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初恋の君に真紅の薔薇の花束を……  作者: 萩野紫苑
8

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8-8


☆☆☆


 寝台に横になっても、アントニウスは今日のロベルトの大人げない猜疑心と嫉妬による自分への妨害が腹立たしく、気持ちは暗いまま、不愉快さも消えなかった。


(・・・・・・・・これなら、いっそ男色に走ったと思われても、相手はアレクシスだと告げたほうがよかったのだろうか・・・・・・・・)


 などという、ふざけた考えまで沸き起こってくる始末だった。

「あのやきもち妬きの小心王子!」

 思わず、大人げない悪態が口をついて出てしまった。


 気晴らしにと寄ったサロンでは、話題はアレクシスの落馬の真相。ロベルトがアレクサンドラ嬢に懸想しているかもしれないアレクシスを排除するために落馬を仕込んだという話から、実は乗馬が下手だったなどという、ふざけた理由までまことしやかに話されていたが、サロンにアントニウスがいることに気付くと、話題は舞踏会に姿を見せたアレクサンドラ嬢の話題で持ちきりになった。それでも、ジャスティーヌ派は、ジャスティーヌ至上主義を抱え、殿下に選ばれるのはジャスティーヌ嬢に違いないと語気を荒げながら、そうなれば自分たちは全員失恋することになるのだと気付くなり、やけ酒に走っていった。

 しかし、そんな中でアントニウスの注意を引いたのは、近々、アレクサンドラ、ジャスティーヌの二人を一つの舞踏会に招待し、本当に双子なのかを見てみたいという興味本位ではあるものの、招待を受けたら断れないこと間違いないというような、有力貴族がくだらない計画を立てていて、その舞踏会にはロベルトも招待される予定らしいという噂話だった。

 アレクサンドラには、アレクシスとしての男役を続け、自分以外の前でアレクサンドラに戻ってはいけないと約束させては来たものの、有力貴族が興味本位と言えども、そのような舞踏会を設けようと計画しているのであれば、アントニウスとしても考えを変える必要が出てくる。

 どんなにアントニウスとの約束があっても、やはり父である伯爵に命じられれば、娘であるアレクサンドラに拒否権はない。

 明日早々に、アレクサンドラ、いや、アレクシスに手紙を書き、この際、アレクシスを止めてアレクサンドラに戻らせ、自分以外のパートナーと舞踏会に出ることを禁じる約束に変更しなくてはと、アントニウスは考えながらゴブラン織りの天蓋を見上げた。

 サイドテーブルの上に置かれたランプの明かりが揺れ、天蓋の模様を三次元のように見せていた。

 白い雲の上から、純白の羽を広げた天使が舞い降りる姿は、今にもアントニウスの上に降り、アレクサンドラへの愛を問いただそうとしているようだった。

「我が永遠の愛をアレクサンドラ嬢に捧げます」

 アントニウスが口にすると、天使が微笑んだように見えた。


 ノックの後、部屋に入ってきたミケーレが入浴して乾燥した膏薬を洗い落としたアントニウスに、公爵家秘伝の打ち身用の膏薬を持ってきてくれた。

「坊ちゃま、お薬をお塗りいたします」

 元々、母に仕えていたミケーレは、二十歳を過ぎたアントニウスを未だ子供扱いするところがある。

「ああ、頼む」

 アントニウスは言うと、起き上がってシルクのシャツをはだけた。

「まったく、酷いお怪我でございます。よくお鍛えになられた、坊ちゃまでなければ、命に関わる大怪我でございますな。あの、細身のアレクシス殿であれば、命に関わる大怪我となったでございましょう」

 膏薬を塗りながら、しみじみと言うミケーレの言葉を聞きながら、アントニウスは自分が気が付かなかったらアレクシスが死んでいたかも知れないと、考えが及ばなかった自分の愚かさに胸が苦しくなった。


