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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
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10-3


☆☆☆


 燦々と太陽の光が降り注ぐ国王のプライベートガーデンに招かれたアントニウスは、仰々しく臣下の礼をとろうとしたが直ぐに『堅苦しいことはなしだ、アントニウス。伯父と甥の仲ではないか』とリカルド三世に言われ、そのまま伯父に向き直った。

「どうした? 急に大事な話があると聞いたぞ」

 庭を進みながら、リカルド三世が問いかけてきた。

「実は、ロベルトの口からお耳に入る前に、伯父上にお話ししておきたいことがございまして」

 アントニウスが言うと、庭のほぼ真ん中あたりにある四阿のベンチにリカルド三世は腰を下ろし、隣に座るようにアントニウスを促した。

「ふむ、さては、女性に関する話だな」

 アントニウスの改まった話と言うのが、まだ親にも話していない、エイゼンシュタイン貴族の令嬢との結婚話に違いないとリカルド三世は察した。

「さすが伯父上です」

 アントニウスは言うと、アレクサンドラの名前を出すタイミングを窺った。

「そちと釣り合う年頃の娘は、ほとんど相手がきまっているのではないか? それに、そちと浮名を流したことのある娘ばかりであろう?」

 自由恋愛に勤しんでいる甥を破廉恥とは諫めないものの、改まって話をするような相手がいただろうかと、リカルド三世は頭の中にある貴族令嬢一覧を確認した。

 貴族の結婚には、全て国王であるリカルド三世の許可がいるため、双方の両親が公式の謁見を申し入れ、これこれの二人の結婚の許可を戴きたいと許可を求めるので、常にリカルド三世の頭の中のリストは最新情報で更新されている。

「さて、こうして考えてみると、思い当たる令嬢がおらぬのだが」

 実際、息子であるロベルトの相手を探すときに一覧を参照して可能性の少なさに絶望したくらいで、歳の離れた娘を選ぶのでなければ、ロベルトより年上のアントニウスが相手を探すには、エイゼンシュタインは理想の国とは言い難かった。もちろん、身分を気にしなければ、相手はそれなりに沢山いるが、やはり公爵家の嫡男となると、隣国の子爵家や男爵家の令嬢と言うのは好ましい相手とは思えない。

