安を感じた。
今まで、そんなことは一度もなかったのに、やはり自分は男じゃなく女だったのだと、自分でも最近は何かにつけて感じるようになってきていた。
最初は苦しかったコルセットも、かなり緩く結んでもらっていることもあり、一日着て過ごすこともできるようになったし、ヒールのある靴も重心がぶれずに歩けるようにもなった。それでも、長年体に染みついた男性のステップだけが大きな問題だった。それ以外は、なんとなくごまかせるようになったが、未だにジャスティーヌと同じサイズにまでコルセットを絞ることはできない。母のアリシアには半年はかかると言われているが、たぶん同じサイズに絞れるようになるのは数年先だろうと、正直アレクサンドラは思っていた。
「ねぇ、アントニウス様は何かおっしゃった?」
突然アントニウスの話を振られ、アレクサンドラはドキリとして声の方を振り返った。すると、同じく夜着姿にガウンを羽織ったジャスティーヌが立っていた。
「びっくりした!」
アレクサンドラは本心を吐露した。
「どうして? ノックもしたし、何度も呼んだのに?」
ジャスティーヌの方が驚いたように言った。
「ごめん、洋服をしまっていたから、考え事をしていて聞こえなかったみたい。
アレクサンドラは言うと、衣装箱の蓋を閉めた。
残った靴や外套は明日にもライラが運び出し、数日後には仕立てあがったドレスがズラリと並べられる予定だ。
「そう。何か、アントニウス様はおっしゃった?」
「ああ、なんか、ダンスの練習を手伝ってくれるって」
アレクサンドラは何事もなかったように言った。
「えっ、それって、まずいんじゃない?」
てっきり賛成してくれるものだとアレクサンドラ思っていたのに、意外にもジャスティーヌは懸念を示した。
「だって、お父様のお話では、まだ半分は男性ステップを踊ってしまうんでしよう。それなのに、アントニウス様と踊ったら、アレクがアレクシスだったって、バレてしまうんじゃないの?」
既にアントニウスに秘密を知られているアレクサンドラとしては、別に気にもしていなかったが、秘密を知られている事を知らないジャスティーヌからすれば、アントニウスの前でアレクサンドラがステップを間違えれば、大事になると考えるのは当然だった。
「そうじゃなくてね、お父様が相手だと気を抜いてしまうから、男性パートを踊ってしまうんじゃないかって思って、アントニウス様が相手なら、ずっと緊張してるでしょ、そうやって気を引き締めていたら、ステップも間違わないかなって、私はそう思ったの。それに、ステップを間違いそうになったら、すぐに倒れ掛かって、ごまかすから大丈夫!」
アレクサンドラが言うと、ジャスティーヌは素直に納得した。
「確かに、練習を始めてから、踊るのはお父様とばかりですものね。アレクの言うのももっともだわ。秘密が知れる心配とか、不安とか緊張感がないのだから、油断してしまうのも同然だわね」
ジャスティーヌは言うと、立派なレディになりつつあるアレクサンドラに微笑みかけた。
「でも、私が聞きたかったのは、田舎に帰るアレクシスにどんなお別れの言葉を仰ったのかなって」
ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラはそっちかと、少し顔をひきつらせた。
「もう二度と会うことはないだろうから、元気でって。挨拶した友達は、みんなおんなじ事を言ってくれたよ」
「そうよね。もうすぐアレクも、もっとコルセットをきつく絞れるようになるから、そうなったらどこに出しても恥ずかしくないレディになると思うわ。そうしたら、誰もアレクとアレクシスが同一人物だなんて、考えもしないと思うわ。だから、アレクシスとは今生のお別れだったのよね。でも、大丈夫よ。アレクなら、立派なレディになれるわ」
ジャスティーヌの励ましに、アレクサンドラは微笑み返した。
「ジャスティーヌ、ありがとう。ジャスティーヌの励ましがなかったら、頑張れなかったと思うよ」
「これからも、一緒に頑張りましょうね」
ジャスティーヌの言葉に、アレクサンドラはお礼を言うと大きく伸びをした。
「外が明るくなって来ちゃうね」
別れの挨拶のせいで帰りの遅かったアレクサンドラは、窓の外の傾きを増した月を見ながら言った。
「おやすみなさい、アレク」
ジャスティーヌは言うと、アレクサンドラの頬にキスを落としてから自分の部屋に戻っていった。
「おやすみなさい、ジャスティーヌ」
アレクサンドラはジャスティーヌの背を見送ると、部屋の明かりを落としてベッドに潜り込んだ。