(・・・・・・・・俺が助けなければ、アレクシスが死んでいたかも知れない? アレクサンドラを失ったかも知れないというのか?・・・・・・・・)


 考えただけでアントニウスの顔が青ざめて行った。

「坊ちゃまは、本当にアレクシス殿を好いていらっしゃるのですね」

 ミケーレの言葉に、アントニウスは自分が男色に走ったと思われているのではと、マジマジとミケーレの事を見つめた。

「坊ちゃまは、お国では同年代のご友人が殆どいらっしゃいませんから、旦那様はとてもご心配なさっていらっしゃるのですよ」

「そ、そうか? 父上が?」

 あの父が、母のことではなく、息子の心配などするのかと、アントニウスは信じられない様子で言った。

「はい、お口には出されませんが、お国では大公家に一番近い公爵家でございますから、親しくなさるのは大公家の皆様ばかりではございませんか」

「それは、国では女性と楽しい時間が過ごせないし、男共は皆、ごますりか出世目当てと分かっているからな」

 国にいると堅苦しい身分であるアントニウスは、改めてロベルトの置かれている立場と状況を理解した。


(・・・・・・・・自由そうに見えても、王太子となれば勝手気ままに愛しい人にも会えない。ましてや、自分の他に好きな男が居るなら身を引いて相手の幸せを護るなんて、王太子らしくもない事を考えるのは、ロベルトくらいか・・・・・・・・)


「何しろ、旦那様は国でも驚愕の略奪愛でのご結婚でございましたから、私も大変驚きました」

 ミケーレは懐かしそうに言った。

「そうだよな。本当なら伯父上に嫁がれる筈の母上を奪って結婚したのだと、何度も母上からは聞いているが、本当にそうだったのか?」

 屋敷では聞き難いことをアントニウスは、ミケーレに問いかけた。

「それはもう、大恋愛でございました」

 ミケーレは懐かしそうに、目を軽く閉じかけながら言った。

「もう、旦那様の猛烈なアタックに奥様はメロメロになられて、気の進まぬ政略結婚の筈が、一大ロマンスに発展しましたときは、先代陛下も先代大公殿下も随分と気を揉まれましたが、現大公殿下が『愛する二人を引き裂くような真似はしたくない』と仰られて、全てが丸く収まり安堵いたしました」

 ミケーレの言葉を聞きながら、自分には興味も示さず、母のことばかり考えている父のことをアントニウスは思い出し溜め息をついた。

「坊ちゃまにも、旦那様と奥様の熱愛の血が流れていらっしゃるのですから、もっと早くにお相手を決められるのではと思っておりましたが、いよいよでございますか?」

 ミケーレの口にした『いよいよ』という言葉に、アントニウスは思わず咳き込み、激しく打ち付けた肋骨が軋むように痛んだ。

「これで最後でございます。お休み前の薬湯をすぐに運ばせますので、ゆっくりお休みくださいませ」

「ありがとう、ミケーレ。大人しく、薬湯を飲んだら休むことにするよ」

 アントニウスはミケーレを安心させるように言った。

 ミケーレは一礼すると部屋を出て行き、すぐにメイドが薬湯を持ってやってきた。

 何時もの苦い薬湯を一気に飲み干すと、アントニウスは口直し用のホットミルクを続けて飲み干した。


(・・・・・・・・全くミケーレの奴、子供でもあるまいし、ホットミルクを運ばせるとは・・・・・・。酒を飲ませないためか・・・・・・・・)


 ゆっくりと寝台に横になると、アントニウスは自分が愛しいアレクサンドラの命の恩人であり、家族以外唯一人の秘密を知る人間であることを思うと、この出逢いは運命のようだと思った。


(・・・・・・・・アレクシス、いや、アレクサンドラ・・・・・・・・)


 アントニウスは目を閉じると、アレクサンドラにしたためる手紙の文面を考えながら眠りに落ちていった。


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