「そろそろ、白状してはどうだ?」

 リカルド三世に促され、アントニウスは決死の覚悟で伯父の方に向き直った。

「実は、私が妻に迎えたいと思っておりますのは、アーチボルト伯爵家のアレクサンドラ嬢でございます」

 アントニウスの言葉に、リカルド三世の顔がこわばり、笑みが消えた。

「つまり、ロベルトの妃候補の一人を妻に迎えたいというのか?」

「はい、さようでございます」

 アントニウスが頭を下げると、リカルド三世がすっくと立ちあがった。

「誰ぞあるか!」

 人を呼ぶリカルド三世に、アントニウスは四阿の床に膝を付いて伯父を見上げた。

「どうかお待ちください。伯父上に、お話しておきたいことがございます」

 必死に頼むアントニウスの姿に、リカルド三世は近づいてきた侍従を一旦下がらせ、再び四阿のベンチに腰を下ろした。

「良かろう。そちの言い訳を申してみよ」

「はい。実は、ロベルトとジャスティーヌ嬢は、幼い頃より結婚を約束した仲、相思相愛なのでございます」

 突然のことに、リカルド三世はアントニウスの言葉の意味を理解するのにしばらくの時間を要した。

「ロベルトとルドルフの娘のジャスティーヌが恋仲だと? 余は、一度もそのような話、耳にしたことがないぞ!」

「では、ロベルト本人にご確認ください」

 アントニウスの言葉に、リカルド三世は再び侍従を呼びつけると、すぐに王太子を連れてくるようにと指示した。

 大至急と言われ、年老いた侍従長をどこかに置き去りにしたらしいロベルトが四阿に姿を現した。

「父上、大至急とのことでしたが一体何事でございますか?」

 息を切らせて言ったロベルトは、四阿の床に跪くアントニウスに息を飲んだ。

「アントニウス、そんなところで何をしているんだ?」

 いつもなら、父の隣に座っているはずのアントニウスが四阿の床に敷き詰められた大理石の上に両膝をついている姿に、ロベルトは怪訝そうに言った。

「ロベルト、いまアントニウスから聞いたのだが、そなたはルドルフの娘のジャスティーヌと昔から恋仲なのか?」

 父王の言葉に、ロベルトはギョッとしてアントニウスを睨んだ。

「やはり偽りか」

 ロベルトの表情を違う意味で解釈した父王の言葉に、ロベルトが訂正をする羽目になった。

「間違いではありません。ただ、正確に言うと、長い話になるのです」

「では、話してみよ」

 まったく譲歩する気配のない父に、ロベルトは仕方なく幼い頃、初めてジャスティーヌに出逢い、将来を約束したこと。その後、ジャスティーヌに会う機会がなく、色々な女性と浮名をながしたが、ジャスティーヌを想う気持ちに偽りはないこと。しかし、ジャスティーヌに近付こうとするとアレクシスが邪魔をするので、せっかく近付いてもジャスティーヌはすぐに格上の貴族の娘達に気兼ねし、身を引いてしまうから、自分との約束を忘れているのだと諦めていたこと。父王からのアレクサンドラを妃にという話に、なんとかジャスティーヌとの再会の機会を作るためにジャスティーヌも見合いに組み込んでくれるように直訴したこと。そして、先日、大叔母の屋敷でジャスティーヌと昔話をする機会を持ち、互いの気持ちに変わりがない事をやっと確認したのだと説明した。

「つまり、あのバカげた見合いなど必要なかったというのか?」

 そう言われてしまえばそうなのだが、あの見合いの話があったからこそ、ジャスティーヌと邪魔の入らない会話のチャンスを得られたことも事実だった。

「いいえ。父上のおかげで、ジャスティーヌを独り占めすることができるようになりました」

 実際、ジャスティーヌの自分はモテないという誤解がどこから生まれて来るのかわからないが、リカルド三世から見ても、ジャスティーヌは引く手数多で、ルドルフがのらりくらりと交わしていなければ、少なくとも年頃の息子を持つ重臣は皆、ジャスティーヌを嫁に迎えたいと長い事画策していた。

 逆に言えば、それを知っているから、リカルド三世は敢えて引く手数多のジャスティーヌではなく、社交界にデビューすらしていないアレクサンドラを指名したのだが、実はジャスティーヌがロベルトに好意を持っていたとは、人の表情を読むことに長けているリカルド三世だったが、ジャスティーヌの秘めたる想いにも、息子の秘めたる想いにも気付くことができなかったことに衝撃を隠しきれなかった。

「それであれば、直ちに見合いを終了させればよい」

 リカルド三世の言葉に、再びアントニウスが伯父の足に縋り付いた。

「どうか、もう少しお時間をください」

 いま見合いを終了され、アレクサンドラを社交界にデビューさせれば、ジャスティーヌを逃した男たちがアレクサンドラに殺到することは言わずと知れたことだった。

「父上、アントニウスの為に、もう少し時間をください」

 見かねたロベルトが声をかけた。

「正直、アントニウスがこうして父上に話をしに来ていなければ、私もアントニウスがジャスティーヌを私から奪おうとしているのではと疑うところでした。ですが、こうしてアントニウス自ら王太子である私の見合い相手に懸想していると父上に告白しに来たのですから、今更疑う必要もないでしょう」

 ロベルトは言うと、アントニウスの手を取り立ち上がらせた。

「なぜ、ルドルフの娘と恋仲であると言わなかった?」

 父の問いに、ロベルトはため息をついた。

「父上、王太子のエチケットでは、王太子が父王に結婚相手に関する話をするのは、国王が決めた結婚相手に不満がある時だけです」

「まったく、あのバカげたエチケットめ!」

「ですが、ここは父上のプライベートガーデン、私もエチケットに従わない行動をお許しいただけるのであれば、私は、もう少しの間、誰にも邪魔されずにジャスティーヌと過ごしたいと思っております。つまり、私がジャスティーヌと過ごしている間、私の身代わりがアレクサンドラ嬢と過ごすというのはいかがでしょうか?」

