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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
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9-3


☆☆☆



 怒りに任せ、人気のない場所にアレクサンドラを一人置き去りにしてしまったことを後悔していたアントニウスは、何曲目かのワルツを蝶のように華麗に踊るジャスティーヌの姿にアレクサンドラの姿を重ね、ここは意地を張るべきではないとばかりに、慌ててアレクサンドラを迎えに戻った。

 しかし、噴水の近くまで進むと、アレクサンドラが誰かと話している声がかすかに聞こえた。

 茂みから覗くと、アレクサンドラが乙女の肩を抱き寄せていた。

「ああ、アレクシス、これから私はどうしたらいいの・・・・・・」

 レディの嘆きの声が風に流されて聞こえ、アントニウスの目の前でレディは泣き崩れるとアレクサンドラの足の上に伏し、その背をアレクサンドラが愛おしそうになでているのが見えた。


(・・・・・・・・この私というものがありながら・・・・・・・・)


 アントニウスの怒りと嫉妬の炎が再び燃え上がった。

 身を翻そうとした瞬間、上着が茂みに引っ掛かり、ガサリという音を立てた。

「誰かそこに?」

 男というには、あまりにも細いアレクサンドラの声が誰何した。

 それと同時に、レディがアレクサンドラにすがるようにしてその腕に自分の腕を絡めた。

「お二人の逢瀬のお邪魔をしてしまったようで申し訳ない」

 アントニウスが答えると、レディが息を飲むのが見えた。

「ロザリンド嬢、ここは僕に任せて、あなたは舞踏会に戻りなさい」

 アレクサンドラは言うと、サイドの通路の方にロザリンドを押しやった。

「さすがに紳士なんだね、アレクシス」

 アントニウスは言うと、ゆっくりとアレクサンドラに歩み寄った。

 既に、ロザリンドの気配は周りから消えていた。

「ロザリンド嬢の事は、あなたには何のかかわりもないことです。僕は相談を受けていただけですから」

「そうかい? 私の目には、とても仲睦まじく見えたが?」

「それは誤解です。彼女は、友人のジェームズの恋人です」

「ほお! ということは、二人して君を愛しているってことになるのかな?」

「見当違いもほどほどにしてください」

 アレクサンドラは言うと、立ち上がって屋敷の方へ戻ろうとした。

「待ちたまえ、アレクシス」

 呼び止められ、アレクサンドラはアントニウスに向きなおった。

「僕たちのゲームをもっと楽しくする方法を考えたんだ」

「どんなゲームであろうと、公爵家の嫡男であるあなたに平民の僕が勝てるはずないんです。僕は、これでもきちんと分をわきまえていますから」

「では、僕が勝ったら、皆に秘密を話して回るというルールにしたらどうかな?」

 アントニウスの言葉に、アレクサンドラが唇を噛みしめた。

「その癖は止めた方がいいと、先日も言ったはずだ」

「あなたがルールを変えるなら、僕はそれに従うだけです」

 答えたアレクサンドラの肩をアントニウスがグイっと抱き寄せ、アレクサンドラの耳元に唇を寄せた。

「レディに戻り、この僕を篭絡して見せたまえ。この僕が、死んでも君の秘密を話したいなどと思わなくなるほどに、君に夢中になるように・・・・・・。さて、このゲーム、君に勝ち目はあるかな?」

 女性ならば、何人も口説き落としてきた経験のあるアレクサンドラにとって、絶体絶命ともいえるルール変更だった。

 同じ女性を口説いて勝って見せろと言われてもおじけづかないアレクサンドラだったが、男であるアントニウスを篭絡する方法など、想像すらつかなかった。

「では、とりあえず戻ろうか。ジャスティーヌ嬢に心配をかけてはいけないからね」

 アントニウスに促されるまま、アレクサンドラは重い足を引きずるようにして広間へと戻っていった。



 アントニウスと共にアレクサンドラが広間に戻ると、待ちかまえたようにシュタインバーグ伯爵が娘のロザリンドを連れてやってきた。

「アントニウス殿、少々お時間を戴けますでしょうか?」

 シュタインバーグ伯爵の言葉に、アントニウスは渋々足を止め、アレクサンドラもそれに従った。しかし、娘に悪い虫を近付けたのがアレクシスだと知っている伯爵は、虫を払うようにアレクサンドラに席を外すように手振りした。

