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東宮殿の私室に戻ったロベルトは、今日のアントニウスの宣言を思い出していた。
ジャスティーヌを前に双子の妹のアレクサンドラに一目惚れしたと宣言したのだから、ジャスティーヌと示し合わせていたのでない限り、アントニウスがジャスティーヌに懸想しているとは考えにくい。しかし、あのジャスティーヌの驚き様と言い、なんとなく言葉にはできないものの、ロベルトには自分以外の三人が共有する秘密のようなものがある気がしてならなかった。
「まあ、次の見合いの時にジャスティーヌに確認すればよいか」
自分に言い聞かせるようにして言うと、ロベルトは手振りで侍従に着替えの意志を伝えた。
ジャスティーヌと過ごした後は、余韻を大切にするロベルトの命令で、席を外していた侍従長は、歳にも似合わぬ意気揚々と姿を現すと、着替えの時間も逃さないといった様子で明日の予定を淡々とロベルトに説明した。
「まったく、王族とは厄介なものだな。こう公務がぎっしりと詰め込まれていては、寝坊すらできない」
ロベルトが溜め息混じりに言うと、侍従長は真剣な顔をしてスケジュールを見直した。
「明朝でしたら、スケジュールを調整すれば七分ほどは起床時間を遅らせることができますが」
その几帳面なコメントに、ロベルトは疲れがどっと二倍に増えたような気がした。
「いいか、寝坊と言うのは、計画外におこるから寝坊なんだ。計画的な寝坊など、たんなる起床時間の変更にすぎないだろう!」
語気を強くして言っても、本当は化け猫か何かではないかと思うくらい、良い歳をしているのに夜にも朝にも強いこの侍従長は、父王に仕えた後、その即位を以て王太子であるロベルトの侍従長に着任した。本当か嘘かは分からないが、今は亡き先代国王が王太子時代も侍従として仕えていたというのだから、化け猫か魔物の類いなのではと父王が疑いたくなるのも理解できると、ロベルトも最近では考えるようになってきたのも事実だった。
「それから、ジャスティーヌ嬢とのお見合いの件でございますが、陛下より進み具合を報告するようにとの指示が参っております」
侍従長の言葉に、ロベルトはシルクのガウンを羽織りながら侍従長の方を振り向いた。
「ジャスティーヌとのことなら順調だと伝えてくれ」
「では、アレクサンドラ嬢との進捗はいかがでございましょうか?」
ジャスティーヌとの見合いが順調ということは、言わずもがなで、アレクサンドラとは順調じゃないという意味だとは侍従長は解釈せず、あくまでもロベルトの言葉で聞きたいという意思表示なのだろうが、いい加減ロベルトも父と同じようにこの侍従長が鬱陶しくてたまらなくなってきた今日この頃だった。
「残念ながら、アレクサンドラ嬢とはあまりうまくいっていない。父上に、私がアレクサンドラ嬢を選ばなかった場合は、アントニウスが求婚するだろうと伝えて許可を取っておいてくれ」
ロベルトの言葉に、侍従長が目玉が零れ落ちそうなほどカッと大きく目を見開いた。
「殿下とお見合い中のアレクサンドラ嬢にアントニウス殿が懸想していらっしゃると仰せでございますか?」
はっきり言ってしまえば、間違いのない事ではあったが、侍従長の口からその言葉が出ると、穏やかならぬ事態が起こっていると宮中に知れ渡る可能性があることを思い出し、ロベルトは慌てて言い直した。
「ちがう! 私が断れば、アレクサンドラ嬢は社交界でも難しい立場になるだろう。だから、私からアントニウスに、アレクサンドラ嬢を勧めたところ、アントニウスもまんざらではないということで、これは両国にとって良い事ではないかと思っている」
「確かに、国王陛下のお従妹姫が嫁がれている公爵家に、妃殿下となられるジャスティーヌ嬢の妹君、アレクサンドラ嬢がお輿入れされるとなれば、ますます両家の親睦は深まり、いずれ大公殿下の片腕となられるアントニウス殿の妻が皇后陛下の妹君となれば、両国の間に問題が起きる可能性も低くなります故、喜ばしいことではございます」
珍しく肯定的な侍従長の言葉に、ロベルトは安堵するとともに、普通は感情が表に現れない侍従長が、心なしか微笑んでいるような気がして、さっき見開かれた目と同じ目には見えない、眉毛に埋もれた細い線のような目と髭に隠れた口元を思わず凝視してしまった。
「では、明日、国王陛下にその旨、お返事を差し上げるように致します」
侍従長は恭しく言って一礼した。
「よろしく頼む」
ロベルトは言うと、侍従長に背を向け、続き部屋になっている寝室へと移動した。
ロベルトの寝室には、皇太子に関わるエチケットに基づき、四隅に護衛の侍従が立っているが、全員彫像のように身動き一つせず、ロベルトがガウンを脱ぎ、天蓋付きのベッドのカーテンを閉めて眠りにつくまで、気配すら消してその場で警護を続けた。
そして、ロベルトの寝息が聞こえると、一人が私室へ続く扉の前に、二人が二つある大きな窓の前に、そして、最後の一人はロベルトのベッド脇に立ち、夜通しの警護に当たった。