 ロベルトの提案にアントニウスが驚いた。

「正直、私はアレクサンドラ嬢と過ごす時間が退屈でたまりません。アントニウスがアレクサンドラ嬢のどこにそこまで惚れ込んだのかはわかりませんが、アントニウス自身、アレクサンドラ嬢に気に入られているわけでもないようですし、ここは甥の為に父上が一肌脱がれてもよろしいのではないでしょうか?」

 しばらく考え込んでから、リカルド三世はロベルトの提案に承諾した。

「だが、アントニウスがルドルフの娘に近づくのは、私がルドルフに話を通してからだ。良いな? あれは、あれで頭の固い父親であるから、誤解があってはいけない」

 リカルド三世は、二言目には娘を修道院に入れると言うのらりくらりのルドルフらしくない姿を思い出して言った。

「かしこまりました」

 アントニウスは黒曜石のテーブルに額をすり付けるように頭を下げた。

「それから、ロベルト。ジャスティーヌ嬢は、そなたの妻になることを承諾しているのだな?」

「はい。もちろんです」

 父王の問いに、ロベルトは弾むように返事をした。

「よかろう。ならば、私もそなた達二人の為に一肌脱ごうぞ」

 リカルド三世は笑顔を浮かべながら、アントニウスにその父親の姿を見た。

 本来ならば、皇嗣と婚約する予定でイルデランザを訪ねた従妹のマリー・ルイーズに一目惚れし、マリー・ルイーズを追ってエイゼンシュタインまで訪れ、時の国王に直訴してマリー・ルイーズとの結婚の許可を貰った、あの情熱的な男の血をこの息子も引いているのだと、リカルド三世は初めて気付いた。

「私はルドルフと話をするから、そなた達は下がるが良い」

「では、私は執務に戻らせていただきます。アントニウス、そこまで一緒に行こうか」

 ロベルトは心がけ軽くなり、踏み出す一歩も軽やかに言った。

「伯父上、いえ、リカルド三世陛下、この度のご恩情、心より感謝申し上げます。御前、失礼つかまります」

 アントニウスは臣下の礼をとると、ロベルトに続いて国王のプライベートガーデンを後にした。



「まったく、君のやることには驚かさせられるよ」

 東宮殿への道すがら、ロベルトは呆れたように言った。

「仕方ないだろう。君に疑われたままでは、あの方の目に留まるのも難しいのだから」

「アレクシスが君のキューピッドを引き受けてくれているのではないのか?」

「それはそうだが。でも、他人に恋の助力を頼むのは私の性に合わない。愛の言葉は自分の口で紡いでこそ意味がある」

 いったい、どれほど多くの女性をアントニウスは泣かせてきたのだろうかと、ロベルトは自分のことを棚に上げて考えた。

「父上にまで話を通したのだ、君のアーチボルト伯爵家への出入り禁止は解くことにするよ」

「構わないのか?」

「ただし、ジャスティーヌと話すのは必要最低限にすること」

「ジャスティーヌ嬢は素晴らしいが、私の想いの相手はアレクサンドラ嬢だ、必要がなければ、ジャスティーヌ嬢と言葉を交わす必要もないのだから、何も心配はいらない。第一、私がジャスティーヌ嬢を口説いたりしたら、両国が戦争になるだろう」

 アントニウスは言うと、肩をすくめて見せた。

「よくわかっているな。それならいい」

 ロベルトは安心したように言うと、車付けへ向かう渡り廊下の手前で立ち止まった。

「では、次の舞踏会では計画通りに」

「よろしく頼む。私としても、嫁の押し売りは困るからな。せっかく陛下にまで話を通したのだから・・・・・・」

 アントニウスは言いながら、片手をあげて別れの意を表すロベルトに一礼し、東宮殿の方へ向かうロベルトの背中を見送った。


(・・・・・・・・何としても、アレクサンドラ嬢のハートを射止めなくては・・・・・・・・)


 アントニウスはアレクサンドラの事を想いながら家路についた。


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