 それは、平民のアレクシスが場違いにも、社交界に顔を出している事を鑑めば、シュタインバーグの態度は決して不遜ではなく、伯爵家の遠縁と言うだけで、ジェントリー階級でもないアレクシスに社交界への出入りを許している国王陛下の懐の広さを慈悲深いと考えるか、物好きだと考えるかによって態度が両極端に分かれる実情であり、ロザリンドから既に伯爵の意向を聞いているアレクサンドラは直ぐに席を外せとい無言の命令を承諾した。

「アントニウス殿、シュタインバーグ伯爵は大切なお話がお有りのようですから、私はお邪魔にならぬよう、一旦、失礼させて戴きます。お話の続きは後ほど」

 ロザリンドのすがるような視線を受けながら、アレクサンドラが踵を返そうとすると、アントニウスがアレクサンドラの肩に手をかけた。

「待ちたまえ、アレクシス。それを言うなら、私達の大切な話に割り込んできたのは伯爵の方だ。分をわきまえるのは、君ではなく伯爵の方ではないか?」

 アントニウスの辛辣な言葉に、伯爵は慌ててアントニウスに詫びを言って引き下がった。

「あの娘は、さっきの・・・・・・」

 壁際にアレクサンドラを引っ張って行って落ち着くと、アントニウスが呟いた。

「ええ、僕は彼女と友人のジェームズとの恋の橋渡しをしていたんですが、ジェームズには裕福な平民の娘との結婚話、彼女には貴方との結婚話が持ち上がっているのです。そのせいで、どちらも僕の所に泣きついてきたというわけです」

 アレクサンドラの言葉に、アントニウスは驚いたように目を瞬いた。

「いま何と言った? 私との結婚だって?」

「そうです、さつき噴水のところで聞いたばかりです。伯爵は、子爵家の三男よりも、ザッカローネ公爵家のご嫡男に娘を嫁がせるという野望を抱いているそうです」

「ばかげている!」

「そうおっしゃると思っていましたよ。ロザリンド嬢は、とても可愛いレディですが、あなたの好みのタイプではないですからね。でも、伯爵はご存知ないから、叶わぬ夢を見るわけです。でも、相思相愛の二人を幸せに出来る方法が平民の僕には考えつきません」

 アレクサンドラは言うと溜め息をついた。そんなアレクサンドラの様子を見つめていたアントニウスは、しばらく思案してからアレクサンドラの方に向き直った。

「つまり、君としてはあの伯爵を説得して、何とか友人の恋を実らせてやりたいわけだ」

「ええ、でもまさか、対抗馬があなただとは。分が悪すぎて子爵家の三男なんて、相手にもなりませんよ。ジェームズの今宵の無礼な振る舞いは、伯爵の計画を耳にしたからでしょう」

 アレクサンドラは言うと、壁に寄りかかり前髪を書き上げた。

 その姿は、女性から見れば思わずうっとりとしてしまう見目麗しいアレクシスの姿だったが、アントニウスからは隙だらけの無防備な姿に見えた。

「君の返答次第では、協力しても構わないが」

 アントニウスの言葉に、アレクサンドラは驚いてアントニウスの方を向いた。

「僕の返答次第ということは、またゲームですか? それとも、何かの取引ですか?」

「そうとも言えるかな。でも、これは損のない取引ですよ。アレクサンドラ嬢の初舞踏会のエスコート役を私に。何も難しい事ではないだろう?」

 確かに、アントニウスをエスコートに選ぶのは何も難しい事はない。しかし、先ほどのルール改定によりアレクサンドラには一刻も早く女性に戻らなくてはいけないという弱みがあるが、自分でも本当にあの拷問器具のようなコルセットを身に着けて屋敷の外に出るだけではなく、ダンスを踊ることができるようになる日が来るのか、全く自信が無く、不安でたまらなかった。

「僕は田舎にすぐに帰れても、アレクサンドラがすぐに舞踏会に出席できるようになるかはわかりませんよ。見合いのこともありますし」

「では、もっとルールを明確にしよう」

「というと?」

「ロベルトの結婚相手が決まるまでに君が私に勝つことができなかったら、全ておしまいということにしようじゃないか」

 アレクサンドラの背中を冷たいものが流れていった。

 確かに、王太子の婚約者が内定してからスキャンダルが表になれば、王太子の従兄であるアントニウスの立場も危うくなる。それを考えれば、この理不尽なゲームの勝負が半年と期限を切られて始まった見合いの結末を見る前に決しなければいけないことは尤もだった。

「では、アレクサンドラのデビューとなる舞踏会のエスコートをあなたにすれば、間違いなくあの二人が幸せになれるように手を貸してくれると約束できますか?」

 アレクサンドラの問いに、アントニウスは首をかしげた。

「二人が結婚できるように力を貸すことはできるが、二人が幸せになれるかどうかは、二人の問題ではないかな?」

「わかりました。では、あなたはロザリンド嬢に手は出さないと約束できますか?」

「約束しよう、母の名にかけて」

 アントニウスの言葉に、アレクサンドラはアントニウスを信じることにした。

「では、お約束します」

 アレクサンドラが答えると、アントニウスは満面の笑みを浮かべた。

 アレクサンドラとアントニウスの様子をつかず離れずして窺っているシュタインバーグ伯爵の姿を確認すると、アントニウスは『見ていたまえ』というなり、手を挙げてシュタインバーグ伯爵に声をかけた。


 一度は尻尾をまいて退散したシュタインバーグ伯爵は、飼い主に呼ばれた犬のように大喜びでアントニウスの方へ歩み寄ってきた。

「先ほどは失礼しました」

 あくまでも王太子の従兄という立場を崩さないアントニウスに、シュタインバーグ伯爵は平身低頭も甚だしく、歯の浮くようなお世辞まで並べ立ててアントニウスを褒めちぎった。

「いま、アレクシスから聞いていたのだが、伯爵のお嬢様はとても可愛らしいそうですね」

 アントニウスが娘に興味を持ったとばかり、シュタインバーグ伯爵は一気にロザリンドの売り込みに入った。

「なるほど。確かにアレクシスが話していた通り、素晴らしい方だ」

 アントニウスは伯爵に言ってから『アレクシス、君は確かに人を見る目があるな』などと、わざとらしくアレクサンドラを褒めたりもした。

「しかし伯爵。私は、アレクシスの前でも宣言しておきたいのですが、もう心に決めた女性がいるのです」

 アントニウスの言葉に、伯爵の顔が驚愕にかわった。

「私は、以前よりジャスティーヌ嬢に想いを寄せていたのですが、ロベルト殿下に先を越されてしまいましたから、双子のアレクサンドラ嬢をと心に決めているのです。ですが、このことはご内密に。万が一、ロベルト殿下に私がジャスティーヌ嬢に懸想していたなどということが知れたら、両国が戦争になりかねませんからね」

 堂々と物騒な事を口にするアントニウスに、気の小さいシュタインバーグ伯爵はぶんぶんと頭を振るようにして頷くと、他の誰にも聞かれていないか、あたりの様子を必死に窺った。

「では、伯爵。ごきげんよう」

 アントニウスは言うと、伯爵とアレクサンドラを残したまま、一人で広間の反対側へ向かって歩き去っていった。

「私も失礼致します」

 命じられたわけではなかったが、勝手に歩き去ったからと言ってアントニウスを一人にしたら、次に何を要求されるか分かったものではなかったので、アレクサンドラはアントニウスの後を追った。



 アントニウスの姿はジャスティーヌと談笑するロベルトの隣にあり、探さずともすぐにアレクサンドラの目に入った。

「ジャスティーヌ」

 アレクサンドラが声をかけると、ジャスティーヌがすぐに振り向いた。

「アレク!」

 ジャスティーヌも一人二役でロベルトと過ごすことに少しは慣れて来たのか、以前のような表情の硬さもなく、アントニウスとも談笑していた。しかし、ジャスティーヌとアントニウスが話すことをロベルトが面白く思っていないことは、アレクサンドラの目には明らかだった。

「どうも、私の大切な花を掠め取ろうとする輩が多くて困る」

 聞こえよがしに言うロベルトに、アレクサンドラは思わずロベルトとアントニウスの顔を見比べてしまった。

「殿下から花を盗もうなどと、そんな大それたことを考える輩がこの国にいるとは思えませんが・・・・・・」

 アレクサンドラの言葉に、ロベルトが珍しく同意した。

「確かに、この国にはいない。だが、この国にたまたま遊びに来ている者なら考えられると思わないか?」

 ロベルトは言うと、チラリとアントニウスの方に視線を走らせた。

「ああ、ちょうどよかった。ロベルト、君がその話題を僕に振ってくれて嬉しいよ」

 もう少し反応に困るかと予想していたロベルトは、嬉しそうに言うアントニウスに首を傾げそうになった。

「ロベルト、君にも、それからジャスティーヌ嬢に、アレクシスにも証人になって貰いたい」

 アントニウスは言うと、アレクシスの肩を親しげに抱いた。

「いまそこで、シュタインバーグ伯爵から、お嬢さんのロザリンド嬢の熱心な売り込みを受けたんだが、丁寧にお断りしてきたところなんだ。なあ、そうだろアレクシス」

 アントニウスに促され、アレクサンドラもコクリと頷いて見せた。

「それがどうしたというのだ?」

 つまらなさそうにロベルトが言葉をはさむと、アントニウスが極上の笑みを浮かべた。

「ここからが大切なところなのさ、ロベルト。伯爵にも宣言してきたのだが、僕はアレクサンドラ嬢に一目惚れしてしまったんだ」

 ギョッとしたジャスティーヌが体をビクンと振るわせ、驚いたロベルトがジャスティーヌの方に向き直った。

「どうしたんだい、ジャスティーヌ?」

「いえ、突然のことで驚いてしまって・・・・・・」

「君が驚くことではないだろう?」

 ロベルトの問いに、ジャスティーヌは頭を横に振った。

「ですが、アレクサンドラは陛下のお心に従って、殿下の見合い相手に選ばれておりますから」

「お優しいジャスティーヌ嬢、私の心配はご無用ですよ。ロベルトがアレクサンドラ嬢に熱を上げていないことも知っていますし、アレクサンドラ嬢との橋渡しは心の友、アレクシスが引き受けてくれますから。ただ、一つだけ問題が・・・・・・」

「問題?」

 ロベルトが興味深げに問いかけた。

「シュタインバーグ伯爵のご令嬢とアレクシスの友人のジェームズを幸せにしてあげる必要があると言ったら、分かってもらえるかと」

 『あー』と、声には出さなかったものの、ロベルトも二人のことは知っているようだった。

「ジルベールは頑固者だが、それなら手を貸すことはできるかもしれない」

 ロベルトとアントニウスは会話に夢中になっていたが、ジャスティーヌは不安を隠すことができず、アレクサンドラの方に視線を何度も走らせた。

 アレクサンドラは少し顔をひきつらせながらも、ジャスティーヌを心配させないようにと、必死に笑顔を浮かべて見せた。

 結局、次の舞踏会でロベルトがアレクシスと一緒にいるジェームズに声をかけ、適当に会話をした後、ロベルトが伯爵にジェームズを売り込み、更に、ジェームズは三男なので養子に貰えば娘を嫁に出さなくて済むうえ、家の跡取りの心配もしなくて済むという一石二鳥の提案をするという安易な計画だったが、それはやはり王太子という立場をもってすれば、かなり効果を持ったアドバイスであり、それでも難色を示すようなら、二人が深い仲だということをロベルトも知っているというニュアンスで脅しをかけるという、少し悪魔的な計画でもあった。


 結局その晩は、ロベルトとアントニウスに従い、ジャスティーヌもアレクサンドラも他の誰とも話をすることなく、アレクサンドラの傷を心配するジャスティーヌをロベルトが尊重してくれたこともあり、夜も早いうちにジャスティーヌとアレクサンドラは帰宅することができた。


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